5-2

 自然と、フィルとジョザイア、セレストとミュリエルがそれぞれ対峙するかたちとなった。


「じいさん! セレストを頼む」


「あいわかった。このマクシミリアン・ヘーゼルダインに任せておけ」


 フィルは星獣二体を伴ってジョザイアに迫る。

 彼の戦いを見守る余裕など、セレストにはなかった。


 全員でジョザイアかミュリエルのどちらかを叩いたほうが戦略的には正しいが、当然敵も同じように考えている。

 フィルが、ジョザイアをセレストに近づけまいと牽制しているから、セレストとミュリエルが戦うかたちにならざるを得ない。


 さっそく、アンタレスの放つ光の縄がセレストへと迫る。


「このマクシミリアン・ヘーゼルダインがいる限り、そんなものは届かんぞ!」


 術で回避しようとしたのだが、その前にマクシミリアンが立ちはだかり、大剣で縄を断ち切った。


(お祖父様……、本当にすごい!)


 災害級の魔獣に怯まないし、星獣の力すら物理攻撃で対処する。とんでもない老人だった。

 スピカの氷の針での攻撃、そしてマクシミリアンの剣技のおかげでアンタレスの光の縄は無効化できている。

 けれどそれだけだ。セレスト側は毒に警戒して不用意に近づくことができない。

 それに、今は敵であっても、星獣に致命傷を与える攻撃を行えないため、術による攻撃も全力ではなかった。


「アンタレス! あの人たちをやっつけるのよ!」


 しばらくの膠着状態のあと、しびれを切らしたミュリエルが叫んだ。


「ミュリエル、どうしてこんなこと……」


「こんなこと……?」


「自分でも悪い力だってわかるでしょう? 星獣を騙し続けるなんて、きっとできないわ……。ミュリエルは星獣との絆をなにもわかっていない」


「なにを言っているの? お姉様が星獣使いに選ばれたことが不当なの! お姉様が選ばれて、優秀なわたくしが選ばれないなんてありえないの。だから、お姉様がやっていることをやっているだけ!」


 ミュリエル・ゴールディングは将来有望な侯爵令嬢……そう周囲から言われてきた。

 十歳の頃に親の贔屓目でもてはやされていた頃のまま、結局ミュリエルは変われなかったのだ。

 優秀な自分が星獣に選ばれず、無能ないとこのセレストが選ばれた。

 その矛盾を解消できなかった彼女は、邪法の存在を知ってこう考えたのだろう。


 先に、セレストが不正をした――と。

 だからこんなにも堂々としていられたのだ。


「ミュリエルはなぜ……、私があなたより劣っていると信じているの?」


「皆がそう言っていたじゃない!」


「それは伯父様や家庭教師? 伯父様は……私がミュリエルより優秀であることを許してくれなかったわ」


 ミュリエルへの問いかけは、術が発動するまでの時間稼ぎだった。

 少し戦っただけでもわかる。ミュリエルは確かにそれなりの星神力を持っている。才能だけならばセレストとそこまでの差はなかったはずだ。

 けれど、それを使う技術を持っていない。


 ノディスィア王国の貴族ならば、軍に所属しない場合でも術者としての鍛錬を行い、いざというとき国のために星神力を役立てるものだ。

 一度目の世界のミュリエルは、基本的な制御方法を身につけたのち、真面目に術の鍛錬を行った様子はなかった。

 二度目の世界もそういう部分での変化は見られない。


「嘘よ!」


 話をしているあいだに、アンタレスとミュリエルの距離が離れていく。

 スピカとマクシミリアンが、攻撃しては逃げるという動きを繰り返し、アンタレスがそれに引きずられているのだ。


(共闘のやり方すら、ミュリエルは知らないんだ……)


 ミュリエルがアンタレスを手に入れてまだ数日。そもそも彼女は戦い方を知らない。

 アンタレス頼みの戦いをするのならば、離れてはいけなかったのだ。

 一方のセレストは星神力を使った術も、剣術も、体術も、自身の体感では十年以上真面目に取り組んでいる。

 本当の一対一になったとき、負けない自信があった。


「氷瀑!」


 セレストはこっそり頭上に作り上げた水の塊を一気に落とした。

 けれどこれは、アンタレスとミュリエルを攻撃するためのものではなく、分断する目的だ。


「な……なんですって……? キャァッ!」


 ドドドッ、と押し寄せる滝のような水の勢いに驚いたミュリエルが悲鳴を上げた。

 一瞬にしてセレストとミュリエルを取り囲む氷の壁が築かれる。


「アンタレス! この氷を壊して! わたくしを守りなさい」


 アンタレスが事態に気がついて氷の壁に向かって突進する。もちろんスピカとマクシミリアンが応戦する。

 アンタレスは彼自身が傷つくこともいとわずに、とにかく盲目的に命令を実行しようとする。

 硬い腕が容赦なくスピカに振り下ろされる。

 スピカは咄嗟に氷をぶつけて軌道を逸らすが、避けきれず、そのまま横に吹っ飛んだ。


「スピカ!」


 スピカはすぐに姿勢を戻し、勢いよくアンタレスに向かっていく。マクシミリアンと連携し、なんとか氷の壁に近づけさせないように奮闘している。


 アンタレスも無傷ではない。

 氷塊が当たったあたりから液体のようなものが漏れ出ているのに、勢いが衰えない。


(アンタレスを傷つけずに長時間戦うのはスピカでも無理だわ)


 やはり、スピカが彼自身の思いから本気を出して戦えないのに対し、アンタレスはミュリエルの命令をただ実行する操り人形になってしまっている。


(時間がない!)


