4-7

 マクシミリアンとドウェインがやたらと目立つため、一行の正体は隠せていない。

 すでにフィル・エインズワースとそれに近い者たちが、星獣シリウスを手に入れて王家と敵対しているという事実は、都の外にも広まりつつあるようだ。


 宿屋の女将はセレストたちが追われる立場であることを察している様子だったが、「なんか大変なことになっているねぇ」と笑うだけで、快く部屋を提供してくれた。


 フィル・エインズワースがこれまでいかに民を守ることに尽力してきたか、そして星獣使いという存在がどれくらい民から愛されているのかがよくわかった。


 フィルとセレストが同じ部屋、残りの二人は相部屋を拒否したためそれぞれ別の部屋に宿泊することになった。

 ひとまず、今後の方針を話し合うために一番広い部屋に集合した。


「セレスト殿! 無事でなによりだ」


 落ち着いて話せる状況になると、マクシミリアンがセレストの頭にポンポンと手をあてながら再会を喜んでくれた。

 けれど、彼の「ポンポン」は一般人の「ゴンゴン」に近かった。


 すぐにフィルからの制止が入る。


 セレストはマクシミリアンの大きな手が好きだ。

 彼がいるだけで、なぜだか後ろ向きな考えをしてしまうことが馬鹿らしくなってしまう。

 アルタイルのことは気になるが、落ち込んでいてもいい策は浮かばないと気持ちを切り替えることができた。


「怪我はしていない? セレちゃん」


 ドウェインも心配してくれる。


「はい。……不甲斐なく捕まってしまって申し訳ありませんでした」


「こちらこそ、ネッサを守ってくれてありがとう。ギューッ! って抱きしめたいところだけど、そのあと半殺しにされそうだからやめておくわ」


 ドウェインにとって、セレストはずっと妹分だ。

 十歳の頃なら確実にやっていたが、今はもう大人の異性として扱ってくれる。


「でも、こんな場所で一泊して大丈夫ですか? 王太子殿下に追いつかれませんか?」


 セレストは不安になり、フィルに問いかけた。


「こちらは戦闘能力の高い星獣が三体に、癒やしの星獣ミモザがいるんだ。アルタイルのこともあるし焦って追いかけてくるとは思えない。少なくとも今晩は大丈夫だ。……だが、明日はたぶん決戦になるだろうな」


 決戦という言葉に反応して、一同の表情が暗くなる。

 皆、ジョザイアと戦うことそのものよりも、星獣同士を戦わせることに抵抗があった。

 アルタイルの意思を垣間見たせいで、セレストはより強くこの不毛な戦いを嫌悪した。


「その眼帯、とりあえず私が解除してあげるからじっとしていて」


 セレストの左目は、星神力を封じる眼帯が取りつけられたままだ。下手にはずすと皮膚ごと持っていかれそうだったが、ドウェインなら術を解くことができるのかもしれない。


 ドウェインはセレストを椅子に座らせて、眼帯の構造を探るようにじっと見つめた。


「……うーん」


「難しいですか?」


「いいえ、逆よ。なんかこの眼帯、私とネッサが知っている理論しか使われていないというか……まぁ、あの人べつに悪人になりたいわけじゃないでしょうし、納得ね!」


 あの人、というのはスノー子爵のことだ。


「軟禁されていると聞きました」


「助けてあげたいんだけど、子爵には城にいてもらったほうがいいとも思っているの。だって操られている星獣が暴走したらかわいそうでしょう? 知識のある者が必要よ。ほら……取れた」


