2-6

 二日目。セレストの部隊は地形やこの場所に巣くう魔獣の特性になれたこともあり、昨日よりもスムーズに討伐を行っていた。


「皆の連携も昨日よりいいかんじです! あと半日だから頑張りましょう」


「はい!」


「了解しました、エインズワース隊長」


 セレストが近くにいた者たちへ声をかけると、すぐに返事が返ってきた。

 この日もエインズワース隊は負傷者を出していない。


「ピッピ!」


 ほとんど見学しかしていないスピカも元気よく返事をする。彼が実体化しているだけで隊員たちは安心感を覚え、前方の敵だけに集中できる。エインズワース隊になくてはならない守護神だった。


「おそらく、そろそろバートランド隊の戦果を抜いた頃合いでしょうな」


 ウィルモットがつぶやいた。

 昨日の損耗率から考えれば、必ずセレストたちは勝利できるはずだった。


「……作戦司令部以外で、誰か遠見の術を使っている方がいるようですから、焦っているのかもしれないですね」


 エインズワース隊の戦いを空から見ている鳥が二羽確認できる。一羽は初日から同行しているクロフトのもので、もう一羽は所属がわからない。

 ライバル――つまりバートランド隊が飛ばしてきたのだと予想できた。


「偵察は大切な任務ですが、友軍に対し行うのはなにか違うのでは?」


「そうですね……。ライバルの状況を知って、隊の士気を高めるという効果があるのかもしれませんが、あくまで余力があればの話ですよね?」


 初日、二つの隊の戦果には差があった。セレストとしては二日目の逆転を疑っていなかったが、バートランドも昨日の時点ではもはや勝利は揺るがないと確信していたはずだ。

 彼がわざわざ術を用いてセレストたちに探りを入れに来たのは、自分たちが危ういと実感したせいではないのだろうか。

 余裕がないのならば、遠見は繊細な術だから、そんなことに星神力を使うのは間違っている。

 魔獣の駆逐に使うべきだった。


「二時方向、数、七……!」


 索敵の術を使うファラーが叫ぶ。

 これまでと同じ手順で攻撃を得意とする隊員が術を使おうとしたのだが――。


「あれ?」


 セレストは首を傾げた。

 その前に横から別の星神力の気配があって、次の瞬間に魔獣が消滅したのだ。


「うわぁ……卑怯だな……」


 ファラーがあきれている。同じ頃にほかの隊員たちも事態に気がついたようだ。


「なるほど、横取りすれば差が縮まるというわけですな?」


 ウィルモットが苦笑いを浮かべた。

 まだバートランドかどうかはわからないが、十中八九そうに違いない。

 炎の谷で行われる討伐遠征は訓練を兼ねているし、戦果を競い合う場になってしまっているが、魔獣の被害をなくすために重要な任務でもある。

 各小隊ごとに目標があるのだが、クロフト率いる遠征部隊全体としても、より多くの魔獣を駆逐することが求められている。

 目標を達成するために競い合うのはいいが、仲間を妨害しては意味がない。


「本末転倒ですね……。うーん、どうしましょうか?」


 そう言いながらも、セレストの行動は決まっていた。

 手を大きく掲げ、そしてバートランド隊のものと思われる鳥に向かって、星神力を放つ。

 光となって勢いよく飛んでいった力は、茨のように絡みついて鳥を包み込む。

 遠見で使う鳥は星神力でできていて、実体があるわけではない。だから物理的に捕らえるのは無理なのだが、同じく星神力ならば干渉できるというわけだ。

 鳥は羽ばたくことができなくなり、セレストのほうへ引き寄せられるように落下した。


「ごきげんよう、バートランド中尉」


 こういった偵察用の鳥には、ほぼ間違いなくこちら側の音を拾う術が組み込まれている。 けれど相手側の言葉をこちらに伝える機能があるかどうかは術の使用者の意図次第だ。


「応答がないようです。……ではこちらも鳥を飛ばしましょう」


