第9話
扉を開けたとき、目の前には鍛え上げられた男がいた。服装をボロボロにし、まるで地面に転がされ、暴行をうけたような男だ。自前の防具も多少吹き上げられているが、こすり傷が強調されていた。
三船がいた。
孤児院と外を繋ぐ扉の前でだ。
「浅田、頼みがある」
大剣を背負う男の背後には冒険者たちがいる。商人の姿は見えないが、駐車場にいるのだろう。また冒険者のわきから令嬢の怪人をつれた院長が現れた。
面倒そうな顔をしている院長は令嬢怪人と会話をしている。だがちらちら僕に視線を向けている。
この状況を察したのか、かかわる気がなさそう。
院長は僕に丸投げをした以上、することは一つ
「断る」
内容をきかず、拒否。僕には関係ないと扉を閉めようとした。だが三船が足を突き出し、扉とぶつかった。おじさんスタイルの僕が本気で閉めようと三船の足はぴくりともしない。
「押し売りは条例で禁止されているのを知らないの?」
あきれ顔で告げる僕に対し、真剣な三船。その目は切羽つまった人間のものだった。
「孤児院の皆とともに、東京へ来てくれ。お前のことも子供たちのことも全員、東京へ住めるように手配する。その了承と手続きは依頼人の商人がやってくれる」
少し逡巡し、院長を見た。僕と視線が合った瞬間、院長の体がびくりと震えた。それでいて視線をそらさず、かといって体は後ろへ逃げかけていた。次に令嬢の怪人を見た。そのときには背筋を伸ばし、目を合わそうとしなかった。
思いっきりため息をついた。
「なぜとは聞いたほうがいいかな?」
「お前の力が必要だ。理由はわかるだろう?」
「さっぱりわからないし、協力もする気もない。行きたいやつが行けばいい」
僕は扉を閉めるのを諦め、豪邸の中へ戻ろうとした。だが僕の肩をつかまれた。握力がすさまじく、動けもしない。足は動くけど、上半身が自由にならないし、痛いしと最悪だった。簡単にみしみしと音を立てた。
振り返る僕。
「痛いから放して」
「だめだ。今の東京を見てくれ、お前のようなやつが必要なんだ」
その真剣な目と焦った三船の表情。僕は非常に冷めていた。相手が本気になればなるほど、僕は冷めていく。よくある現象が起きていた。
「東京の何がやばいの?治安?経済?生命?何をいってるのさ、全部悪いじゃん」
僕は肩を何度も上げ、三船を睨む。
現在の東京は良くも悪くも最悪を進んでいる。
「はよ、放して。どこか行ったりしないから、痛いんだよ」
「お前が、お前たちがもつものの異常性はわかっているだろう」
だから僕と三船は現在の東京を照らし合わせていく。お互いの知識と認識によって、齟齬を減らすためだ。
僕が知る東京、三船が感じる東京。それらは照らしあわされていった。
加速した自己責任社会。
崩壊後に訪れた新自由主義の動きが全てを変えた。元々日本は社会主義的民主国家という、優れた国家だった。生活保護、年金。働けるが障害をもつ人間のための保護。労働者の医療制度3割負担のみで済む制度。限度額医療制度と呼ばれる月8万以上の医療の出費を払わずに済む制度。道路の定期的な修繕、低価格で良質な水道。介護保険だってそうだ
今ではほぼなくなった。
「東京が今のようになったのは自業自得さ。僕には関係がない」
全部民営化された。公務員も大半が民営化。これも既得権益と称したブームが不自然に流れて、加速したのだ。
「自称優秀な人が悪いんだろ」
そうなると自由の波が止まらなくなっていく。
「君たちが信じた自由のなれの果てさ、金持ちも、普通の人も、皆うまくいくとおもったんだろうけどね」
現役労働者が求めたものを超えたのは、資本家が肥大化させた為。日本の悪い全体主義、村社会の基盤もあってか、誰もが非難できなくなった。また誰も責任を取りたがらない国民性は、崩壊後の混乱でも継続された。
誰も責任をとらず、だから誰も止められなかった。
「あの時、俺は子供だった。気づいたときには自由という地獄があった」
「よくもわるくも自由の怖さは、自由にならなきゃわからないものだよ」
