第5話
4.
約1個中隊、8機程が屈み込み、それぞれの盾を掲げ臨時の掩蔽を形成している。
自らの安全を確保しての行動、ではない。
各機自機は盾の遮蔽から暴露され、位置している。
盾、機体表面で束の間、ちりちりと何かが踊る。
迎撃に成功しても生じる、MSには無害でも人体であれば容易に切り裂く、微小片。
その差し出された天蓋の下に蠢く無力な、小さき者ども。
彼らは、その多くは政治、戦略的には巨人だ。指先で都市一つを捻り潰す程の力を持つ。
だが今は、ただ怯え、或いは怒りに震える、一つまみの肉塊であるに過ぎない。
部隊の意識は高官の安全か、その安全確保としての対空迎撃行動、何れかに向けられていた。
だからその機影を認めたとき、彼に生じたのは疑念だった。
なぜ、こんなところに「グフ」がいるんだ。
頭部センサ、メインカメラを潰され、機体上部を射抜かれ制御不能で倒れながらも彼の当惑は晴れなかった。
つまりはほぼ理想的な奇襲が成功していた。
「パーティーマスター、ビッグ・ケイヴ。貴隊に脅威が急迫……」
「遅いわ馬鹿野郎!!」
警護指揮官はジャブロー本部に罵声で応える。
「パーティージョイ各機!高官の安全が首位だ!絶対に射線を通すな!!」
「対空迎撃は?!」
直衛の最重要任務に連邦軍も当然、精鋭を就けており練度で後れるものでは無かったが、流石に状況が特異に過ぎた。
「各機に告ぐ、再発令!首位、高官安全確保。次位、敵迎撃。盾組そのまま、もう2機盾になれ、残りは敵MS迎撃戦闘、続け!」
再配置中にもう1機が喰われた。
二個中隊に指揮官機。警護に10、迎撃に9。
報道各社のカメラが見守る前で余り厚い布陣を敷けば、敵の脅威評価に繋がる。
プレゼンスとはつまり見栄の張り合いであり面子の潰し合いに他ならない。
用意された戦力はかなりぎりぎりの線だったが。
式典紛いの新ガンダム“お披露目”の晴れの舞台が汚物をぶちまけるが如く台無しにされ、しかもこうして直接交戦にまで及ぶに、既にして連邦軍は政治的には大敗北と言える。
無論こうなった以上、せめてこれ以上の失点を重ねない為にも最悪、戦術的には圧勝してみせねばならない。見事返り討ちにしてのけ、GPー02の首を晒すぐらいでもしないと巷で挙がるであろう「ジーク・ダイクーン」の鬨は収まるまい。
だがしかし、それを実現するには制約が大き過ぎる戦場だった。
前衛に後衛。形の上では二線が張られたが半径5km前後を火制下に置くMS戦に於いて、交戦距離がkmを割っている現状ではあまり意味を為さない。
それをガトーは命令に依らず率先により明示する。
GPー02は地を蹴り、極僅かな高度を稼ぐとそのままブースト、中空を突進しざまに揺らめく布陣の狭間に射線を通す。
ヘッド・ショット。
後衛最前列に位置するその1機の頭部センサを撃ち飛ばす。
得物は「М-120A1」“ザクマシンガン”。当然機体、GPー02に搭載されるFCSとの同期は取れていない。だがその射撃特性は公国軍人として既に身体に刻み込まれたものだった。ましてやガトーの様な漢には。
従う二機は正しく受命していた。
機動限界で加速、弾けるように左右へ散開する。
MS-07H8「グフ・フライトタイプ」。
06を発展改良させた傑作地上専用機、MS-07「グフ」に、名の通り限定的ながら飛行能力を付与した型である。
正規採用機ではあるが生産数は少ない。敢えて言えば“贅沢品”であり、優秀ではあるが現場からも余り歓迎されなかった。数が揃わないのだから尚更ではある。当時主力機の座を占めつつあった09か、或いはより整備性に優れた標準の07の方がむしろ喜ばれた。
だが、地形を選ばない機動性が今回は評価され、少ない保有機材中より投入戦力として選定されるに至った。
今その能力は期待を違わず、十全に発揮されていた。
凡百の機体には到底不可能な機動で敵前衛の遮蔽外へ進出、射線の確保と同時に猛然と射撃開始。敵後衛を立て続けに無力化していく。
連邦軍は部隊を、まだ数の少ない最新鋭機、RGM-79N「ジム・カスタム」で固めていた。GPー02はともかく、07H8とはほぼ一世代の性能格差がある。だが後衛は今、ただのマトにしか過ぎなかった。自らを晒しただ無力に屈み込む機影に向け、容赦の無い火線を浴びせ掛ける。目標はやはり頭部センサ、メイン・カメラだった。FCSと連動し戦術情報をライダーに提供するこれを潰されれば、MSはほぼ無力化される。敵機の属性情報どころかその機位すら示さない汎用機外カメラの情報で戦闘するなど常人にはまず不可能である。“メインカメラがやられただけ”と嘯けるのはフィクションのヒーローか、NTの特権であるくらいのものだ。
予備から潰せ。ガトーの命令を着実に遂行する。
無論前衛もそれを黙って見ていたのではない。
だが、即座に対応した機に向け、それ以上の反応を示したのが他ならぬ02だった。
ばらりと前衛全機に向け牽制の射線を浴びせると、尚単騎で敵陣深くに踏み込む。包囲の中心に向け自ら突き進んで行く。
クロス・ファイアの好餌。だがそれ以上にフレンドリ・ファイアのリスクが高過ぎた。
「抜刀!!」
号令が飛び、距離を詰め02を取り囲みざま各機が構える。
直近の2機。
戦術情報に従い02の未来位置に向け刺突機動。
