3-3

 遠征の翌日は休日だった。その後三日間の勤務を終えて再び休日がやってきた。

 この日はヴェネッサと約束をした日だ。


 現在ヴェネッサは、結婚に伴いドウェインが購入した屋敷で暮らしている。

 彼女が妊娠中であるため、セレストは、自分のほうが出向くという提案をした。

 けれどヴェネッサは、アンナに色々と教えてもらいたいことがあるらしい。

 つわりもなくなり問題なく日常生活を送っているため、エインズワース伯爵邸を訪ねたいということだった。


(アンナさんはドウェイン様の乳母で、シュリンガム公爵夫人も頼りにしていた方だもの……)


 午後のティータイムの時間に合せてヴェネッサがやってきた。

 テーブルにはハーブティーやケーキが並べられていて、お茶会がはじまる。


「美味しい……。このハーブティー、癖がなくてどんなお菓子にも合いそうです。おかわりをいただいてもよろしいですか?」


 ヴェネッサがそう言うと、アンナがすぐに新しいハーブティーを用意してくれた。

 エインズワース伯爵邸のハーブティーは絶品だ。

 ただし、今日のハーブティーは、セレストがまだ飲んだことのないブレンドだった。


「アンナさん、このハーブティーってどちらで買われたのですか? 新作ですか?」


 セレストは、すっきりとした味わいが気に入ったので、興味を持って聞いてみた。


「七番街に良質のハーブを扱うお店があるんです。今日お出ししたのは、それぞれ単品で購入して私がブレンドしたものです」


 アンナはエプロンから小さな缶を取り出した。

 リボンがかけてあるそれを、ヴェネッサのほうへ差し出す。


「ハーブティーに使われる植物の中にも、妊娠中に摂取するとよくないものがあります。こちらはそれらに配慮したものですから、どうぞお持ち帰りください」


 きっと、今飲んでいるものと同じハーブが入っているのだろう。

 蒸らし時間などが書かれたメモ書きがリボンと缶のあいだに挟まっているのが、用意周到だった。


「アンナさんのエプロンって本当になんでも出てきて不思議です。……私の髪が跳ねているときはポケットから櫛が出てきて、ボタンが取れてしまったときは小さなお裁縫道具が出てくるんです」


 たくさんものが入っているようで、ポケットがパンパンに膨らんでいる様子はない。

 なにかの術を使っていると言われても、納得してしまいそうだ。


「そうなんですか? だったら星獣たちが暮らす世界と繋がっていたりして」


 セレストとヴェネッサはなんでも出てくるアンナのポケットを見つめながら、そんな冗談で盛り上がる。


(ハッ! いけない……このままじゃドウェイン様によいお知らせができない)


 フィルはまともに取り合うなという様子だったが、セレストとしては相変わらず姉のような存在であり続けているドウェインが喜ぶ話題を提供したかった。

 捏造はいけないが、ここまでのヴェネッサには寂しがる様子はないため、少しくらい探りを入れてもいいかもしれない。


「そ……そ、そう言えば! 遠見の術でフィル様とお話したときに、ドウェイン様もいらっしゃったのですが……」


「へぇ……?」


 ヴェネッサのメガネのレンズが一瞬光った気がした。

 そして先ほどまでの穏やかな表情が一転して、怒っているように見えた。


「ど、どうしたんですか? ヴェネッサさん」


 レンズ越しの瞳に見透かされているようで、セレストは思わず目を泳がせる。


「いえ、まずドウェイン様が二人の会話の邪魔をした予想がついてしまって」


(鋭い……! さすがは幼馴染み)


 一度目の世界を含めると、セレストもフィルとの付き合いは長いはずだ。それなりに相手への理解を深めているつもりだったが、ヴェネッサたちには到底叶わない。


「あ……あのっ! ドウェイン様はヴェネッサさんのことをとても心配して……寂しい思いをさせてしまっていると嘆いていらっしゃいました」


 なぜかここにはいないドウェインと一緒に叱られている気分になりながら、けれどセレストはつい彼のフォローをしてしまう。


「心配してくださっているのは知っています。……ですが、それ以上に私が心配しているんですよ、いろいろ・・・・と」


 なんだか含みのある言い方だ。

 つまり、単純にドウェインの身を案じているという心配ではなく、ドウェインが任務中にやらかさないかという心配をしているという意味だろう。

 その話は以前、彼女が副官の任務から離れると言っていたときにも聞いていた。


「それは……」


「すでにドウェイン様の尻拭いをすることが私の生きがいのようになってしまい、なんだか物足りない気がしています。……ぼんやりしているとすぐ、ドウェイン様のことを考えてしまったり……」


(やっぱりヴェネッサさんは、ドウェイン様のことばかり考えているんだ!)


 ようやく報告できそうな言葉が出てきて、セレストは嬉しくなった。

 しかも、セレストも同じ気持ちを知っていた。


「わかります。私も夜寝る前に、フィル様が遅くまで書類仕事に追われていたらどうしようかと気になります。昼食の時間になると、イクセタ領の砦でなにを食べているのかな? とか、ついつい考えてしまいますから」


「フフッ、セレストさんって本当に将軍閣下が大好きなんですね!」


「そ……そう……ですね、一応……夫婦、ですから」


 大好き、という言葉にセレストは過剰に反応してしまう。

 先日、フィルにその言葉を告げて、盛大に困らせたばかりだからだ。けれどヴェネッサの言葉は否定しない。すでに隠す気持ちではないと考えていた。


 しばらく二人でおしゃべりを楽しんでいると、来客があった。

 なぜか焦った様子のクロフトが突然やってきたのだ。

 セレストは慌ててエントランスホールへと向かった。


「急に押しかけてすまない」


「いいえ。急ぎの用件でなければ、大尉が先触れもなしにいらっしゃるとは思えません。……いったいどうなさったのですか?」


 氷結のクロフトという二つ名は、氷の術が得意だからという理由と、彼がとことん無愛想だからという理由からだ。

 普段、他者に感情を読まれるような人物ではないのに、今日は違った。

 こんなに余裕のない彼ははじめてだった。


「……一つ、耳に入れておきたいことがある」


「はい?」


 急な訪問であっても、クロフトは上官だ。

 一応、どこかの部屋に通しておもてなしをするべきなのだが、彼はそんな隙を与えないまま話をはじめてしまう。


「新たな星獣使いが誕生したらしい」


「……え? そ、そうですか! 私、最年少じゃなくなるんですね?」


 セレストはかなり動揺していた。

 一度目の世界では、セレストよりあとに星獣使いは誕生しなかった。星の間で儀式を行うのは十一歳になったばかりの貴族の子供で、セレストが未来を変えた影響がその年代の子に及ぶとは考えにくい。

 それなのに、世界は予想もしない方向に変わってしまった。


「最年少……ではなくなるというのは正しいかもしれないが、中尉が想像しているような状況ではない」


「それはどういう意味ですか?」


「ミュリエル・ゴールディング」


「ミュリエル……?」


「中尉の義妹だろう? 彼女が序列第六位、アンタレスの主人だ」


 セレストの知る一度目の世界と、この世界はすでに別の道を進んでいる。

 わかっていたはずなのに、セレストにはクロフトがもたらした情報が真実だとは思えなかった。


 嘘だと思いたかった。

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