水道も下水も電気も民営化。労働も自由となった。転職による事前通知も必要なくなり、雇用の自由の流れも来た。自由が加速し、資本家がどうしても奪いたかった利権、正社員の解雇権に手を付けだした。自由は自由をよび、ついに人の解雇が自由になった。
民間が手を出すのだから、まずやるのは値上げ。
「一時、医療保険がなくて病院が閉鎖の連続だったね」
「良くも悪くも病院の数の多さが、医療費の全体的引き下げになっていた事実もあった。いきのこっていた病院は暴利だった。競争もなく、足元をみていた」
医療保険もなくなった。ただ現在は低賃金の人が4割負担、普通の年収の人が5割負担の医療保険は復活した。
「崩壊前の優秀さは社会主義的な要素があったからに決まってるのにね」
「あの時ほど、俺が大人でありたかった。そんな自由なんていらなかった」
その自由の建前は、解雇や民営化が進めば浮いたお金で、優秀な人間の賃金が上がる。
これに騙されるほど、人は追い詰められていた。化け物の出現、地方の崩壊、そこから都市へ流れてくる人々。過密な人口が競争社会を加速させ、人々の賃金を引き下げていったからだ。だから仕事のできない人間で自分より金をもつ人間を引きずりおろすことで、鬱憤を晴らす目的もあった。いらない人間がいなくなれば自分の賃金が上がるという目論見もあったんだろう。
起きたのは一斉解雇による全体の貧困。本当の一部だけ賃金が上がった。
資本家が目指したのは、労働者の解雇と全体的な賃金の引き下げだったのだ。自分たちだけが搾取できる社会を求めた。また所得税も35パーほどに下がった。
貧困が進み、1時間当たりの給料の大幅な引き下げ。所得税の引き下げによって、消費税が27パーを超えた。また増える人口によって、賃貸の値段が引きあがった。安くて6万、そのときの若者の平均月額賃金は14万ほどだ。
今度は労働者の奴隷化が今度は進む。
名目上の定時は9時間となった。労働条件の改悪が進み、残業規制も撤廃された。人は働かされる。死なない程度に人生を労働で終えるぐらいにだ。一日残業込みで12時間が早上がりになっていった。
遅くなると文字通り深夜をこえ、朝までさせられる。仕事の開始時間前までの僅かな時間が睡眠時間。仕事を辞めるにも次の仕事がない。それを探そうにも、時間がない。搾取を続けるため、奴隷に自由を与えない。
その分の賃金込みでも18万程度。残業時間は一定の時間を超えると数えなくなる素敵な制度。それも崩壊前より多くなった。
今度は最低労働時間10時間が目前と迫っていく。崩壊前の8時間定時など法律にもなくなった。地方の崩壊が企業に業績とかの悪影響。
そのため雇用を維持するには定時の引き上げが必要となった。
そういう建前が流れた
実態は残業割増金額の削減を狙っているだけ
だが頭の賢い人の思惑通りにはいかなかった。
上手くいくわけもない
誰も働かなくなった。生きるために働かなければいけないが、搾取すぎて資本家の思い通りになるのを拒絶。働かなければ生きられない。本来ならそうなるはずだった。だけどもその流れが持っている人から奪えという形になった。人々の低賃金化によって、資本家の収入も少なくなった。低賃金化による消費行動の低迷、資本家が吸い上げる資金が減っていったのだ。
人々が魔法やスキルをもったことによる反動で、暴動も起こし始めた。悪の組織があるため、暴力は身近にあった。その空気に慣れていた。
力を手にした人々が黙っているわけもない。それに慌てたのは資本家だ。かつての日本のように反抗もしない人々の搾取ができなくなったのだ。では警察が働くかといえば働かない。
搾取が進み、公務員が民営化し、警察は公務員のままだ。だが現場にでる人間が少ない。余ってるのは管理職しかいない。だからか管理職が現場に出ていき、殉職していった。
東京で一番最初に死ぬのが警察。魔法やスキルを一般人が使えるため、それを逮捕するとなると大体がけがをする。けがをしても医療保険の負担が高い。労災を使おうにも、動けなくなれば解雇されるため、意味がない。
また拳銃を発砲するのにも従来通り、警告してからじゃないと駄目。だから今の警察には志願者がいなかった。
