第165話 あ〜ん

「ゆうき先輩。『あ〜ん』してください。」


『いただきます』と、言い終わると突然、なんの前触れもなしに日鞠ちゃんはそう言った。

『あ〜ん』……。恋人同士がお互いに料理を食べさせ合う行為。友達同士でやることもあるけど、異性とはあまりやらないと思う。……というか、恋人同士ですら、あまりやる機会がないものではないだろうか。

……うん。きっとそうだよ。だって俺と葵はやったことがないもん。


「いや、さすがにそれは……。」


葵とでさえやったことがないということもあり、俺は日鞠ちゃんの誘いをそう断ろうとした。

すると、


「先輩。もし私のことを、恋愛対象としてみていないのならできるはずですよね。先輩がもし、私のことをただの後輩だと思っているというのなら、大人が子供にやるように、年上の人が幼い子供にやってあげるように、『あ〜ん』って食べさせられるはずですよね。」


たしかにそう……なのかな?

日鞠ちゃんが『幼い子供に年上の人がご飯を食べさせるのは当然だ‼︎』という感じに、強くそういうので、俺の頭は混乱してしまっていた。

……そして日鞠ちゃんは、この混乱している脳に、さらに追撃を加える。


「……それに、友達同士なら普通にあり得ることですよ?私のクラスなんて、半分以上の人が付き合ってもない異性と『あ〜ん』って言って食べさせあってますからね⁉︎」


……いやまじで、どういう状況⁉︎

さすがにそれはおかしいって。なにそれ普通にありえないでしょ?

そう思うものの、自信満々に日鞠ちゃんがそういうので、あまり真っ向から否定できない。

……まあ、それに一回くらいならいいよね?

と、日鞠ちゃんの勢いに押され、そう思ってしまった俺は、


「じゃあ、今日だけだからね。」


と言って、日鞠ちゃんと、2人で作ったご飯を食べさせ合うのだった。

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