第3話
2.
軽く額を押さえながらコウは頭をもたげた。
ちらりと隣を見る。
傍らで、ルセットはまだ、心地よさげな寝息を立てている。
コウは慌てなかった。それはまあいろいろその場の勢いに任せたとはいえ、それでも明白な、合意の結果だった。
あれから二人、共に食が進まないのでどうせなら飲みにいくべという事になり。
そのまま流れでKARAOKE・BOXに入るとルセットのトークが止まらなくなり喋るしゃべる、結局、その場でコウ相手に自分の生涯を一気に語り下ろしてしまった。
「わたし幾つに見える?」
「えーと、その」
ふふ、とルセットが笑う。そうした仕草の一つ一つが成熟した女性の魅力を。
「あなたの、一つ下、ほんとよ」
ぶふ。コウはウーロンハイを吹く。
おれの下ぁ?!。
想定通りのリアクションに、ひらひらと手を振ってのける。
「産まれたときから一回り上の世代とつきあってた、これもインプリンティングの、いや単にフィードバックのエフェクト、環境がヒトを育てる、優良試料なのかしら、ね」
コウの目を覗き込みながら、物憂げに吐息を漏らす。
「男はともかく、老けて喜ぶ女の子は居ないわ。私も、女だけど」
も、とか言ってるし。
「君より魅力的な女性、じゃない女のコなんてそう居ないよ」
ルセットは蠱惑な笑みを浮かべ、コウを見遣る。
「あら、ずいぶん滑らかに褒めてみせるのね。飲み過ぎ?」
コウは軽く肩を竦め。
「ただの適正な脅威評価のつもり」
ルセットはしかし、言葉と逆にコウに寄り掛かる。
「そうやってどれだけスコアを稼いだのかしら。ダブル?それともトリプル?」
「これがファースト・アタックだよ。信じないならそれでもいい」
ルセットはしなだりかかる。
「効かない、効いてないから」
コウは、そっと手を回す。
「美人だし、何より可愛い」
ルセットは目を閉じる。
「言うのは簡単よね」
「どうすれば」
彼女は片目を開きコウを見つめ、またゆっくりと閉じた。
「さあ?出来たら証明してみせて」
彼も目を閉じ。
求め命じられるがまま彼女に、解を与えてみせた。
そしてそのまま、当然の様に休憩所に飛び込み、慌しく一回“致す”済ますと飛び出し、コウの宿舎に転がり込むと共に一夜を過ごした。
ルセットの髪を、優しく撫でる。
頑張ってきたんだね。
がば。
弾かれたようにルセットが起きあがった。
「今何時!?」
目の前のコウに噛み付く。
「6時……15分?」
コウがおどおどと応えると、天井を見つめああそうか、と漏らし。
ぱたり。
またベッドにひっくり返った。
ええと、ええと。
リアクションに迷ってわたわたするコウに構わず、もそもそと動き出し、上着からコミュニケータを取り出すとコウに放り投げる。
慌ててキャッチ。しかしこれをどうしろと。
今度こそ当分ヒマかも。
あらぬ方を眺めながら再び独り呟くとやおら立ち上がり。
「シャワー浴びてくるー」
行ってしまった。
コウは彼女のコミュニケータを手にしばし途方にくれていたが、見ろというなら素直に見るかと、画面に目を落とし。愕然とする。
『臨時休業のお知らせ』
アナハイム・エレクトロニクス広報部による速報だった。
ーー本社に査察??
