4-5
セレストは眼帯の上から左目に手をあてて、スピカの気配を探った。
やはり反応がない。視界と星神力を奪われたことにより、強制的にいろいろな感覚を閉ざされているみたいだ。
生まれた頃から宿していた力だから、セレストは無意識のうちになにをするにも星神力に頼っていた。
片方の目でなにかを見るときはもちろん、聴覚、味覚、嗅覚、触覚――すべてがこれまでとわずかに違っている。
(風邪を引いたときみたい)
だからベッドに寝転がったまま、ぼんやりとしていた。
今考えるべきなのは、これから先どうするかだったが、こんな気分のまま思考を巡らせて最良の選択ができるのか、自分でもわからなかった。
(私がフィル様と一緒にいることを望まなければ、皆が安全に暮らせるの?)
提案に乗れば、フィルの安全は保証されるとジョザイアは言った。
フィルと離婚して、ジョザイアの手を取る――そんな未来があるのだろうか。
(でも、命を脅かされないことだけが幸せではないって……ちゃんとわかっている。そもそも王太子殿下の言葉は本当? 信じられる?)
なにせ、一度目の世界でセレストを死へ導いたのはジョザイアだ。
そんな彼を信じていいのか、疑問だった。
考えがまとまらないうちに扉の向こうに人の気配がした。
セレストは慌てて身を起こし立ち上がる。
ノックがあってしばらくすると、ジョザイアが入室してきた。
「昼食を。一緒にどうだろう?」
彼はわざわざ二人分の食事が載ったワゴンを押してきた。本来、仕える者がするべき仕事を自ら進んでやっているのは、極力セレストが他者と接触しないようにするためだ。
彼は、四人掛けのテーブルに料理を並べ、椅子に腰を下ろした。
「そんな気分じゃありません……」
「目が真っ赤で、ひどい顔をしている」
「誰のせいでこうなったと思われますか?」
セレストにはもう彼に対する敵意を隠すつもりがない。
キッ、とにらみつけてみたものの、相手には響かないみたいだった。
「食べたほうがいいよ。あの人が悲しむんじゃないかな?」
「あなたが、フィル様の気持ちを代弁しないで」
けれど、ジョザイアの意見は正論だった。
フィルは、セレストが衰弱するような事態を望まない。
(王太子殿下と一緒というのは気に入らないけれど、これからを考えるためにも、ここから逃げ出す機会を逃さないためにも、栄養は必要だわ)
セレストはしぶしぶテーブルに近づいて、並べられている料理を一席ぶん横にずらした。
ジョザイアの向かいではなく、斜め横に座り、食事をはじめる。
野菜のスープやパン、それに鶏肉のソテー。メニューは王族が口にするものとしては質素なのかもしれないが、栄養たっぷりだった。
(体力回復! 体力回復……)
ジョザイアがすぐ近くにいるというだけで極度に緊張して、食べ物の味がわからなくなってしまいそうだった。
だからセレストは、とにかく体調管理のために食べているのだと言い聞かせ彼の存在を意識から消そうとした。
「フッ、……昔から君は、私にだけほかの二人とは違う距離感で接していたよね?」
「目上の方に気安く接するわけにはまいりませんでしたから」
「いいや、違う。だったら、シュリンガム公爵子息だって、君より身分が高いじゃないか。実際は、ゴールディング侯爵家から疎まれるのを警戒して、君は私とだけ目すら合せないようにしていたんだろう?」
「それは、そうかもしれません」
「昔の私は、これでも君に配慮していたんだ。もし私が君をそばに置こうとしたら、ゴールディング侯爵が君を虐げる……だから、不用意に近づくことすらできなかった」
セレストはこのときになってはじめて、まともに彼の顔を見た。
「……あ、……その右目……」
昨日までなかったのに、右目にも星獣との契約の証が刻まれていた。
「ああ、シリウスとレグルスの二体を相手にするのなら、こうするより仕方がないだろう? ミュリエル嬢のアンタレスを含め、こちらの戦力は星獣三体。スピカが封じられているし、ミモザは最初から戦力外だからそちらは二体だ」
予想できる展開であったとしても、星獣たちを戦わせようとしているジョザイアの考えにはやはりこれっぽっちも賛同できない。セレストは嫌悪感しか抱けなかった。
「アルタイルはどこに……? それをアルタイルが認めているんですか?」
「城の周囲を警戒している。……以前の記憶を取り戻してから三年経つけど、アルタイルはずっと私に協力してくれているよ。イクセタ領で災害クラスの魔獣の痕跡を偽装したのもアルタイルだ。星獣は結局、主人との絆を優先するんだろう」
星獣には意思がある。
星獣同士にだって絆があることを、セレストはよく知っている。
(アルタイルは優しい子のはず……)
現役の星獣の中で、セレストにとっては一番関わりが薄い存在がアルタイルだ。
けれど、二度目の世界で再会したときも、十四歳のときの星祭りの日に会ったときも、セレストへの敵意は少しも感じられなかった。
気高く、清らかで、ほかの星獣を傷つけるような行為に加担するとは到底思えない。
それでもアルタイルはジョザイアの願いを優先するのだろうか。
「たくさんの道があったと思うんです。別の道が……今からでも……」
フィルは彼の中に流れる王家の血について、積極的に語る気はなかったはずだ。
彼が望んだのは、ただ彼にとって親しい者たちが穏やかに暮らしていけるだけの世界だった。
ジョザイアが国王となり、フィルは将軍として彼に仕える。秘められていてもシリウスはこのノディスィア王国を守っていけたはずだった。
「私にはそんなふうには思えない。記憶が戻った時点で、一つしかなかった」
ジョザイアはいつか真実が明らかになって、王位をフィルに奪われるかもしれないという不安が燻る中で生き続けることができない人なのだろう。
フィルに王位を与えられている、見逃してもらっている――そんな状況がプライドの高いジョザイアには耐えられなかったのだ。
(だったら、私の生きる道が王太子殿下と交わることは絶対にない)
食事が終わると、ジョザイアはあっさり去っていった。
一人きりになったセレストは、自分の両頬をパンと叩く。
うじうじ悩んでいても仕方がない。まずは自力で脱出方法を考えること、それが叶わないようであれば、フィルが城へやってきたときにどう行動するのが一番適切かを考えるのが今のセレストがすべきことだった。
扉の鍵の構造や窓に嵌まる鉄格子を確認してみたが、やはり自力での脱出は無理そうだった。ジョザイアがそういう部分でミスをする可能性は低い。
(私の星神力。……この眼帯に込められた術を私が壊せば……!)
この術は星神力を奪うものではない。感覚を麻痺させて術の使用を阻害するものだ。
セレストの体の中には、自分が気づけないだけで星神力がちゃんとある。
セレストは意識を集中させて、感覚がないまま星神力を外に出そうと試みる。
けれどいくらやっても反応はない。
(こんなことならば、ドウェイン様やヴェネッサさんにもっと術の理論を教わっておけばよかった!)
このやっかいな術を作り出したのもおそらくはスノー子爵だ。
幼い頃から子爵から理論を教わってきたあの二人ならば、きっとこの眼帯を無効化できていたはずだ。
「……私、術が使えないとこんなにも無力なんだ……」
セレストはベッドに寝転がり、一旦休憩を挟むことにした。
「キュ」
そのとき、窓の外から微かな物音がした。
なにかの鳴き声と一緒に、カツン、カツン、と窓に小石がぶつけられているような音が響く。
セレストがベッドから身を起こすと、窓の外に巨大な鳥が浮いていた。
「アルタイル?」
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