3-4

「ミュリエル……だって、彼女は……十一歳の頃……」


 実際に、セレストがその様子を見たわけではないが、彼女は十一歳の頃に星の間での儀式を行っているはずだった。


「私も詳しくは知らないが、侯爵令嬢なら儀式は終えているだろうな」


 一度選ばれなかった者が、あとになってから選ばれることなど前例がなかった。


 大人になってから星獣の主人だと認められた例としてはフィルがいる。

 ただし、フィルはそれまでレグルスが眠る星の間に近づいていないという特殊な事情があった。


(星獣との絆は、生まれながらにして持っている……出会ったら必ず惹かれ合うようなものだと思っていたのに……)


 フィルは公にされていない部分でも特殊な星獣使いである。

 本当は十に満たないうちにシリウスの主人となり、大人になってからレグルスの主人になっている。

 星神力が安定する十一歳を過ぎた頃に儀式を行うのが慣例ではあるものの、じつは年齢など関係ないのかもしれない。

 十一歳、という規則は星獣側が定めたわけではなく、人間側の都合によるものが大きいのではないかとセレストは考えていた。

 幼い子供に普通の人間が持ち得ない強大な力を与えるのは危険だ。

 けれど素質があるのならば、できるだけ早く星獣使いの力を国のために使いたい。

 そんなせめぎ合いで決定された年齢に思えた。


 だから、ミュリエルが晩熟で、一度目の儀式のときは星神力が弱く、星獣に気づいてもらえなかった――という状況は信じがたい。


「それなのに、なぜ……」


 考えれば考えるほど、あの日のミュリエルの姿が目に浮かぶ。


(なにか、よくない力で……星獣の主人を……)


 主人を変える邪法があるのなら、星の間で眠っていた星獣に主人の訪れを誤認させる邪法もある――そんなふうに考えてもおかしくなかった。


 そうとしか思えなかった。


「この件は、エインズワース将軍閣下のところにも急ぎ知らせが届く手筈になっている。それから、異例の事態だから明日にでも御前会議が開かれるはずだ」


 セレストが手順どおりの儀式を行ったときは、当日に御前会議が開かれた。

 一方、一度儀式を行ったはずの者が何年も経ってから選ばれるという前例のない方法で星獣使いとなったミュリエルの場合は、翌日でいいらしい。


(異例の事態……つまり政治の中枢にいる者たちが、困るかどうか……という基準なのね……?)


 星獣使いとしての異質さならば、前回のセレストよりも今回のミュリエルがずっと上だった。

 セレストは血筋的には星獣使いに選ばれても不思議ではなかった。

 単に、国王やその周囲が、力を持ってほしくないと考えている家の人間だったというだけだ。

 ミュリエルこそ、それまでの研究や常識を覆す存在だ。

 それでも御前会議は翌日でかまわないという。

 国王や政治に深く関わる者にとっては、自分の地位を守ることが第一なのだろう。


 ここにはフィルがいない。速度を重視した術を使って遠見の鳥を飛ばしても、鳥がイクセタ領に到着するまでは数時間かかる。

 フィルならば、この事態を知ったらすぐに方針を伝えようとしてくれるはずだ。

 けれど、フィルの指示を待ってから動いてはいけない気がした。


 エントランスホールでのやり取りが長引いたため、アンナやモーリス、そしてヴェネッサまでもが集まってきてしまった。


(私は、私自身と親しい人を守るために最善を尽くすべき)


 一度目の世界と同様に、ジョザイアとミュリエルがセレストを害そうとするかはわからない。ただ、邪法がすでに存在しているのなら、相手の出方を待っていてはだめだ。


「クロフト大尉……。あの……」


 都から出る許可をもらおうと一瞬だけ考えたセレストだったが、それはよくない方法だと思い直した。

 わざわざ伝えに来てくれたことから、クロフトはゴールディング侯爵家とセレストが不仲なのを心配しているのだとわかる。

 ミュリエルが同じ星獣使いになったことで、セレストの地位が脅かされたり、嫌がらせを受ける可能性を心配してくれている。

 そんな彼を巻き込むわけにはいかなかった。


「どうした?」


「わざわざありがとうございました。……ご存じでしょうが、ゴールディング侯爵家と私のあいだには確執があるんです。だから、事前に教えていただけてよかったです」


 できるだけ笑顔を心がけた。

 まだ決断はできていないが、これがクロフトとの別れになるかもしれなかった。


 セレストが許可を得ずに去れば、星獣使いとして都を守る役割を放棄したことになる。

 ジョザイアとミュリエルの真意とは関係なしに、セレストが進んで王家に反旗を翻したと見なされる。


 けれどどうしても、ここに留まったままではいけないとかつての自分が警鐘を鳴らす。


「……そうか」


「はい!」


「では、私はこれで失礼する。……あぁ、そうだ。君に親しい身内はいるか? 将軍閣下以外で」


「身内……? 私の血縁ではいません。フィル様のお祖父様とは仲よしですが……」


 質問の意図がわからず、セレストはとりあえずフィル以外で家族と呼べる人の名を口にした。


「傭兵団のマクシミリアン殿だったな? では、マクシミリアン殿が大怪我をして危篤だから都を離れるという申請を明日、しておく。……もちろん、受理はされないだろうが。ないより心証がいい」


