第4話


 3.


 とはいえ記録的猛暑、というほどのことはない。3、40の線を行き来する気温も、湿度100%の重くねっとりとした空気もここでは変わらぬ日常の風景である。

 緑色の瀑布の如く繁茂する熱帯雨林に覆われるアマゾンの支流の一つに、大自然の景観に威圧されるかにある、比べるならちっぽけな、人の手になる構造物が漂っている。

 河川哨戒艇。旧世紀来の合成樹脂製、軽量の船体にトップヘヴィ気味の上部構造、火砲。地元漁民の釣舟ほどのサイズだが、これで眼もあり牙もある立派な軍艦である。

 ああそうだこれでジャブロー勤務はそれでもやっぱり天国だよ例え外回りでもな、畜生。

 絶え間なく噴きこぼれ額から流れ落ちる汗をそのままに、何を見るでなし覗き込んでいた双眼鏡を胸に降ろしながら艇長は、部下に隠して胸の内に吐き捨てた。いや実際にその通りだった。同期でも既に数名の戦死者が出ているだけに。

 兵の肉眼を用いた監視、索敵。アイボールに優るセンサー無し。古来からの、信仰にも似た軍隊特有の通念の一つである。ましてこのMP環境の世代においては、光学監視は揺るぎない定理にまで磨き上げられている。無論そうした監視体制の完全なる自動、無人化は理論上では不可能ではない。しかし例えばこのジャブローの高温多湿な環境で信頼面での冗長性を備えたバックアップを持つシステムを、しかも連邦最大規模のこの領域に張り巡らせ配備運用することは……控えめに表現してもやはり、余り現実的な選択ではない。世の常に変わらず軍の予算でも人件費はその項目の最大比率を占めるが、それでもなお人間を使ったほうが安価でかつ確実なことはある。

 艇長。時間です。通信兵が声を出す。

 彼は鷹揚に一つ頷くと受け取ったマイクに向け発声する。

「こちらPRBー51。定時連絡。光学監視平常、聴音監視平常、現段階で如何なる脅威並びに兆候、何れも確認出来ず、オールクリアー、以上」

 艇長はいかにも面倒くさげに言い送った。ジャブローに誰が攻めて来るんだってんだよまったく。

 彼は間違っていた。

 配備の日も浅く若い彼は知らなかったが、そして知っているべきであったが、1年戦争末期でのジャブロー強襲以外でも戦争中盤では北米を発した爆撃団が昼夜を分かたず爆弾を降らせていたし、嫌がらせ以上のものではないが少し前だと沖合いからミサイルが打ち込まれることくらい珍しくはなかった。ジャブローの安全を磐石と断定出来るのは本当にここ最近でのことなのだ。

 だった。

 原隊に向け一方的に申告を終えた彼がマイクを通信兵に投げ返したときに、それは起きた。

 発見の恐怖に怯えつつ息を殺してその時を、艇が発信を終えるタイミングを、異常無しを申告させることにより稼がれる安全な時間を待ち焦がれていた。

 視界は白く包まれ、艇の周囲に複数の水柱が立つ。断続的な機械音が艇を包む。

 無論、彼には何が起こったのか理解する猶予はなかった。そのまま意識が途切れる。

 白い影はMPを塗したスモーク。水柱はウェットスーツ姿の兵。全員が素早く艇の上に這い登る。

 Clear。

 一人が短く告げる。心動モニタを警戒し殺してはいない。

 僅かな間を置き、水面が盛り上がった。


 必ず何らかの形で仕掛けてくる。

 これは別に彼の個人的な確信などでは無かった。手元にある総ての情報にそれが示されている。

 連邦軍本部付、主席作戦担当士官であるアントニオ・カラス大佐は、自身が囚われつつある緊張感を振り払い、また押し隠しながら作戦情報統合司令室の中央にあって、どこまでも悠然と立ち振る舞っている。