金持ちは自前で護衛を雇い始めた。最初のうちはいい、護衛も料金が従来通りだからだ。だが治安の悪化と、冒険者の台頭。自由な労働市場によって一部の人たちの給料が極端に上がっていったからだ。
金持ちが税金を払ったほうが安いほど、護衛の値段が上がっていく。
金を生み出す会社への護衛、支社への護衛、市場に対しての護衛、色々なコストが重なって、所得税の引き上げを金持ち自らが告げた。35パーから45パーまで戻し、また消費税を24パーまで下げた。
これでようやく落ち着くかと思われた護衛の値段。
だがそんなので済むわけもない。
正義の心で動くヒーローが現れたが、追い詰められた人々からの暴言、暴力。力を持つ者への僻み。そんなものを守る価値がないと判断した強いものたちが金を求めるようになった。その流れができ、当然となっていけば、誰もが金を求めだす。
ヒーローは金がかかる。強く、怪人にも対抗できる武力。下手な人間よりも何倍も役に立つ。
魔法少女も同じこと。命をかけて戦っても、医療費は高く。自前の回復魔法をつかって改善すれば、それらはずるいという言葉によって貶される。無料で助けることがバカバカしくなり、誰もが金をとり始めた。その風潮が当たり前になると、無料で助ける奴のほうが馬鹿となっていく。
「この町をみて、驚いた。魔法少女がいる。こんな田舎にBランクの上級魔法少女だ。この町にいる武力は、東京と引けを取らない。一人一人が上級冒険者クラス以上」
「どこにもいるよ。魔法少女も強い人たちも」
自然な感情をさらす三船に僕は冷めた態度で応じていた。
命をかけることを願うなら、金を出せ。命を守ってほしければ金を出せ。
新自由主義がヒーローを魔法少女を変えた。
武力は商品になった。
警察の衰退が、力を商品にさせた。それをさせたのは皆。
治安の悪化の大本は生活ができないものたちの増加。だが生活保護の復活をさせるほど、金持ちは甘くない。働けない人を養うほど無意味なことはないと考えていただろう。
普通の人と金持ちの折り合いがついたのが、毎月定額で振り込まれる給付金。
ベーシックインカム制度だった。毎月4万7千ほどの支給。
ここでようやく治安が落ち着いてきたのだ。生活さえできるのであればと、人々は働き始めた。これ以上搾取をすれば暴動は起きる。だが武力の値段は上がる。地方での化物たちの出現。最近は都市でも現れ大きな被害を出す。それを対処する警察はいない。
自由の怖さを知った人々は、以前より積極的に動かなくなった。
資本家に思い知らせる動き、思い通りにはさせない。その意志が労働への意欲を下げ、自分たちの身を守るため、団結していった。自由主義をなくし、労働者が有利な社会を取り戻すために。
金持ちも以前の搾取社会を取り戻すため、色々情報を流していたり、新しい価値観、時代という言葉で労働者を騙し始めた。新自由主義を維持したまま、かつての社会主義的奴隷を生み出すために。
お互いが妥協できず、敵対しあう。それが民間レベル。
東京には悪の組織もあり、怪人も出る。魔物も魔獣も出る。また人々が生活苦や鬱憤から暴動を起こす確率が高くなっている。金持ちと普通の人の対立も進み、それを抑える警察もいない。
いるとすればまだ善人の立場をとった、数少ない強者だけだ。
三船が断固とした表情で口を開いた。
「東京の人々から見れば、この町は異常なんだ。なぜなら」
三船がいう言葉を僕が手で遮った。
「守ってくれるから」
そう、僕があれほど平穏を望むのは、ぜいたく品だからだ。武力があって、周囲を圧倒して初めて実現する。
魔法少女となって怪人を排除し、Dランク怪人によって町を警備するのも同じ。
平穏という贅沢がしたいからだった。
東京の安全は買わないといけない。
この街の安全は与えられるもの。
「怪人を。化物たちを恐怖に貶め、俺が歯が立たなかったやつが助けてくれる」
三船は感情をあふれさせ、瞳から涙をこぼす。一度決壊した感情は大きく流れていく。
「それは皆が忘れてしまった、安心ってやつじゃないのか!!」
「そうかもね」
