4-4
「許さぬ! 孫の嫁を横からかっ攫うとはっ! なんたる……なんたる卑怯」
これまでの経緯を説明すると、憤ったマクシミリアンがスーの背で暴れ出した。
「じいさん! 振り落とされたくなければじっとしていろ」
「ワオォォン」
スーは優しい星獣だが、さすがにご立腹だった。
併走して走るレグルスも、スーに哀れみの視線を送る。
一行は休憩なしで走り続けて、都手前の森の中で一度止まった。
「どうするの? フィル。大人しく出頭するつもり?」
一応フィルには、シリウスを盗み不当に所有しているという嫌疑がかけられている。
セレストも城にいるのだから、同じ場所に連行されることを期待してわざと捕まる作戦を考えてみるが――。
(いや、それでは無理だな)
術者が捕らえられたら、星神力を封じられるはずだ。そうなればさすがのフィルでも牢を破ってセレストを救出するのは難しくなる。
第一、彼女の近くに連れていかれるとは限らない。
「俺が城に忍び込む。じいさんとドウェインは退避ルートを確保してほしい」
セレストは人質だが、フィルが悪あがきをしたかどうかで彼女の生死が決まることはない。
セレストを傷つけるとスピカの暴走でまた時間が逆行するかもしれないからだ。一度目と同じ邪法を使わないのも、そのあたりに理由がある。
(それに、星獣が王家を見限る可能性くらい察しているだろう)
ジョザイアのことだから、アーヴァインの死後シリウスが星の間に戻らなかった理由くらい推測できるはずだ。
シリウスに続いて、スピカまで失えば国にとって大きすぎる痛手になる。
「我が孫は愚策しか思いつかぬのか? ぬるいわっ! ……ワシと紫は存在感が半端ない。それに比べたらフィルの平凡さよ。……活かさずにどうする?」
歩いているだけで人々の注目を集めてしまうくらい、マクシミリアンとドウェインの見た目は派手だ。
フィルも眼帯の軍人ということでこれまではかなり目立っていただろう。けれど今は違った。
「確かに、眼帯がないからな」
眼帯を外したフィルはどこにでもいそうな長身の青年に見えなくもない。
軍服の階級章がなければ、親しい者以外に一瞬で正体を悟られることはないだろう。
「陽動ってことか?」
「ワシ、紫、レグルスが城の前で騒ぎを起こす。その隙にフィルは城に忍び込むといい。適当なところで逃げるから」
「それ、いいわね! 面白くなってきたわ」
中立の立場を宣言して同行したはずのドウェインだが、すでにその設定を忘れている。
「まったく……」
やり直し以前の記憶はもう役に立たない。今のところ王太子としての権力を有し、大軍を動かせる立場のジョザイアに分があるが、フィルとしては負ける気などこれっぽっちもなかった。
ドウェイン、マクシミリアンをはじめとした信頼できる仲間がそばにいるからこそ、フィルは状況に絶望し嘆くだけではいられないのだ。
「フィル……なんか、あやしい気配がするけど?」
ドウェインとほぼ同時にフィルも誰かの星神力を感じた。
マクシミリアンだけは、星神力を感じ取る力があまりないためキョロキョロとしていた。
(この気配……)
けれど、直感で敵ではないと思えるものだった。
スーも同じように感じたらしく、「ワン!」と吠えて気配の主を呼び寄せる。
『将軍閣下、そちらにいらっしゃいますか?』
「……クロフト大尉か」
『はい』
「ちょ、ちょっと! 見つかっちゃったじゃない」
「
クロフトは軍人で、基本的には王太子ジョザイアからの
けれど、フィルはそう思わない。
やはり動いてくれた、というのが感想だった。
半年ずれてジョザイアが行動を起こした件は完全にフィルの予想外だったが、発生する時期がずれても、結局それに合せて味方も動いてくれる。
「二人とも、大丈夫だ。彼は味方だ」
一度目の世界で今と似たような状況になったとき、彼は遠見の術でセレストの窮地を知らせてくれた。
だからこそフィルは、二度目の世界でセレストが自立したときに、彼女をクロフトに託した。
二度目の世界では、セレストが正式な軍人になったことによって、クロフトとはより多くの関わりを持っている。直感でしかないが、彼は術者としてのセレストに対し、敬意を払っているようだった。