 そう言って、クロフトはセレストに背を向けた。


「クロフト大尉……? どうして……」


 明らかにおかしな話をしていた。

 クロフトはセレストが都を離れようとしていることを察しているとしか思えなかった。

 そのうえで、一応言い訳くらい用意しておけと言っているのだ。


「星獣使いは共通して、私に恐怖心を抱かせるほどの星神力をまとっている。エインズワース将軍閣下の幼少期は知らないが、王太子殿下やシュリンガム公爵子息、そして君も。……あぁ、この人はそうだ……と星獣使いになる前から納得できるなにかがあった」


「私、星獣使いになる以前に大尉と会ったことは……」


「君はないだろう。だが、軍の褒賞授与式で、とんでもなく目立っていたじゃないか」


「そう、だったかもしれません」


 褒賞授与式というのは、フィルとセレストの結婚が決まったあの日だ。

 軍人として活躍していたクロフトが、あの場にいたのは当然だった。


「ミュリエル・ゴールディングにはそれがなかった。……私が跪きたくなるような、そういう気配がない。……わかったな?」


「……はい。ありがとうございます」


 クロフトはずっと背を向けたままだった。

 セレストは立ち去るクロフトが扉を閉めるまで、深々と頭を下げていた。

 もしかしたら、通るはずのない申請を却下しなかったことで、彼が罰を受けるかもしれない。

 わかっていて、それでもクロフトはセレストに協力してくれる。


 唇が震えて、油断したら泣いてしまいそうだった。

 けれど、セレストには感傷に浸っている時間はなかった。


 今日のうちに都を出る必要があるのだから。


「モーリスさん、アンナさん……急ぎ旅支度が必要です!」


 皆のほうへ振り返り、セレストは説明をはじめた。

 まず、ミュリエルが星獣使いとなった結果、ゴールディング侯爵家とエインズワース伯爵家が対立する可能性があること。

 ミュリエルが星獣使いとなった経緯が不自然で、理由は言えないがセレストの身に危険が迫っていること、などだ。


「私は都を離れ、お祖父様と合流したいと思います」


 マクシミリアンは職業柄地方を転々としているのだが、どこにどれくらいの期間滞在しているかは必ず手紙をくれる。

 今、イクセタ領からそれほど離れていない地方都市の一つで商隊の護衛任務に就いているはずだった。

 味方となる者がバラバラになっている状態では、それぞれが身を守ることすらできない。

 セレストが身を寄せる場所としては、それ以外に考えられなかった。


「モーリスさんたちは、すみませんが解雇ということにさせてください。……そしてヴェネッサさんはシュリンガム公爵家に口添えをお願いできますか? お二人を再雇用していただきたいのです」


「それは……かまいませんが……でも……」


「私とアンナは同行いたしますよ、セレスト様」


「だ、だめです!」


「私たちは自分の身くらい自分で守れますから。なんと言われようが、ついていきます。……ヴェネッサ殿は念のため新居ではなくシュリンガム公爵家に保護を求めるのがいいでしょう」


 新たな星獣使い誕生の知らせを聞いたドウェインが、どう行動するかは定かではない。

 フィルやセレストの仲間と捉えられて、王家の敵となる事態も起こりえる。

 シュリンガム公爵家ならば、そうなった場合でも、ある程度王家に対し抵抗できる権力を持っているはずだ。

 ドウェインと暮らす新居に留まり続けるより、よほどいい。

 結局、モーリスとアンナは同行、身重のヴェネッサは残留という方針にするしか道はなかった。


「わ、わかりました! では、最低限の荷物をまとめてすぐに出立しましょう」


 セレストは急いで私室に行き、荷造りをした。

 最低限の着替えに食糧、そして手放したくないフィルからの贈り物だけをカバンに詰める。ヴェネッサもセレストを手伝ってくれた。


 作業を終えて、ヴェネッサに続くように階段を下りていた最中に、異変は起こる。

 ノックもなしに、玄関扉が開け放たれた。



 そこに立っていたのはミュリエルだった。

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