3-6
それからセレストは、アンタレスに拘束されたままノディスィア城へと連行された。
巨大なサソリが通りを進む姿は異様だったはずだ。
めずらしい銀髪のせいで、縛られている者の正体は誰もが把握しただろう。まるで見世物のようだった。
城に入るとすぐ、アンタレスの実体化は解かれ、セレストを縛っていた縄も消えた。
星獣さえいなければ、どれだけ兵が多くてもセレストが城から逃亡するくらい簡単だったかもしれない。
けれど、術が使えないというだけで、無力だった。
皆で取り囲んでいたら、もう拘束すら必要ないと思われているようだった。
兵たちの戸惑いの声が聞こえた。
フィルやセレストがこれまで築き上げてきた信頼から、ジョザイアに近い立場の者であっても、動揺する軍人は多いようだ。
消滅したとされていたシリウスが突然現れて、セレストに寄り添っていたのだからなおさらだ。
セレストの背後で監視する兵の一人は、小声で「申し訳ございません、中尉」とつぶやいた。
しばらくするとジョザイアがやってきた。
「ご苦労だったね、ミュリエル殿」
いつもと変わらない笑顔がセレストには不気味に感じられた。
「いいえ、この程度……わたくしには造作もないことですわ」
ミュリエルは丁寧な淑女の礼をして、王太子直々の労いの言葉に感謝した。
「そう? 頼もしいね。けれど星獣使いになったその日にこのような大役を務めたのだから、今日はもう帰ってゆっくり休むといいよ」
「気遣っていただけて嬉しいですわ。……ですが報告しなければならないことがございます。……じつは……」
「いいや、報告は明日聞くから下がっていい」
ジョザイアは、ミュリエルの体調を慮る
ミュリエルは、シリウスについて報告しようとしていたはずだ。
慎重な性格のジョザイアが、こんなふうに臣の言葉を軽視するのは、なんだかおかしかった。
「は、……はい……。それでは失礼いたします」
ミュリエルは不満そうだが、ジョザイアの命令は絶対だ。
当てつけのようにセレストをキッとにらんでから、立ち去った。
ミュリエルが見えなくなると、ジョザイアに先導されて、城の中へと入る。
セレストが普段利用することのない通路を通り、階段を上る。城の内部でもかなり奥まった場所に入ったようで、文官など城勤めの者の姿がない。所々に警備の兵が立っているだけだった。
やがて入るように促された部屋は、客間のような雰囲気だった。
ベッドや家具などは王侯貴族が滞在するのにふさわしいほど豪華だった。
宿泊に適した一室という雰囲気だが、一箇所だけ違和感があった。
(窓に鉄格子? 軟禁のための部屋みたい……)
部屋の窓は開いていて、心地よい風が入り込むが、無骨な鉄格子のせいで腕すら出せない構造だった。
「君たちはここまででいいよ」
「はっ!」
ジョザイアが同行していた兵を下がらせる。
スピカどころか、星神力まで封じられているセレストが序列第三位の星獣使いをどうこうできるわけもない。ジョザイアは余裕の笑みだった。
「……あぁ、こんなに震えてしまって。普段の凜とした雰囲気が見る影もないね?」
ジョザイアがソファに腰を下ろした。
セレストはジリジリと部屋の奥まで後ずさりをして、窓際で立ち止まる。
(怖い……)
セレストはずっと彼を恐れていた。
ミュリエルはただ、彼の命令を実行する武器のような存在で、ジョザイアこそが主犯だと思ってきたからだ。
「安心して。
「今回……?」
サーッと血の気が引いていく。
ジョザイアの発言は、一度目の世界を覚えていると言っているようだった。
「そうだよ、セレスト殿。今回はあのじめじめした牢獄ではないんだ。ベッドもあるし、ソファは座り心地がよさそうだろう? 窓を開いて風だって感じられる。ただし、鉄格子があるから外には出られないけれど。……とりあえず、そんな所にいないで座ったら?」
セレストは何度もかぶりを振った。
その頑なな態度に気を悪くしたのか、ジョザイアは大きなため息を吐いた。
「まあ、そのままでもいいよ」
「……どうしてこんなことをするのですか……? 王太子殿下に憎まれる理由が思いつきません」
「君を憎んではいない。……今も昔も、どちらかと言えば、好感を抱いていた。君はいつだって素直で、努力家だ」
