4-3

 フィルたちは、都へと続く街道付近の森の中を進んでいた。

 もちろん街道を通れば、整備されているから走りやすい。

 けれど、徒歩や馬車で移動する旅人や商人にぶつかってしまったら大変だし、シリウスの姿を見たら、人々はきっと混乱する。

 すでにシリウスを隠す気はないフィルだったが、進んで騒ぎを起こしたくはなかった。


「どうかしたのか?」


 木々を避けるようにしながら風を切るように進んでいたスーが突然、失速した。


「ワォォン」


 スーは、もしかしたら人よりも賢いのではないかと思えるくらいの知能を有している星獣だ。フィルの言葉をよく理解してくれるけれど、残念ながらフィルは彼の言葉のすべてを理解しているわけではなかった。

 するとスーは何度も鼻先を横に向けて、そちらに行きたいという意思を示した。


「街道のほうに、なにかあるのか?」


「ワン!」


 元気よく返事をする。

 こういうときは大抵、彼の気になる方向へ進むのが得策だった。


「よし、案内してくれ」


 フィルが許可を出すと、スーが走り出す。レグルスとその上に跨がるドウェインも続く。

 雑木林を掻い潜るようにして進むと、整備された街道へと突き当たる。


「ワン、ワンッ!」


 やがて大きな人影が見えてきた。

 スーはその人物めがけてまっすぐに走っていく。


「おぉ! スーではないか」


 スーの声に反応して振り向いたのはマクシミリアンだった。

 明らかに旅の途中だとわかるのに、移動には適さないはずの重装備なのは相変わらずだった。


「ワウゥ」


 本来の姿になってもスーの愛嬌は変わらない。

 わりと人見知りをするスーだが、近しい者には全力で好意を示すタイプだった。


「しばらく見ないうちに随分と大きくなったなぁ」


 当然だが、先王の在位中、そばに使えていたマクシミリアンはスーの本来の姿を何度も見ているはずだった。

 それなのに、まるで子犬が成長したかのような感想を述べる。

 マクシミリアンのあさってな感想のせいで、フィルは一気に脱力した。


「じいさん、なんでここに?」


 マクシミリアンから以前に届いた手紙によれば、彼は今、ここから少し離れた町に滞在しているはずだった。フィルたちが暮らす都でなにか起こったとすれば、彼ならば確認しに行くだろう。

 けれど、新しい星獣使いの誕生の知らせは、公的な情報として地方都市に届きはじめた頃であるため、一般人のマクシミリアンが知るには早い。


「こう見えてもワシにだって人脈があるのだ。……滞在中の町の警備責任者が古い知り合いでな。今朝、なにやら都で不穏な動きがあったという知らせが届いたから行ってみようと考えたまでだ」


「仕事は?」


「ワシの戦友を侮るな。一人抜けたところで灰色傭兵団は依頼人からの要望を完璧にやり遂げるわい」


「そうか……」


「ところでフィル。……その紫の生物はなんだ?」


「あ……あぁ、初対面だったな? 俺の同僚でドウェインだ。一応、シュリンガム公爵家という名門貴族の次男、らしい。……そうは見えないかもしれないが」


 そもそもマクシミリアンはドウェインを「生物」などと言っている。マクシミリアンなりの冗談かもしれないが、人間とすら認識していない可能性があった。


「はじめまして、フィルのお祖父様。私、ドウェイン・コーニーリアス・シュリンガムよ」


「うむ……うむ……。マクシミリアン・ヘーゼルダインだ。孫がいつも世話になっておる」


 完全にドウェインの見た目や性別に対する理解が追いついてない様子のマクシミリアンだが、とりあえず挨拶には応えている。


「じいさん。じつは、悠長に世間話をしている時間はない。移動しながら説明するからとりあえずどっちかの背中に乗ってくれ」


 どうせ、マクシミリアンは言われなくても渦中に飛び込んでくるだろう。

 それにフィルの血縁で、その体格だけでたやすく正体がわかってしまうから、敵に捕らえられてしまう可能性がある。

 これ以上フィルの弱みをジョザイアに渡したくはない。

 フィルは、この先マクシミリアンと一緒に行動したほうがいいと結論づけた。


「グルル」


 その言葉を受けて、急にレグルスが走りだす。どうやら彼はマクシミリアンを乗せたくなくて逃げたらしい。


 選択肢がなくなったマクシミリアンが、フィルとスーのほうへ近づいてくる。


「ワ……ワン……」


「スーや、ワシはほんの少しだけ重い。すまぬの」


「ワゥゥ」


 スーは大人三人を乗せても余裕で大地を駆けてきた。

 けれど彼もまたマクシミリアンを乗せることに抵抗があるようだ。

 フィルとモーリスの体格にそこまでの差がないとして、アンナとヴェネッサを足してもおそらくマクシミリアン一人のほうが重い。

 さらに本来の体重に甲冑が加わっているからたちが悪かった。


 それでも序列第一位の星獣は使命感が強いから、マクシミリアンが乗りやすいように地面に伏せた。


「ふぅ。久々の乗り心地。……馬の十倍は快適じゃ」


 マクシミリアンはフィルよりもずっと、スーと長い付き合いがある。

 慣れた様子でフィルの後ろに跨がった。


「なんか……ものすごく嫌だな、この二人乗り」


「ワン……」


「ハッハッハッ! いざ参らん。急げ、スーよ」


 まだ詳しい事情すら説明していないのに、勝手に仕切りはじめるマクシミリアンに、フィルはため息をこぼした。

 再びスーが大地を蹴り、三人と二体になった一行は都を目指す。

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