 セレストは眼帯がはずされた瞬間に目を閉じた。

 ずっと視界が遮られていたから、急に強い光を感じると目が痛くなるからだ。


 時間をかけて目を開く。

 目が慣れたら、まずスピカを実体化させた。


「スピカ」


「ピィィィ!」


 ある程度の事情を察していたのか、スピカはすぐに体を寄せてくる。

 セレストは針に気をつけながら、彼の体を軽く引き寄せた

 スピカは可愛い鼻先をセレストの頬に寄せ、キスをしてくれた。


「会いたかった……スピカ……」


「ピィ」


 スピカは戦いになれば勇ましいのに、普段はどこまでも甘えん坊だ。彼の姿を確認して、実際に触れたことで、ようやくセレストは囚われの身ではないのだと実感できた。

 けれど、まだ安全ではない。


「さっきからどうしたんだ、ドウェイン」


 ドウェインははずれた眼帯を見つめたまま、なにやら考え込んでいた。


「この眼帯だけど、ぜんぜん関係のない術が込められているわ。……光の……あれ?」


 眼帯に手をかざして込められた術を読み取っていく。

 すると突然周囲が輝きだし、なにか文字のようなものが壁に投写された。


「メッセージ? もしかしてスノー子爵からですか?」


 フィルが部屋の明かりを落とした。それでぼんやりとしていた文字がはっきりと浮かぶようになった。


 小さな光の文字で書かれていたのは、眠っている星獣を起こし、主従関係を勘違いさせる邪法の理論と、その対抗策だった。


「詳しい理論はともかくとして、邪法は使用者の意識がない状態では作用しないってことなのね」


 星獣は実体化したあとであれば、主人の意識の有無に関わらずこの世界でその力を行使できる。セレストが眠っていても、気を失っていても、スピカは自分の意思でセレストを守護している。

 けれど邪法による偽りの絆では、そうはならないという。

 使用者は、星獣を呼び出してから絆を維持するための術を常時展開しなければならない。

 術が切れた瞬間、星獣は元の次元に戻るというのだ。

 ミュリエルがアンタレスを使役していたときに感じた禍々しい気配は、偽りの絆を維持するための術だったのだろう。


 さらに、メッセージには偽りの契約を解除する術もあると書かれていた。


 一度目の世界では、正真正銘の主人であるセレストからスピカを引き離す邪法があったのだからそれも当然だった。


「妙案を思いついたぞ。寝ているうちに奴らをぶん殴って捕まえてしまえばいい。……奇襲作戦じゃ!」


「フィルのおじいちゃんったら、自分で実行できない作戦なんて考えないでよ。隠密性皆無じゃない」


「うむ、そうか。しかしおぬしには言われたくない」


 指摘され、マクシミリアンは肩を落とす。

 マクシミリアンに限らず、城の警備を掻い潜り誰にも気づかれないうちに王太子の寝室までたどり着くというのはほぼ不可能だろう。


「どのみち今からでは間に合わない。あちらは俺たちを捕らえる気だろう。明日……ここと都のあいだにある平原あたり――できれば一般人への被害が出ない場所で迎え撃つつもりだ」


「そうね。リギル、アンタレスの特性から考えると、森よりも平原のほうがいいわ」


 リギルは大地を操る星獣で巨大な雄牛のかたちを取る。

 文献でしか能力を確認できないが、土の壁を築き、大地を揺らす力を持っている。七体の星獣の中で最も力重視のタイプだった。

 アンタレスは光る縄のようなものを伸ばして敵を捕らえ、毒で攻撃してくる。


 森の中でリギルに木々ごと大地を揺らされたら、こちらの陣営は揺れる大地だけではなく倒れる木々にも対応しなければならず、苦戦を強いられる可能性がある。

 アンタレスの光る縄も、木々を避けるようにして獲物を捕らえるはずだ。


 一方、こちらの星獣はそれぞれ青い炎、赤い炎、氷の針が主な武器となる。

 森中では直線的な攻撃ができなくなるため、遮蔽物のない場所のほうが戦いやすい。


 この考えには皆が納得した。


「基本的には、スノー子爵を信じるしかないな。星獣への攻撃は最低限にして、隙を突いて主人の意識を奪う。……それ以外の作戦はこちらの星獣だって納得しないだろう」


 明日は星獣同士の戦いをどうやっても避けられない。

 まともにやり合えば絶対にどちらかが傷つく戦いを、星獣たちに命じるわけにはいかなかった。


「ピィ!」


 スピカもフィルの意見に賛成していた。


「偽りの契約を解除できる術があるのなら、それしかないわ。……私とミモザは基本的に見守ることしかできない。攻撃が得意な星獣使いと星獣を相手にする力はないもの」


「もし、重傷者が出たら……そのときは頼む。敵、味方関係なくだ」


「わかったわ。それがあなたたちの願いなら」


 それはセレストの願いであり、星獣たちの願いでもある。

 けれど誰にとっても都合のいい未来など存在しない。セレストたちが全力で攻撃できないのに対し、相手はこちらの命を奪う気でやってくる。

 戦い方の違いが、取り返しのつかない事態を招く可能性を考えなければならない。


(私は明日、人を……星獣を……傷つける。その覚悟がなければ、大切な人を守れない)


 セレストは人生ではじめて魔獣以外の誰かを傷つけるかもしれない。その覚悟を持って明日にでもはじまる決戦に望むつもりだった。

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