 指揮官が発する空気は直ぐに部隊へ伝搬する。無用な緊張など害悪の最たるもので、徒に各員へ消耗を強いるばかりか、往々にしてその能力発揮をスポイルする。

 問題はそれが如何なる形を取るのか、である。

 それが小規模な擾乱であろう事は誰にでも判る。かつて公国が正規戦で敗退したのだ。その敗残である今のDFに我々を正面攻撃する能力は存在しない。

 だが、その無力は何より、DF自らが知悉しているのではないか。

 そのDFが仕掛けてくる。

 軍によるものではない微弱なMP反応、交信のサイドローブの傍受。航走音の探知。

 ジャブローの外郭でDFは、低調ながら質実に活性化の兆候を示している。

 だがやはり推算出来ない。

 3スコードロン。CAPは十分以上に上げている。

 MSも六個師団を貼り付けてある。

 今も各部隊は、分刻みで中堅企業の年間予算規模の経費を喰い散らしながら配置に付いている。

 そしてなお、現配備はジャブローの全力発揮には程遠い。必要であれば即応であってもまだこの3倍は用意出来る。

 そうなのだ、そして、これをDFとて知らぬわけがないのだ。

 どんな公算があるというのか。それが、未だに判らない。

 カラスはさり気なく、またそれを盗み見た。

 開幕まで1分を切った。

 多面モニタの一角に、その映像は小さく出力されている。

 誰一人、視線一つ向けていない。

 しょせん出来レース、少なくともここに詰める全員、対象の埒外にある。

 彼らの意識はそう。


 ** No data **


 広域作戦表示領域にアラートがポップアップ。

 アラート・タワー、無人警戒監視所の一つがダウンした。

「直近は」

 情報統制官の声にオペレータが即答する。

「PRBー51です。3分前に定時連絡にて平常を確認」

 統制官は直ちに決断。

「51をコールしろ」

 艇は目立たない形状ながら船体下部にエア・クッション構造を有し、限定的ながら上陸、及び陸上移動能力を持つ。哨戒任務の機材として、その設計段階から運用上での柔軟性の確保は十分配慮されている。

 1,2,3回。

「PRBー51、応答せず!」

 統制官はカラス、担当仕官を振り返る。

「PRBー51、途絶。現状確認許可を願います」

「許可する」

 統制官は向き直る。

「“トンボ”を出せ」

「了解、Bug-house 641 Setup …… Run」

 ジャブロー全域に約5km間隔で配置されている“巣箱”から“トンボ”、UAV(Unmanned Air Vehicle)が、消耗型の小型自動汎用機が射出される。有機素材から形成される機は極限まで軽量化されている為に起動と同時に自壊を開始、耐用時間後に消滅するので再使用は出来ない。

 タワーの外観に異状は確認出来ない。

 51も同様だった。哨戒定速にて平常に航行している。

 気付いたのか。兵の一人がこちらに向け、手を上げている。

 偶発か。

 貴重な機材を二機使って、結果が“マーフィーの法則”、か。

 空気が緩み、人の手によりデフコン・アップが解除され掛け。


 ** No much **


 アラートがオーバーライトされる。

 現在、軍に在籍する個体情報に同定せず。早期警戒管制情報支援システムは警告する。公国軍個体情報に有意差内で近似、経年変化の加算操作により同定し得る三個体を確認。情報特性類別実行、以後敵性として識別する。

 稼がれた時間は9分。


「レッド・クラウン02よりビッグケイブ。これよりセンシングする」

 通常直の広域探査から外されたAWACS、早期警戒管制機、Eー37「ディッシュ」が指定セクションに向けハイレゾ、タイト・センシングを開始。

 結果は直ぐに現れた。大気熱分布と異なる特徴的な残留熱放射を探知。複数の熱源が高速移動した痕跡と推定された。それを時間変化量感度増大の方向に向け微分解析、延伸すれば現在位置を特定するのは容易だ。18m/sほどの運動量を持つ移動熱源反応を捕捉、数量5体からなる構成と確認する。経路中途に分岐、合流を示す情報は無い。これで総てだ。

 レッド・クラウン02はセンシングを継続する。密林に遮られ視界は不良だが取得された断片的な光学情報はデータ・リンクにより評価そのものは基地本部にて高速処理されている。目標の現在位置、運動量、そして撮像位置から逆算され補正されデータベースに照会されると目標各機の同定、照合はあっけなく完了した。

 ベースが得た結果がレッド・クラウン02に転送され、作戦戦術情報が書き換わった。

「MSMー01、2。MSMー07、2。06が1」

 オペレータが読み上げる。

 彼女は見下ろす敵性情報に向け、刹那の憐憫を投げ掛けた。今やただ狩られる、いや、それこそは既に狩られ、調理され皿に盛られた“ディッシュ”に他ならない。高度65000ftの快適な職場から睥睨する地上戦。これが制空権、Air-Superiorityの意味と価値。