 セレストは手の付近に意識を集中させて、術を使った。


「氷の剣……」


 剣というより棒だったが、ミュリエルを倒すだけならばそれでいい。


「お姉様、閉じ込めるなんて卑怯よ!」


 ミュリエルも細身の剣を抜き放った。けれど構えからしてまともに習っていないのがわかってしまう。


「戦いを知らないミュリエルに、なにが正しくなにが間違っているのか……わかるの? それに私の戦い方は……とても優しいと思うわ」


「どこがです……?」


「あなたがもし魔獣だったら、戦いがはじまって十数えるあいだに氷漬けになっていたはずよ」


 セレストは氷瀑に視線をやりながら指摘した。

 この術が落とされる前、ミュリエルは頭上に水が集められていることすら気づかなかった。セレストがその気なら、氷瀑はミュリエルに直撃していたのだ。


「わたくしだって、術くらい……」


 ミュリエルの頭上に小さな炎が生まれた。それが成長しきる前に、セレストは水の術をぶつけて相殺した。


「え……? どうして……私の炎……」


 セレストはすかさず、地面を蹴って間合いを詰めた。


「ひっ! 近寄らないでぇ!」


 めちゃくちゃなミュリエルの剣を、セレストは氷の剣で受け止めた。一部を水に戻し、相手の剣と一緒に再び凍らせる。


 カラン、と音を立てて、ミュリエルの剣が地面に落ち、セレストの氷も砕けた。

 剣を捨てたセレストは、ミュリエルの背後に回った。そのまま彼女に抱きついて、腕を首に搦めた。


「……お姉、さ……っ!」


 ぐっ、と力を込めると、ほんの数秒でミュリエルの身体がガクンと揺れ、そのまま地面に転がった。


 ギギギギギ……。


 奇妙な音を立てながら、アンタレスがその場で輝き出す。


「ピィ……ピィ、ピ!」


 スピカはなんと語りかけているのだろうか。同胞を思い出してほしい、しばらくゆっくり眠ってほしい――そんな言葉だろうか。


 やがて光の粒となったアンタレスは、輝きを放ちながら消えていった。

 スノー子爵のメッセージどおり、偽りの主人が意識を失ったことにより、実体化が解かれたのだ。


 セレストが氷瀑の一部を水に変えて、出入口を確保すると、スピカとマクシミリアン、そして見守っていたドウェインが駆け寄ってきた。

 ドウェインは脈や呼吸を確認してから、縄と目隠しの布でミュリエルを拘束した。


「セレちゃんお見事ね!」


「本当に、華麗な絞め技であったぞ」


「ピィ、ピィ!」


 二人と一体が褒めてくれるが、セレストとしてはあまり嬉しくなかった。


「星獣使いで術者なのに……絞め技なんて……」


 遠慮など無用の魔獣に対する攻撃の術ばかり覚えてきたセレストは、相手を傷つけずに無力化する手段をほとんど持っていなかったから仕方ないのだ。


「それよりも、スピカ。怪我はない? お祖父様も」


「ピィ!」


 一度、アンタレスの前脚での攻撃を食らっていたスピカだが、なんのダメージもないと言わんばかりの元気な返事をしてくれた。


「あの哀れな星獣は、……なんというか、人間に例えるのなら酔っ払ったまま戦っているような状態じゃったな。翼竜よりも全然弱かったぞ」


 セレストもそれは同意だった。

 命令をただ実行するだけで、判断力が欠如している。けれど恐怖を忘れてしまったかのような滅茶苦茶な戦い方をするから、危険でもあった。


「フィル様は……」


 遠い場所で空を割るような爆音が響く。

 リギルの力か、誰かの術だろうか。


「私、フィル様のところへ行ってきます。……お祖父様、ドウェイン様、ミュリエルをお願いします」


「そうね。フィルのおじいちゃんもリギルとは相性が悪そうだものね」


「うむむ。……地に足がついとらん戦闘は……剣士には向かん」


 ドウェインの指摘に対し、マクシミリアンは不満そうではあったものの、相性が悪いというのは認めている。

 大地を揺らすリギルに接近戦を仕掛けるのは無謀すぎるのだ。


「じゃあセレちゃん。私はこのまま遠見の鳥を使って見守っているわ」


「ええ、お願いします」


 ドウェインはどちらの陣営が傷ついても介入すると言っていた。

 セレストは本当の意味で誰かを傷つけるために術を使ったことがない。

 模擬戦闘で相手に怪我をさせたとか、罪人を捕縛するのに軽傷を負わせたとか、その程度だ。だから、ドウェインの言葉は、そういう覚悟のないセレストの戦いを自由にしてくれる。


「では行ってきます!」


 力強く大地を蹴り、セレストはスピカと一緒にフィルたちが戦っている場所へ向かった。

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