魔法少女ロッテンダストの評判は悪い。やっていることも悪い。
三船はそれでも守ってくれているとした。
僕は三船から目をそらし、院長を見た。首を横に振る院長に僕もうなずいた。
「でもね、頼む相手が違う」
「お前がロッテンダストと通じているのは知っている。この町の武力を束ねているのもお前だろう?」
「違う」
「なら、どうしてお前は、」
僕は残酷な笑みを向けた。その表情に絶句する三船。その表情を見ていた院長だけが、無表情で見つめていた。
「その価値がない。僕は誰の指示もうけない。君は僕を使って、ロッテンダストとやらを利用したいだけさ。この町の武力を利用したいだけ、自分勝手だよ。君たちが願う都合と僕の都合は異なるんだよ。大体、頼みがあるなら、初めから変なのと手をくんで来るな」
三船は黙ったままだ。後ろの冒険者の仲間がおろおろしているが、無視。シーフ当たりが僕を強く睨んでいた。
だから僕は乗ってやった。
「暴力団と手を組むやつを信じろっていうのがおかしいよね。ねぇそこの女性」
僕はシーフを指さし、嘲笑。口端をゆがめた嘲笑がシーフを叩く。
「君たちの依頼人、暴力団の人間だよね。いくら君たちが正しいことを願っても、組んだ相手によっては評価が下がることを知らないのかな?商人ぶったやつの下手な演技。都市が充実してるとかいってたねぇ、そんなわけないだろう。今の都会は弱者が搾取されているだけさ、それともあれかい?暴力団が弱者を救ってるから、その言葉は信用に値するとでも?」
シーフは口を紡ぎ、僕から目をそらした。
あの商人は商人じゃない。
東京から来た、暴力団の人間だ。
現在東京の弱者を救っているのは、暴力団もしてる。だが慈善活動でもないし、弱者はちゃんと搾取されている。だが仕事を与え、一般的な給料より2万ほど高い月給を出してる。崩壊前は暴対法によって絶滅寸前だったけれど、警察の衰退や騒動のおかげで復活。
慈善的活動っぽいのをしているからか、弱者の支持もある。
治安など警察の代わりに守っている。縄張りの治安のみだけど、暴力団が維持してる。また暴力団は金持ちとつながらず、逆に襲っていることもある。弱者の支持が強すぎるため、金持ちと手を組めないだけでもあるけど。
ただそれだけだ。
院長を東京へ連れて行き、弱者にしたうえで、院長に協力する武力を操りたかっただけだ。また武力が従わなければ、院長を奴隷のような扱いにして、酷い目にあわせたことだろう。
意に反したことをさせたことだ。
たとえば行為とかだ。労働の役割では年頃の少女の価値は最大限に出ない。こういう世の中になってしまった。
強い人を弱くして、酷い目に合わせることは黙認してくれる。
暴力団はそういうことをする。崩壊前は警察がいたからしなかったけども。
「院長は言いたいことないの?あの商人もどきの口車にのせられてたら、碌な目に合わなかったよ」
「あたしを利用する気なんだろうなって思ってたので。あの程度の騙し、見飽きたのでした」
院長はそれでいて、僕と三船を交互に見ている。
孤児院の駐車場であっても、ここは院長のフィールド。
仕方なく僕は乗った。
「知ってたんでしょ?あの商人の正体」
「怪しいとは思ってた。だが冒険者は依頼人を詮索できないルールだ。裏切りがない限り、調べない」
「それでも一緒に帰るんでしょ。東京から八千代町まで来たのは、商人が武力を求めたからだろうし。なわばりあらそいかな。ならほしいのは武力集団だけじゃないよね。もう一つ」
「ロッテンダスト」
今度は三船が僕の言葉を奪った。
怪人に恐れられる魔法少女。悪から悪と呼ばれる非道な行い。それらは暴力団にとって強い看板になるのだ。腐敗は生きてるもの皆が嫌悪する。
それでいて都市の戦力とは違うものがある。
金でも名誉のためじゃなく、自主的に動く。
そんなのが片田舎に転がっているなら、ほしいにきまっている。
だって都会のものたちは、皆それを忘れてしまったからだ。
「もし商人に武力集団とかロッテンダストが取られたらどうしてたのさ」
強く、嫌悪される能力。
それが魔法少女。