ーー警務隊による強制捜査
ーー軍警が本社を制圧
ーーデラーズ・フリート
ーー取締役が緊急逮捕
……
以下、延々と社員間でのメールが並ぶ。
そうか、これか。それで解放されたのか。
……GPそのものが凍結されてもおかしくないな。
「うん、そういうこと」
ぎょ。振り向くと背後からほこほこと湯気を立てるルセットが、一緒に覗き込んでいた。
「全くいい迷惑よねー」
ぷんすか。
「まあでも、こうなったらなるようにしかならないしー」
くるりとコウに向き直る。
「代休だと思って楽しんじゃお、ね!」
やっぱりこのコ、タフだ。
いや、女のコってこういう生き物なんだろうか。
と。
コウの手の中でそれが突如、震え鳴り響いた。
「はい」
ルセットが素早く受ける。
「漸く捕まえた!というか代理、今どこです!!」
怒号に近いデフラの声。
ああ、えーと。
珍しく目を泳がせ言い淀みコウを見る。
「なんで直ぐに連絡くれないんですか約束したじゃ、とにかく直ぐ大至急合流願います!!」
なんで。
「カットオーバーが早まったんですよ!!。不在中も何とか進めてたんですがこれ以上は限界です!!保留要項が山積みです、直ちに指示頂けないとマジバーストです!!」
だからなんで。
「軍がGPの存在を公表に踏み切りました!!デラーズが宣戦布告直後に02奪取成功を」
『……我々には新たなガンダムが準備されている!デラーズ・フリートなど……』
軍広報による最新ステートメントを隣でコウが再生している。
「……臨時閣議で予算も承認されたし、ていうか私らみんな招集で軍属よ、軍命に従えってなんかエライ人がすごい勢いで、ちょっとルセット、聞いてる?!」
減俸六ヶ月、十分の一。
読み上げられた内容、交付された命令書に視線を落としながら彼は一瞬、顔を強張らせた。
「アルビオン」艦長、エイパー・シナプス。階級は大佐。
軍は貴官の忠勇なるを期待している、配慮に感謝願いたい。
表情を消すとシナプスは頭を垂れ、係官の元を辞した。
その意味を考える時間が必要だった。
歩を運びながら彼は思案する。
そう、寛大に、過ぎる。
最低限解職、降格すら覚悟して臨んだ。
GPは確かに書面上、扱いをトリントンに移管済みだった。
下駄は素早く預ける。軍に限らず業務の基本中の基本だ。
しかしそれでも。略取は「アルビオン」艦上で行われた。
その阻止の失敗、そして艦の大破。
戦時であればまだ、理解も及ぶ、だが今は平時だ。重要機材の逸失に機材の損壊、加えて人員の損失。認めたくは無いが総て重過失、無能の極みと謗られたとて一言も無い。
何をどうしても応分の責は免れ得ない、それが。
量刑を最小限に裁定したとて、これは不当に軽微なのではないか。
無論それを自ら言い立てるなど論外だ。
しかし、疑念は募る。何故だ。
自分は、傍流だ。南米の覚え目出度い男ではない。
寧ろ逆だ。煙たがられこそすれ、歓心を買う覚えは、残念ながら今まで無い。
中将閣下が減刑、否、適正な裁定の実現に尽力して戴いて呉れたことは無論そうであろうが、それならばこそ有り得ない。どんな取引をしたとて正直、失礼ながら今の閣下にそこまでの政治力は無いし、こうした結果は望みもしないだろう。
では、どういうことだというのか。
達した答えの一つは、苦々しい。内心、舌打ちの一つもしたくなるものだった。
つまり、探られたくない腹があるのか、本件に。
南米の政略に、遂に自分も巻き込まれたというのか。
仮に温情だとしても、そうであれば尚更、高いものにつきそうだ。
自分はそれでも構わんが、為し得ることならクルーと艦はつまらんことに巻き込みたくはない、ないが。現職に留めおかれる以上、詮無きことか。
導き出した結論に、シナプスは暗い顔で俯く。
作戦名「上帝」(Overlord)。
それは、DFの総力を結集した一大反攻作戦であった。そうであるらしい。
だが作戦は初手から頓挫することとなった。辛くもGPー02の奪取には成功したものの、機体のチャンバーは空だった。
作戦はアナエレ社員による内応、事前工作を所与のものとして立案されていた。
GPー02は、その運用が想定されている戦術核弾頭と共に略取される予定にあった。