貴方は近接戦闘中のMSがどれほど自在に動けるか知っているだろうか。
僅か1t足らずの乗用車が要する制動距離を思い出して欲しい。
そして、MSが持つスケールと質量について、それが高機動する際の運動量について想像してみればよい。
1kmなどあっという間だ。100m刻みで動かせるならまずまずだろうか。
手足のように操る、という意味の重さが理解出来るはずだ。
それは操縦制御としてはミリセカンド、ナノの領域だ。
戦術戦闘空間では精度誤差の範囲で02は連邦2機の漸戟を交わす。
それが出来る者を人はエースと呼ぶ。
交わしざま、02は1機の首を撥ね飛ばし。
得物をあっさりと手放し空いた手がもう1機を掴み引き寄せる。
その機を盾にしながら02は信地旋回。
取り巻く敵影に向け連射。
零距離射撃で残敵を総て潰す。
手中の敵機をそのまま縊り、全周防御の姿勢で倒れ伏している敵後衛に向け放り捨てる。
ガトーは地に転がったサーベルを納める。
交戦時間は1分を切った。
二個中隊が……一瞬で……。
ガトーはその気配に向き直り。
新手か。いや。
「先に行け」
即断した。
絶対の命令にグフ2機は躊躇無く前進移動再開。
コウは瞬間、ためらう。だが。
「その勇気は称えよう、ガンダムドライバー」
猶予は与えられない。
迫る02にコウは3点バースト。
ぴしゃ。
カメラを僅かにそれた射弾が02のアンテナを濡らす。
ペイント弾だった。
やはり敵は無力。だがグフを逃がしたのは正解だ。
02に乗ると判る。この機体相手では素手で潰されかねない。
盾を構える。
01の射撃は、スリットを精確に射て来た。
カメラが保護出来ればそれでいい。
02が突進してくる。右か、左か。
そこか。
02の漸軌は空を切る。
自機の盾が産み出す僅かな空間、そこ目掛け01は回り込んでいた。
射耗したライフルを逆手に構え塹壕戦を戦う兵士の如く雄叫びと共に銃床から。
打ち付ける。
突き放す。
02は次打を切り払う。
01は構わず突き捨て盾で撃ち掛かる。
02も盾で打ち止める。
瞬時の拮抗。
ちりっとガトーの胸中に響くものがあった。
02のバルカンが閃く。
01の頭部センサを打ち砕く。
後はワンサイドだった。
瞬く間に地に突き伏せ背後からヴェトロニクスコアをこじれば活動停止する。
演習仕様の機体で。
軍事的にはもちろん、この場で止めをさすべき敵だ。
だが、彼はその気になれなかった。
このライダーがこの後、味方を何人殺すか判らない。
判っている、判っているのだ。
だが。
刹那の逡巡だった。
「ここは預けておくぞ。ガンダムドライバー」
こいつは、すげえ。
交戦の一部始終を記録し終えた、プレスのタグをゆらめかせている、銀髪、と表現するには鈍い灰色の髪を持つ若者が思わず嘆声を漏らす。
豊富な実戦経験をも持つ彼には、今の交戦で“連邦側”のガンダムが背負っていたビハインドについても容易に推察がついた。あれは演習の予備機だな。
だが、オーディエンスの多くはそんなことに頓着するまい。
DFのガンダムが勝ち、連邦が負けた。
重要なのはそれだけだ。
後はどうやってここから抜け出すかだが、と周辺に視線を飛ばすが、まあ大丈夫だろうこの状況なら。
コミュニケータが震えた。
着信、1。
コウからだった。
一言。
run!
なにこれ。
ルセットは当惑する。
逃げろ?。どういうこと。
「ねえ……」
スタッフの一人に話し掛けようとした。
荒々しいノックに続き作業車のドアがいきなり引き開けられた。
兵が半身を乗り入れ叫ぶ。
「何をしている!戦闘警報を聞かなかったのかただちにがふ」
血反吐を吐きながら車内に転がり落ちる。
何かが車内に、ゆらめく影のようなものが。
光学迷彩。
単語を浮かべながらそこで意識は途切れる。
次に目覚めたときには心配そうなコウの顔が覗き込んでいた。
「コウ?あぎゃあ!!」
激痛に絶叫。
「ああだめですよルセットさん!肋骨折れてます安静に!」
こっせつなんてはじめてですもちろんひい。
泣き喚きたいのを涙目必死で堪えて5分ほど息を整えようやく、言葉が出せるようになった。
「そ、それで、何があったのけっきょく」
「デラーズ・フリートの急襲です。ある程度の規模を想定していた布陣の裏を完全にかかれて、陽動と数機の浸透突破を受けて完全にやられたみたいです」
コウの気配に彼女は気付く。
「交戦したの。ガトーと」
コウは力ない笑みを漏らした。
「遊ばれちゃいましたけどね」
彼女は半身を起こしコウを抱きしめていた。
痛みは気にならない。
「ばか……」
もちろんコウが、なぜそんな蛮勇に走ったか。
「すみません」
彼の後ろにあのとき、私が。
「もうこんな、むちゃしないで」
「気を付けます」
でも、やるだろう、彼は。何度でも。
ルセットはコウに抱きかかえられたまま、また横たわる。
「それで、その。演習はどうなったの」
問いかけるとコウは、暗い、いや、茫漠とした表情を投げ出した。
「ゴップ元帥は意識不明の重体だそうです」
え。
「ほか、将官、佐官クラスに多数の死傷者が出てます。演習観閲の高官達です。よくわかりませんが、たぶん今、軍の機能は停止してます」
事実だった。
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