暴力団から手が出るほどのものだろう。ロッテンダストは悪のものにとって良い意味でも悪い意味でも名が売れていた。
東京から八千代町に来るほどに悪名が高かった。
「商人の交渉が上手くいったとしても、怪しい商人のいうことなんか聞くわけない。悪名が高ければ高いほど、その知恵の高さがわかるからだ。生き残っている。それだけで十分だ。だが実際にお前がいた。お前を相手に出し抜けるわけがなかった」
そして、三船は院長に向き直った。三船の真剣そうな表情に院長がうろたえた。戸惑う様子はないけれど、院長がうろたえるのは初めて見た。新鮮だった。
「すまなかった。だが東京を一度見てほしいとは思ってる。浅田と一緒にだ」
「浅田って誰?」
院長が首を傾げ、三船は僕に横目を向けた。僕は顔をそらし下手な口笛をふく。
三船が僕に指を向けた。
「あの男だ」
「・・・あの人、あたしの前では白岡って名乗ってた」
二人のじろっとした目が僕をつらぬき、僕の口笛の音程がひどくなる。複数の名前があるとすぐ忘れていけないと思った。
「あの男は何者だ?」
「わからないし、わかっても教えない」
三船の問いに、院長は断固として答えた。いくら上級冒険者であろうと、院長は変わらず普通に応対する。その表情は冷徹なものだ。子供らしからぬ幼さを、冷たさが消す。
「あの人は、あたしが必要としてる。孤児院の武力だっけ、それも必要。孤児院ではあたしが絶対なんだ。責任を負ってるのはあたしだから、誰だってルールには従ってもらう。だからね、あの人が孤児院にいる間は、あたしのルールに置かれる」
「・・・何がいいたい?」
冷酷でありながら、無をもって口を開いた院長。
「あの人を東京へつれていってもいいよ。ただし、最大5日だけ。これ以上はあの人が我慢できない。ルールを破る。あの人の自由を奪える最大期間がそれだと思うから、もし5日でもよくて、必要なら言ってあげてもいいよ。あの人に、東京へ行けって」
「何をかって・・・」
僕が思わず口をはさみかける。
院長が冷酷な眼光を僕に向けていた。
「孤児院にいる間はあたしのルール。責任はあたしが背負います。そうでしょう?」
そう僕は院長のこの目に弱かった。理由がわからない。立場を理解し、状況を把握している。だが時折、人の心を覗いているのでないかと思えるほど、妥協点を導き出す。
「ただじゃない。二度と貴方たちのパーティーがこの町へ来ないこと。あの商人の組織がこの町に入ってこないこと。貴方たちがあの人の心を乱すことを許さない。しつこくすることも禁止。やりたいことを妨害することを許さない。また孤児院に入ることも禁じます。他に必要なのはあの人が要求するでしょう」
僕は何も言えず、黙った。
この僕が黙る。
魔法少女ロッテンダストになれば、この場で一番強い。なのに院長の言葉には勝とうと思えなかった。戦おうと思わなかった。年頃の少女に丸め込まれたのはなぜなのか。
自分の心がわからなかった
「どうする?追加報酬の要求も出るだろうけど、お願いしてあげようか?」
冷酷なままで、感情がこもらない口調で告げる。三船は院長の変化に戸惑いつつ、僕と院長を見比べた。それで何度か逡巡し、やがて口を開いた。
「・・・わかった。応じよう」
僕が首を横に連続でふる。院長に向けて何度もした。
だが院長は一回横に首を振ってから、縦に振った。
「なら、院長も連れていく」
その僕の抵抗に院長は薄く笑った。
「子供たちの世話を、ここの強い人たちに任せていいなら」
そして東京へ5日の旅へ行くこととなった。
期日は明後日後。その間孤児院に来ないことも確約。院長も準備と心構えのために時間がほしかったようだ。
僕も院長も人混みが嫌いだ。他人が苦手だし、嫌いだ。それをお互い知っているのに、僕たちはなぜ行くことになったのか。
決まってからは、冒険者たちは再び孤児院から離れた。
すぐに院長に尋ねたが手をひらひら振るだけで、応える気がなさそうだった。院長のことだから思惑があるんだろう。
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