だがそれは阻止された。当人には不幸だが連邦には幸運な事に、責任者が急病で次席者と交替、併せてスタッフが総入れ替えとなり内部工作が阻止され、GPー02に核弾頭が装填される機会は消え失せ、加えてアナエレ側、次席責任者の独自判断で核ランチ機構にプライベート・シールが施された。
GPー02は核弾頭はもちろん、その発射能力すら封印されていたのだ。
アナエレ本社で押収された作戦計画関連文書、通称、「ブラウン・メモ」は、以降の経緯をこう語る。
宇宙に打ち上げられたGPー02は「コンペイトウ」で開催予定の観艦式か、或いはルナツーを襲撃し、局地的制宙権を掌握した後に……。
そこまでだ。デラーズが何を意図しているのかは、未だ不明であった。。
であるにせよ。彼が企図した核弾頭は、その手をすり抜けて行った。
どう出るのか。
だがデラーズは南米の想定以上にしたたかだった。
元来、戦略重心としてその作戦構想の中軸に位置するべきであったであろうGP-02を、齟齬により単なる重格闘MSに落ちたその地位からすかさず政治的存在として祭り上げ、喧伝してみせたのだ。
『我々の手には、今こそ、「ガンダム」が存在する』
ガンダム。それは神話であり、同時に政治的な存在でもある。
神話について疑問を持つ向きは少ないだろう。では政治的とは。
否。あなたが、ミリタリー・フリークでもなく、現代戦への興味も希薄な、その“貴方”が、それでもガンダムという戦術兵器の存在を一般名詞の如く見知っている。この一事が如何に政治的意味を持つか、それこそは貴方が賢察する通りの事情である。
英雄の存在は古今東西戦争を、何より銃後を鼓舞して来た。先の大戦でも無論そうだった。少年兵アムロ・レイと、連邦の救世主、正義の白騎士“ガンダム”の姿を、貴方も幾度と無く眼にされたことだろう。公国は「白銀の悪鬼」と唾棄し、これを除かんと数々のエースを繰り出しながらその悉くを討ち果たし、退けて除けた“ガンダム”。
ところで余談だが、貴方はその末路をご存じだろうか。
戦勝記念館に屹立している機体は、無論、レプリカだ。
公国最強のMS、“ジオング”を撃破した“ガンダム”は“ホワイト・ベース”に帰還、群がる残存戦力をこれまた撃退し、傷ついた母艦を援護しながら後方に離脱した、とあるが。
実機は、“ジオング”と相打ちとなり、要塞の深部で残骸と成り果てている。
侘びしい話だが史実などこんなものである。
つまり、貴方に植え付けられた「ガンダム」とはそうした存在である。勝利の代名詞であり、正義の守護者である。
それを手にするものとは、何か。
「賢しらに!いっくらきれいな手をかざして見せたって一皮剥けば血塗れよ。テロノイドの末裔のくせに!」
ルセットなどはにべもなく切り捨ててみせるが、連邦の依って立つ基盤は意想外に脆い。
当然だ。南米がそれを望み求めているからだ。盤石な政治基盤では軍政が付け入る隙などない。公国との講和を機に、平時への復帰と動員解除を表向き積極的に先導しながら、最後の一線で連邦政府主導権の確立を意図し、それを実現しているからである。
軍の専横を傍観する、それを喜んで受け容れている政治が、その微妙なバランスにより常に動的にプラス、不安定極まりないことは誰にでも理解出来るだろう。
それをそうと見せないのが、政治の政治たる所以であり、それこそが至芸だ。ある種の芸術と呼んで構わない、善悪はともかくそれはそれで立派な所作ではあるのだが。
であるので、同じベクトルをカウンターで打ち出されると、非常に脆弱な一面を晒け出す。
刹那のカウンターウェイトとしてであっても、否、緊急避難であればこそ、GPー01を持ち出さない訳にはいかなかった。ことにより、政治的存在としての「ガンダム」はニュートラライズされた。
そしてもう一枚のトランプ、“南極条約”違反を、いつオープンにして来るのか。
デラーズはその期を伺っているのだろう。その対処も準備されてはいるが。苦しい。
“……ダイクーン残党の掃討にそんな大火力が必要な局面は想定出来ませんが”
“大火力?”
“火力支援といいながらブラ下げてるのはバズーカ一振り。弾頭1発でこと足りるのさ”
“えーと、ってまさか……核弾頭!?”
