第2話 急ぐ塚田さん

 その日は、いつもより早く家を出た。

 仕事の繁忙期に入る頃で、少し早く出勤する必要があったのだ。

 会社の最寄り駅は地下鉄なので、降りるとホームから地上出口までを急ぎ足で進むことになる。

 通勤ラッシュの人波では悠長にやっていられることなどなにもない。

 地下道の長さにうんざりしながら早足で歩いていると、左斜め前に塚田さんがいるのに気づいた。

 塚田さんは隣の部署の女の子である。この駅で見かけたことはなかったので、早めに家を出たからたまたま一緒の電車になったのだろう。

 彼女も急いでいるようで、早足で歩いている。それはわかるが、前の人との距離が詰まると、そのまま後をピッタリと歩き続けるのはよくわからない。


 彼女はなぜ前の人を追い抜かないのだろう?


 僕は急ぐ塚田さんの横を追い抜いた。

 僕の前を歩いている人がどんどん人波をかわして進むので、その人に続いて歩いていくうちに、必然的に塚田さんを追い抜く形になったからだった。

 塚田さんの脇を通り過ぎる間、彼女の方をずっと見ていたが、向こうは気がつかないようだった。


 彼女はなぜ前の人を追い抜かないのだろう?


 急ぐ塚田さんを追い抜きながらもう一度思った。

 その時、気づいたことがあった。

 僕は今まで人波に急かされているように思っていたが、そうじゃぁなかった。

 僕は自分で急いでいる。きっと周りの人波がゆっくり進んでいても急いでいる。きっと会社でも僕に急かされている人がいるに違いない。

 周りの人たちに急かされている気がしてしまったのはなぜだろう。

 そんなことを思っていたら、今度は塚田さんが僕を追い越していった。

 やはり僕には気づかないようだった。

 僕はその後を急ぎすぎないように歩いていった。

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