 自分が今いる場所への素直な安堵もまた。

「ビッグケイブより02。管区担当、708の全機とSEC-83、452ーBravoの管制を預ける。誘導せよ」

「02了解。708全機、452ーBravo……確認した。I've,con」

『All-Hands !! 第452大隊各機。Bravoは管区63に移動、Alpa,Charlieは哨戒任務継続』

 管区84から63への増派。連隊長の指揮により大隊長が命令する。

 あとは現場指揮官と前線統制官の職掌となる。こうなってしまうと司令本部の仕事は余り残されていない。

 カラスは変わらずポーカーフェイスを貼り付けていたが胸中には複雑なものを含んでいた。

 一言でいうならそれは拍子抜けで、失望だった。

 1+1は2だ。生卵をぶつけて岩を砕くというハナシも聞かない。こんなものかという醒めた感覚もある。まあ、抵抗のアリバイはこれで出来たのか、DFよ。

 結局、これが実勢だということなのであろう。MSを輸送し、敵本拠に揚陸する。僅か5機と言ってしまえばそうだが、その実現にどれだけの努力を積み上げたのか。今のこれが限界なのだ。

 そのなけなしの戦力は高い練度を示しながらも、両翼包囲をちらつかせながら隙なく延翼、同時に正面からも圧迫しながら前進する、圧倒的に優勢な連邦軍増強大隊40機の平押しを受け、さしたる抵抗も見せずにずるずると後退していく。

 直ぐに海岸線まで押し戻せるはずだ。そこで殲滅すればよい。

 脅威はあまりにもあっけなく排除された。


 管区03。アマゾン河口守備を含む、重点哨戒区域である。

 一口に河口、といってもアマゾンのそれは約400kmに及ぶ広正面を持ち、下手な戦線以上の線長を持つ。かといって細切れに専担区域を設定してしまっては、区間での連携が危ぶまれ区域間での煩瑣な調整も必要となる。しかし漫然とそのラインを維持するということではなく、河川部への侵入経路となる、大別して5箇所がチョーク・ポイントとして重点設定されている。

 厳重な警戒を侵して、既にオリノコ方面を浸透突破されていた。幸いにも敵戦力は小規模であり、また早期の捕捉、撃退に成功し損害は軽微に収まったのだが。

 何としても、アマゾンを抜かれるような事態があってはならない。

 哨線はエアカバー、各重点の陸岸に配置された地上戦力に加え、「ハワイ」から引き抜かれた精鋭水中部隊、RAG-79G1「ガンダイバー」から編成される二個大隊60機により増強されている。

 大戦期に開発配備された機材と部隊の何が精鋭か、といえば、全くその通りだが現状、軍が保有する水中兵力で最強最優秀の部隊といえばそうなる。

 何故と言って、今日まで必要とされる局面が存在しなかったからである。

 軍事専政により体制を確立し国を興しながら、公国は、そして指導者ギレン・ザビは戦争という事象そのものは理解していなかったのではないかという、現代史学上の疑念がある。

 戦争とはつまり兵站(補給物資、補給手段全般)の潰し合いに他ならないことは、論を待たない原則であるだろう。古今東西それは変わらない。技術を初めとするその時々の環境に応じ、様々な様態を顕すが為、外観に囚われるものは幻惑されるのだ。

 ここで公国が先の戦争において、地球海上に設立した海軍が果たした“役割”について少し考察を加えておきたい。

 前後するが、先の大戦における公国の攻勢限界が地球軌道であったことには異論が無いと思う。

 公国はまず、制宙権確保の任に就く宇宙戦力に向けての現有戦力維持補給、作戦兵站の供給を必要とした。

 これに、地球侵攻に当たっての戦闘兵站が付加された。

 地球侵攻の初期段階はある程度の余裕を持ってそれが可能であった。降下作戦に必要とされた戦闘兵站は宇宙戦力と大部分において共用が可能だった。制圧に要された時間も短期間で済んだ。公国は辛うじてこれを乗り切った。

 だが皮肉な事に、戦勝により獲得された領域と、やはり勝利により新たに地球圏に展開することとなった陸軍の存在は、公国の兵站を容赦無く圧迫し始めた。地上で獲得した資源は何の解決にもならない、否、それこそが地上と宇宙の作戦兵站を更に急迫させた。(打ち上げれば後は投げるだけにせよだ。)平時であれば通商路により担務されるべきであるのだが。

 そうした状況の下、新たに設立されたのが公国海軍であったのだ。

 軍隊、と限定せずともよい。新設された組織が機能し能力を発揮する、その準備期間について理解出来ない者はいないと思う。無論、公国は可能な範囲でその縮減に努めた。例えば宇宙軍から引き抜いた戦力を配置転換し、編成の基幹に据えて練度の向上と慣熟期間短縮を計った。しかし艦船乗員はともかく、ライダーについては常に陸軍との争奪が生じた。現に嚇々たる戦果を掲げ、前線を押し上げ続けている陸軍の声は大きかった。