意外な答えが返ってきた。
それならなぜ、セレストは一度目の世界で命を奪われて、二度目の世界でも捕らえられたのだろうか。
「だったら……解放してください……」
「君はフィル・エインズワースに対する人質だからだめだ」
これは想定していた中で、最悪の事態だ。
一度目の世界のときのように、すぐに殺されたほうが被害が少なかったかもしれない。
「フィル様……、フィル様だって殿下と敵対する意思など持っていません。……少なくとも今日までは、少しの野心もありませんでした。私が逃げる予想ができていたなら、その理由もご存じでしょう? ……ただ身を守るためにそうしたんです。フィル様も同じです」
セレストは必死だった。
フィルは絶対にセレストを見捨てないだろうという確証があった。
だからこそ、この先フィルがセレストのせいで傷つく未来を想像して、恐ろしくて仕方がない。
「将軍のこととなると必死だね。……もちろん、あの人にそんなつもりはないと知っている」
「では、どうしてっ!」
一瞬だけ、ジョザイアから笑みが失われた。
「彼が先王アーヴァイン・ノディスィアの息子で、私よりよほど次期国王にふさわしいからだよ。血筋だけならまだ見逃すことができた。……でも、シリウスの力まで持っていたらさすがに無理だ」
それは決定的な言葉だった。
「……シリウス……いつから……?」
先ほどミュリエルの報告を後回しにした理由が今になってわかる。
ジョザイアは、フィルがシリウスの主人だと最初から知っていたのだ。
「知ったのはスピカの暴走よりも一年くらい前だ。……将軍はひどいよね。シリウスを隠し、レグルスまでも使役して……私からすべてを奪うんだから。……本当に、すべて……」
「フィル様は奪ってなんていません。やっぱりおかしいです。奪われたのは私です……。半身とも言えるスピカと命……二つとも……王太子殿下が奪ったんです」
恐怖よりもだんだんと怒りの比率が高くなっていった。
ジョザイアがなにを言いたいのか、結局のところわからない。
「そういう捉え方もできるかもしれない。……そうだな、なにから話せばいいだろうか? ……まず父上とスノー子爵の研究だ」
「スノー子爵?」
「あぁ、そうだ。一度目の世界で、君は彼とは面識がなかったよね? 子爵は、父上の命令で強制的に星獣を従わせる術の研究をしていたんだ。本当に研究者って怖いな」
「嘘です……」
セレストはスノー子爵と直接会話を交わしたことはない。
けれど、セレストが星獣使いになった日の御前会議の日も、いつかの星祭りの日も、ヴェネッサたちの結婚式の日も、至って善良な人物に思えた。
国王の横暴な命令に顔色を悪くしている、苦労人という印象だった。
「勘違いしないでくれ。危険な研究を進んで行っていたのは、愛娘を魔獣に殺された哀れな男だよ」
「ヴェネッサさんの死がきっかけ……?」
「そう。やり直しの世界では、彼は狂気の研究に手を出さなかった。ただ、私が知っていた術をもう一度生み出し、改良を重ねさせただけだ。……王太子の命令には逆らえないからね」
セレストたちが仮に邪法と呼んでいた星獣を操る術は、一度目の世界のスノー子爵が生み出した。
けれど使用者はジョザイアだったから、以前の記憶を持っているジョザイアはその理論を知っていた。
二度目の世界で彼は、スノー子爵に邪法の理論を教え、改良するように命じた――ということだろう。
王太子からの命令に逆らえば、子爵家の存続が危うくなる。本意ではなくても、スノー子爵は従わざるを得なかったのだ。
「あの日、王太子殿下とミュリエルは私からスピカを奪い、今回は眠っていたアンタレスを起こして無理矢理従わせたのですね……」
「そうだね」
「どうして……わかりません! だって、私……なにもしてないっ、少なくとも一度目の世界では、殿下に誠実にお仕えしていました」
ここまで聞いても、セレストはまだ、自分が殺された理由がわからなかった。
「だから、君はしていない。……ごめんね、実験だったんだ」
ようやく知った理不尽な死の理由は、とても残酷なものだった。
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