フィルにとっては信頼できる部下であり、セレストにとっては頼れる上官のはずだ。
「大尉、こちらだ」
『挨拶は省略させていただきます。……こちらにいらっしゃるということは、すでに事態を把握されていると考えてよろしいでしょうか?』
「あぁ、ジョザイアから宣戦布告のようなものはあった。……シリウスを不当に使役している嫌疑とかなんとか」
『失われたはずのシリウスが現れたという噂は、すでに都中に広まっております』
「なぜ俺たちの味方をするのか、一応聞いてもいいか?」
とくに事情を説明していないのに、シリウスの主人がフィルであることをクロフトは察しているようだった。
『簡単です。ミュリエル・ゴールディングの星神力にゆがみがあると感じているからです。あれは……まがい物の力だ』
星獣使いではないクロフトですら感じられるゆがみがあるのなら、ジョザイアがそれに気づかないはずがない。
ミュリエルだけではなく、彼女を認めたジョザイアにも、クロフトは不信感を抱いたのだ。
「大尉、セレストの居場所を知っているか?」
『直接の上司である私はやはり王太子殿下から警戒されているようで、残念ながら把握しておりません。ただ、城内の牢にいないのは確かです』
牢ではなく、どこかの部屋に閉じ込められているのだろう。
「ジョザイアも、俺が大人しく従えばセレストを悪いようにはしないと言っていたからな。まぁ、まったく信用できない相手だが……」
『潜入なさるのですか?』
「ああ。少人数で動き、彼女を奪還する以外に道はないと思っている」
『……承知いたしました。そうしましたら私は軍部が下手に動かないよう、牽制役に徹します。軍がどちらの味方になるにしても、今の将軍閣下にはお邪魔でしょう』
クロフトという男は、どこまでも冷静に物事を判断する人物だとフィルは改めて感じた。
「助かる。できれば戦いたくないから」
フィル、ドウェイン、そしてクロフトが呼びかけをすれば、軍の主力部隊を味方につけることはおそらく可能だった。
けれど都を守る軍人たちを二派に分かつ事態をフィルは望まない。確実にノディスィア王国の民同士で争いが起こるからだ。
『甘いのでは?』
「そうかもな」
先に提案してきたのはクロフトのほうだというのに、そんな指摘をするものだから、フィルはつい笑ってしまった。
「クロフト大尉、私からも一つ、お願いしていいかしら?」
『どうぞ』
「スノー子爵家に連絡して、ヴェネッサは安全な場所で保護していると伝えてほしいの。あとシュリンガム公爵家には……『いつも胃痛の原因を作ってしまってゴメンね!』って」
『……あなたがお元気そうだったとお伝えいたします。ですが、スノー子爵は現在……どうやら城で軟禁状態にあるようです』
「子爵が? ……それって、ゴールディング侯爵令嬢が星獣使いになった件に子爵が協力していたってことかしら?」
星獣についての研究者としてならば、スノー子爵の右に出る者はいない。この時期に帰らないのなら、無関係と考えるのは無理だった。
『おそらくは。……ただ、進んで協力しているのなら軟禁されてしまう理由はありませんから』
フィルは一度目の世界、二度目のこの世界でのスノー子爵を振り返る。
一度目は大した接点はなかったが、危ない研究をしているという噂は確かにあった。
二度目の世界、ドウェインとヴェネッサの結婚式のときにやたらと顔色が悪かったのは記憶に新しい。
「なるほどね! ……まぁ、それが本当なら、本人の意思はどうあれ害される心配はないでしょう。アンタレス……それにもしかしたらリギルも。彼らを管理するために子爵はずっと必要なんだから」
一度目の世界でスノー子爵が邪法を生み出した可能性に、フィルは今になってようやくたどり着いた。
(全部後手だ……! 本当に)
落ち込んで後悔している時間はない。
フィルは森で仲間たちと別れ、スーに小型犬の姿をとらせたあと、ノディスィア城へ向かった。
うまく気配を隠し、城に近づいた頃、獣の咆哮が響いた。
マクシミリアン、レグルス、ドウェインの陽動だ。
「……行くぞ、スー」
「ワン!」
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