第15話 キットカット

 そろそろ桜の咲く頃である。

 仕事の方も金曜日に今年度の業務が終了した。

 コロナ禍なので、感染対策をしっかりしている店で同僚とこじんまり打ち上げをした。

 来週からは新しい部署で新年度業務の準備である。

 座席移動があるので、一旦、デスクの物を洗いざらい紙袋に詰め込んできた。

 土曜日はゴロゴロゴロゴローっと過ごしてしまったので、今日のうちにこの紙袋を整理せねばならない。

 最近は、大抵のことがパソコンで出来てしまうので紙の書類は圧倒的に少なくなった。

 文房具も減ったので、デスクの引き出しの物もそんなに多くはなかった。

 筆記用具、メモ用紙、付箋、クリップ、ティッシュ、顔拭きペーパー、会社近くの店の割引券、キットカット……


 キットカット……


 食べずにおいたキットカット……


 引き出しの奥にしまっておいたキットカット……


 昨年は年度の切り替わりのタイミングで上司の方が他の部署から移動してきた。

 新年度初日に挨拶があった。

 もっともらしいことを一通り話た後、新任の加藤課長は、


「私の名前を忘れてしまったらこれを思い出してくだいさい。」


 そう言って、キットカットの小袋を部下に手渡していった。

 そしてキットカットの小袋を配り終わると、締めの言葉があった。


「新しい課長の名前は、きっと加藤!」


 加藤課長は皆の顔を見回し、微かではあるがウケた様子を見て満足気であった。

 うん、微かでもウケたのは悪くない。

 妥当な線だろう。

 その時、私の心にムズムズするものが湧き上がった。

 私にはこういう時に、余計なことを言ってしまう悪い癖がある。

 言わなければいいのにと自分でも思うから葛藤する。

 でも、言ってしまう。


「きっと、でいいんですか?」


 あの時の加藤課長の凍りついた表情は今でも思い出せるが、過去は整理して前に進もう。

 そう思って、自分の悪い癖を封印するように引き出しの奥にしまっておいたキットカットを食べると、きっと葛藤するような気がした。

 新しい部署でもきっと明日は、新年度初日の挨拶があるだろう。

 キットカットを食べたんだ。

 明日はきっと勝つ、自分に勝つ!

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ぷっすり小話 ぷっすり @Pussuri

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