 海軍がその機能発揮に向け努力の途上にある中だった。

 公国の戦争は遂に、極限に達した。

 一人の兵を想像して欲しい。彼はその筋力と等量の装備重量を今負っている。彼は全く動けない。座して休む猶予すらない、再び立つ力は今の彼には無いからだ。

 前線から後方まで、軍に属する総ての将兵に食を与え、機材を稼動状態に維持する。それだけで公国の国力は使い果たされる。これを指して極限と表現した。

 先の大戦では、「オデッサ」での勝敗が戦争の帰趨を示し、「ジャブロー強襲」の阻止により決した、とのイメージが強いが、これが実相であった。その遥か以前に公国の戦争は破綻していたのだ。その後の戦勢はこれが表面化する過程に過ぎない。

 余談が過ぎたが、本稿の趣旨も理解出来ると思う。つまり公国海軍は戦争に寄与すること少なく、ただ兵站を食い潰し負荷を増す存在でしかなったのでは無いだろうか。

 そして公国海軍は、求められた唯一の機会にもその任を果たすことが適わなかった。

 連邦軍の欧州反攻。その前段階において実施された南米から集積拠点、イングランド「ベルファスト」に向けた一大輸送作戦「オフサイド・トラップ」が発動された。

 北米「ニューヤーク」に本拠を移した公国海軍はその総力を結集しこれを阻止せんとした。何よりこの時点では連邦軍の動きは軌道上から丸見えである。攻撃により、連邦軍も多大な損害を被った。海没した兵力は総計二個師団に達した。作戦成功の達成に向け、連邦軍は奇策を取らざるを得なかった。可能な限り輸送路を水中に振り替え、(さすがに空路は単なる自殺行為だった。)水上部隊は囮となった。輸送部隊が運んだのはただの「飲料水」だった。これを全力で警護したのだ。

 急遽増産、編成された「GM」水中仕様改装機 RAG-79「アクア・ジム」十個師団約3000、「ガンダム」を基本設計とした水中仕様機 RAG-79G1 「ガンダイバー」二個師団約300が作戦に投入されていた。

 更に連邦軍は敵兵站を叩くことにも一貫して最大限の努力を重ねていた。連邦軍は公国が降下させるHLVを全力で迎撃した。「GMスナイパー」なる長距離射撃専用機体が開発配備されている程だった。加えて、敵戦線を浸透させた特殊部隊による補給線への攻撃も効果的な損害を累積せしめていた。こうした非対称型の戦いは、WW3後の戦後処理の過程で十二分に経験を積み、その有効たるを体得している軍隊だった。既にして痩せ細っていた公国の兵站に、これは致命打として作用した。

 公国海軍の作戦能力はここに潰えた。戦闘消耗と兵站の二面から締め付けられ磨り潰された戦力に、最早能力発揮の余力は残されていなかった。

 その後の経過は歴史が示す通りである。

 そして戦中、また戦後の如何なる局面においても、連邦軍は公国海軍を軍事的な脅威として認定しなかった。その評価と対処順位は常に低く置かれたままにあった。その能力発揮に対峙した唯一の危機に際しても(場当たり的ではあったが)連邦軍はこれを回避する事に成功した。RAG-79は順次標準改装を受け「オデッサ」攻略にも、その後は宇宙の前線にも投じられた。RAG-79G1は地球各方面に分派されたがそれも順次削減、退役処分されていった。連邦軍はその戦略において、海軍戦力の増強を必要としなかったのだ。「ハワイ」に配備されていた RAG-79G1。その存在は、大戦の残滓でしかなかったのだ。

 その、管区外縁、最前面に前進配備された部隊、「ガンダイバー」2コ小隊と「フラッサー」フリゲート1隻からなる哨戒チームが最初期の遭遇を果たした。

 水上母艦「エルブルース」。前大戦より現役にあるヒマラヤ級を近代改装し、現在MS一個大隊を搭載、運用する能力を与えられている。「ハワイ」から増派された部隊の管制を預かっている管区03の洋上指揮所である。

 緊急信だった。

『MA(Mike-Alpha)だ!畜生MAが出た!!』

 宇宙であればともかく水中仕様MAという機材は、過剰であり豪奢に過ぎた。本気で戦争を行い同じ国力を使うのであれば、機雷の100基程でも作ってバラまいた方が余程効果的な戦力であろうか。