“南極条約は公国と連邦政府の間で取り交わされた文書。ダイクーンの解体と共に失効しているわ。何の問題もないわよ”
自分自身それを信じていない平板な口調でルセットは説明したが、もちろんそんな“理屈”が通る程世界がクリアであるなら、感情論に端を発する世情にある過半の課題は霧消することだろうだろう。やはり、一筋縄ではいかない。欺瞞なりアクロバティックなりなギミックが要される。
政治は、それはそれでいい。
だがシナプスに代表される各級指揮官は、正に軍事的存在としてのDFに想いを巡らす。
「アルビオン」艦長室。
新造艦でもあり、また艦長の性格も相まって、冷たい、とまでではないが、その役職の空間としては驚く程に簡素な調度である。執務卓もそこいらの事務室に置いてあるような、質実で機能的だが素っ気ないもので、唯一、壁面に有る、一年戦争時に指揮したマゼラン級のホロプリントが来訪者に愛想を示すくらいだろうか。
無論、DFの持つ軍事能力を連邦軍という巨人に引き比べれば、その意味を問うことすら愚問であることは自明である。それは判っている。
だが、純粋に絶対的戦力量とその可能行動を推定する場合、楽観が許されるものでもない。
推計、僅か一個大隊に欠ける規模ながら、DFが今地上に展開している戦力は侮れない。否、先に確認した様に、純粋に戦力規模としてであれば、我が軍が持つ戦力を以てすればその撃破は容易ですらある、だが問題はそういうことではない。
例えば柔らかい下腹部、アジア極東を攻められた場合。
そうした運動戦の後、何時か消耗し尽くした敵を捕捉し、撃滅し得るではあろう。それは後先の問題だ、それは、判る。だが。その間はどうなるのか。
シナプスがすかさず具申したGPー02追討は、つまりそうした懸念での発議であった。戦力が無いのは承知している。「アルビオン」により触接を維持し、増援を待つ。そうした意図であったのだ。
だが「不要」と断じられた。「アルビオン」を「ジャブロー」に回航せよ。
確かに、とシナプスは回顧する。大破した「アルビオン」でのこのこ後を付け回していたら、撃沈されていた公算は、それはそれで低くはない。
だが。現地でその任を果たし得たのは本艦だけだった。
持久と追尾を命じられれば。トリントンの支援があれば。引き継ぎまでのらりくらりと何とか切り抜ける覚悟はあった。それを。
今。トリントンに一撃を加え遁走したDFの行方は知れない。
その意図も判らない。このまま政治的姿勢で韜晦に終止するのか。それとも何らかの秘策を持って「上帝」を貫徹する意志を固めているのか、だとしたらどう実現するつもりでいるのか。
だからこその観艦式なのだという。
それはそれで判る。
現段階でこれ以上に強力なプレゼンスは無い。
ビジュアルとしても非常に簡明だ。連邦宇宙艦隊ここに在り。これを傍観したとあってはDFは、戦力現存 Fleet-being を維持出来たとてレゾン・デートル的な意味で壊滅する。
それを阻止する手段は実戦しかない。出戦し、実力でこれを討ち果たす以外の方策は無い。そして同時に、それは物理的に不可能だ。連邦が敗れる要素は万に一つも存在しない。
「上帝」がその名の示す通り、太陽圏の覇権を賭けた作戦行動であるのだとしたら。
それに勝算があるのだとしたら、それは、何なのだ。
シナプスは微苦笑と共に頭を振る。一介の艦長風情にそんなグランド・デザインが読み解けるわけもない。修繕見積もりを見下ろしながら思う。艦一隻を切り盛り、それが精々の、やはり佐官止まりの器というわけだ、俺も。将が担うべき重責など興味もない。一匹の戦争屋で十分だ。
忙殺、の一語以上に的確な語句は無かった。
「ぐんじんさんて労働基準無いの?!」
「無いよ。あるのは軍命だけ」
無論法規はある。それを遵守すべく法務局という立派な機関だってあるにはある。が。それはそれ。まあ国家公務員の下位延長の存在だからして推して知るべし。国益、軍命、公共の福祉。顔を持たない国家装置は一個人など容易く踏み潰していく。なればこその招集礼状である。
取り敢えずオール・ラウンダーであることは窓から力一杯投げ捨てることにした。今は忘れる。これは地上機だ。重力井戸の底で、大気の深海でのたうつ珍魚だ、今はそれでいいそれしかない。
ほいと自由落下、高真空、極低温と焦熱がシーソーする環境に放り出しても何事も無く稼働する、そんな汎用性は結構、カタログスペックの中だけでいいこの際、パンフの下にミミズの様に補記しておこう。それでいいですか、いいそうだ。
Sprint and drift 全力疾走しながら常に足運びに留意し補正を加え、立ち止まっては現在位置を素早く比定し目的地を微調整し必要であれば進路の啓開すら指示しながらまた、走り出す。しかも尚、要求仕様は幾らでも高騰する。地上機ということであればああだしこうでないと困る。汎用機であるなら汎用であることを理由に許容される要求仕様が取り下げられ、地上専用機としての要求、整備性、機体強度、稼働時間、それからだとするとあーもう!!。
