第14話 男はつらいね
毎度のことながら、自宅の近くの居酒屋へ行く道を歩いていたら、ちょっと旨い魚が食べたくなった。
この近所で晩酌をしながら旨い魚ということになると、次の角を曲がったところの小料理屋になる。
10人は座れない程のカウンターと小上がりの小さな店で、値段の割に旨い。
店に入ると空いたカウンター席をちょうど片づけているところだったので、レジの前で少し待った。
久しぶりだなぁと思いながら店の中を見ていると、大将と目が合った。
「はい、いらっしゃい!」
という威勢の良い声が返ってきた。
店の奥の壁には本日のオススメが書いてある黒板が掛かっていて、黒板の周りには「男はつらいよ」シリーズの映画ポスターが貼ってある。
前に来た時に、大将の趣味だという話をきいたのを思い出した。
カウンター席に座って酒を頼むと、あらためて本日のオススメが書かれている黒板を見た。
この店でまず食べるべきは、本日のオススメ筆頭の刺身である。
今日は一番右にバーンと書いてある、
「コシナガマグロ」
である。
カウンター越しにコシナガマグロを頼むと、
「へい、コシナガとサヨリ!」
と大将はまた威勢の良い声で言ってからニンマリした。
それは実際に私が注文したのは、
「ヨシナガサユリ」
だったからである。
何故だ……とは思わない。
「コシナガマグロ」
の隣に、
「サヨリ」
と書いてあったからであることは明白である。
いや、明白である筈だった。
大将に挨拶をしてレジに向かうまでは。
レジの奥に貼ってある映画ポスターは「男はつらいよ 柴又慕情」だった。
私が気づいたのは支払いをして釣銭をもらうまでの間のことだった。
この作品のマドンナは吉永小百合だ。
男はつらいなぁ。
帰り道を歩きながら、「コシナガマグロ」の隣に「サヨリ」を書いた大将も同じ気持ちだったのだろうかと思った。
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