 だがそれは純粋な戦略上からの判断であり、戦術局面では別の評価が存在する。

 交戦し、辛くも生還した連邦の兵から“海魔”という直截な別称を授けられ恐られていた、生産性と整備性の低さにより純粋な戦力、前線での稼動数としては微々たるものではあったがそれでも尚、MAMー07「グラブロ」は強力な機体であった。火力、機動、防御。戦後、連邦の技術将校の一人がこの機に接し、「これがあと100、いや50機でもよい。当時大西洋にあったなら我々の戦争は大きく後退させられていただろう」と述懐している。もっとも、と。あらゆる意味において、当時の公国にそれを為さしめる能力が存在していたかはまた別の問題ではあるが、との付言も忘れなかったにせよ。

『ベイカー02、詳細報せ』

 「エルブルース」の確認に返信はザザッという空雑音に似たジッパー・コードのみ。

『敵、大型1、他航走反応複数!。ベイカー交戦直ちに……』

 被せる様に発信してきたのは「フラッサー」。スケルチを発し交信は途絶。

 本部もこれをリアルタイムで傍受していた。「エルブルース」に向け敵部隊侵入の阻止撃退を命じつつ、新たに直から外した「ディッシュ」1機を当該区に向ける。

「レッド・クラウン03よりビッグケイブ、確認出来るか」

 本部は息を呑んでいる。

 洋上には若干の浮遊物が見える。恐らく「フラッサー」が残したものだろう。

 そして、二隻の潜水艦が浮上し、姿を見せている。

 潜水艦が敵前で浮上。

 本来であれば意味する事は一つだ。

 投降。無抵抗の表明。しかしこれは、違う。

 見ている前で敵艦は自ら発する白煙に包まれる。

 敵は全力射撃を開始していた。

『哨戒全機、哨戒全機。こちらビッグケイブ。対空警戒、対空迎撃戦闘。各機射界に確認される不明飛翔体(unknown)を総て撃墜せよ、総て撃墜せよ。但し実弾兵装の使用はこれを禁ずる、繰り返す、実弾兵装はこれを厳に禁ずる!」

 直後、ジャブロー上空は目映く輝いた。


 高短音3回、低長音1回。

 ここ数日の追い込みで疲労困憊、冬のロシアの空模様の如くどんより鬱然と湿っていた彼の顔に、精気が射した。

 今のは。

 実戦で聞くのは始めてだけど。戦闘警報。

 実戦。

 戦闘。だって。

 コウは自身の言葉に困惑する。

 兵や下士官が周辺を慌しく動き廻っているがまだ説明は無い。

 そして会場周辺に展開する警護部隊がやはり説明が無いまま各自に動き始めた。射線を確保すべく少し移動し長距離狙撃姿勢、片膝立ちで銃口を空に向けると、突如猛然と射撃を開始する。

 放物曲線を描きながら天高く駆け昇る。成層圏をかすめ降下を始めた弾体は自ら炸裂した。自身を刻み散らしながら大地に向け降り注ぐ。

『 Shit !! クラスターだぞ!?』

『一発も抜かせるな!!』

『撃て、撃て!!』

 全MS、空を撃てる光学兵装総てが対空射撃を実施していた。

 やみくもに乱射しているようだがIFFの統制は受けている。CAPを誤射する惨事こそないが爆散破片を浴びての被害報告は続出していた。CAPには既に高空経由での領外緊急待避が発令されている。

 全力対空迎撃。カラスは一人、説明の付かない違和感と戦っていた。

 これは、必要な措置だ。一発でも着弾を許せば大惨事となる。

 しかし違う、違うのだ、そうでは。


 ** No data **


 また一基、タワーがダウンした。

 場所は、会場に近い。

 彼は瞬間、凍り付いた。

 違和感は氷解した。

 今こそ彼は総てを悟っていた。そうだ、やはり陽動だったのだ。


 機体のカメラを通じ、彼は、敬礼で見送るコマンドのリーダーに軽く目礼を送った。

 ここまで攻め寄せるに並ならぬ労苦はあった、しかし甲斐もある。

 多くの英霊が無念を飲んで瞑るこの地。

 連邦軍の本営。

 決して本旨ではないが、これからの時間、大いに敵心胆を寒からしめることとなろう。

 征くぞ、諸君。

 デラーズ・フリート少佐、アナベル・ガトーは短く令する。

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