時間は刻々と過ぎていく。“グランド・オープン”公開試験の日程調整は先に決まり、広報を筆頭に総てはゼロ・アワーに向けカウントダウンされている。
機体強度増強→機体重量増加→駆動系命数低下→稼働時間減少→稼働率低下→ならアクチュエータも強化→機体重量増加、2へ→。
何で私原設計弄ってるのどうして!コウと一緒にヴェトロニクスをチューニングすればそれで済む話じゃなかったの?!。なんでこうなる!詐欺だ!!。
ぜんぶ、ぜんぶあのハゲジジイのせいだー!!おのれデラーズフリートがあああ!!!。
GPなんてGM系、主力機の陰でこそこそ予算獲得してたMS-SX、次期構想の予備実験、機体も試験機でしかなかったのに。予算だって正副2×2で一杯いっぱい。実用なんて先のさき、今回だって輸送費すらケチって、「アルビオン」の慣熟航行に便乗しただけなのに、「トリントン」の使用ワクだって次期主力機、「パワード・ジム」の評価試験に相乗りさせて貰ってたのに。
ワン・オフのレースカーをまんま市販するような暴挙だ。ワークスのメカニックではなく町工場で車検が通るようにしろという。
無理、ムリムリムリったら無理だってばさあああ。
それでも漸く、“夢の次世代ガンダム”は、主に時間的な制約と厳格な物理諸法則の規定するところにより、退屈な現実の地平に舞い戻りつつあった。
妥協に妥協を重ねたセミ・オートの一線は堅持されたが、哀しいかな、それは観客には無縁のファクターだった。
久しぶりの逢瀬。
今日が部内での実質でのカット・オーバーだった。
現場での調整は最終日まで続けられる予定だが、機体構造を直接修正する様な、ルセットがその立場で直接手を触れる段階は今日が限度だった。あとはデフラが仕切るエンジニアリングのセクションで、随時チェックは入れながらも、ルセットとしてはその仕上がりを見守るしかない。
既に機体は原形を留めていなかった。否、外観もフォルムも変わらない、だが内部機構はもう全くの別物だった。極限されたロード・マップで、ルセットはGPー01を地上専用機としてゼロからリビルドしてのけた。それが一番確実で近道だった。
ようやく体が空いた。
「かんぱーい」
二人でバドをかちんと合わせ、ささやかな打ち上げ。
「やーおわったおわったー!。生きてるってすばらしいね、コウ」
死ぬ、もうしぬいましぬほらしんだ、がここ最近のルセットの口癖だった。あちらこちらで寝落ちしている彼女をコウが回収したのも二度や三度ではない。
当然、二人の仲はもう公然だった。ふーん意外ーでもお似合いかもねとデフラ。
「でもなー」
とコウ。ナニ。
「いや、ガンダムが……それも世界実況中継だなんて」
コウは予備機の位置だった。流石に、01をここまで仕立て上げた功績は無視出来なかったのであるらしい。否、”陰の功労者”として露出する価値を見出されたのであろうが。
「ルセットさんは?」
少し首をかしげ。
「わたしはー。そうねぇ、ニナなら喜んだかもしれないけど」
「ニナ?」
「うん、正監督」
ああ、とコウ。
「それで、容態は。大丈夫だったの」
ルセットは軽く頷く。
「もともと命は別状無かったから。意識もあったし。先日ちょっと話したけど、大丈夫そうだった。」
小さくわらって付け加える。すんごい悔しがってたケド。
コウも笑って応える。
「今の現場を見ても、かな」
「どうかな。ニナなら張り切って元気百倍動いてたかもね」
ふーん、とコウ。で、実際はどう見てるの。
ルセットはコウの胸に顔を埋め、少し上目使いで。
「プレ・観艦式よね、よーするに」
コウは顔を俯かせる。
「政治ショウ、か」
「軍事ショウでもあるわね、もちろん、ていうかショウウィンドウ?」
自分の洒落でふふふと笑う。
「新ガンダムの存在を誇示しつつ、誇示そのものをプレゼンスする、か」
ルセットは物憂げに頷く。
「正解ね。もし妨害にのこのこ現れるようなら大喜びでしょ」
「でも、見過ごせないよな。02の存在をアピールした以上なおさら」
「また、死兵かしら」
本当に気怠そうなルセットの声。
コウは彼女を見る。
語調を裏切り、その瞳が滲んでいる。
「ダイクーンに殉じて?。別にいいけど、見えないどこか別の世界でして欲しいな」
コウを見る。
「可笑しいかしら。わたしだって女の子よ」
誰かが死ぬのなんて。嬉しいわけないでしょ。それがDFの豚共だとしても。
戦いもね。
MS開発してて。大した偽善者だけど。
夢に見るわ。
ガンダムが抑止力になるなら。
誰も傷つけず、平和の礎になって、そのまま退役してくれるなら。
「でも、それこそ夢なんでしょうね」
コウは黙ってルセットを抱きしめた。
その日のジャブローも暑かった。
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