 セレストは戦闘に特化した氷の術が一番得意で、こういう術は苦手にしているのだが使えないわけではない。集中し、星神力を固めるようなイメージをして鳥を作り出す。

 コマドリくらいの小鳥だ。

 先ほど術が放たれた方向と、バートランド隊が送りつけてきた鳥から感じる相手の力を辿り、そちらへ鳥を飛ばす。


「エインズワース隊長! すごい複数の術を同時に使ってるんですか?」


 ファラーが鳥が消えていった方向を見つめながらそう言った。


「一方を保持するだけならそんなに難しくないんです。……ちょっとこちら側への警戒がおろそかになっていますから、ファラー曹長は索敵を続けてください」


 遠見の術を使うと、本来視界に入ってくる光景と鳥が見ている光景の二つを同時に見ることになってしまう。だからセレストは目を閉じて鳥のほうにだけ注意を注いだ。


 また、最も単純な遠見の術は鳥が見ている景色も、拾った音も、使用者だけが感じ取る仕組みだ。

 けれどそれでは仲間に相手側の状況が伝わりにくい。

 セレストはとりあえず、音だけは周囲にいる者に伝わるようにした上位の術を使っている。


「了解です」


「スピカは私を守ってね!」


「ピィ!」


 バートランド隊は近くに潜んでいたようで、すぐに見つかる。

 セレストたちは谷になっている場所にいたが、バートランドたちがいたのは隆起した大地の上だった。

 先ほど魔獣を攻撃したのがバートランドで、遠見を使っている者がすぐ隣にいるようだ。

 それ以外の隊員は五人――戦力を分散していなければ七人しかいない。


「ごきげんよう、バートランド隊の皆さん」


『余裕ぶってるんじゃない!』


 バートランドも額に怪我をしていた。

 守りを疎かにした結果だ。明らかに遠見に一人の人員を割り当てるのはおかしい戦力だ。


「単刀直入に言いますが、この付近は私たちが担当しますから、あなた方は別の場所への移動をお願いいたします」


『我らがどこにいようが我らの勝手だ。なぜ貴様の命令など聞かなければいけない?』


「ではあなた方がここに留まってください。私たちが移動しますから」


『移動禁止も貴様に指示されることではない!』


 つまり、セレストたちがどこへ行っても、彼らはついてくるつもりのようだ。


「えぇ……? 十七歳の女の子を追いかけ回すなんて。ちょっと怖い。しかも人妻だし」


「ダサすぎますね。ほかの隊員は恥ずかしくないのか?」


 隊員たちはわざと大声で煽るように言葉を口にした。


『黙れ平民が!』


 特務部隊に所属している者は貴族が多い。それはセレストの部下たちも同様なのだが、おそらくバートランドの場合、自分の家より家格が低いと一律に「平民」なのだろう。

 すると軍内部ではドウェインを筆頭とした数名以外、バートランドにとっては平民の虫けら同然となる。

 そもそも、貴族とは強い星神力を持ち建国に貢献した一族の末裔なのだ。誇るべきは国のため、民のために役立つ力であって、血筋ではない。


 セレストは一旦目を開いて頭上を確認する。


(今だって明らかにクロフト大尉の方針を無視しているし……。バートランド侯爵家の力が軍内部にも影響すると思っているからこんなことができるのでしょう)


 作戦司令部から飛ばされている鳥が、こちらに介入してくる様子はない。

 クロフトならばある程度事態を把握しているはずだし、こういう味方同士で足を引っ張り合う行為が大嫌いだろう。指示がないのは自分で切り抜けてみせろという意味だ。


「観察なさっていたのなら、私の部下が優秀だとわかるでしょう? 私や部下を馬鹿にしたいのなら、うしろめたくない方法で勝ってください!」


 セレストはきっぱりと言い切った。

 しばらく見ていたのなら、隊員たちの個人技と連携がすごいことも、セレストが戦闘に参加していないこともわかるはずだ。


『い、いや! 貴様はなにもしていないだろう!? ……もし、貴様らが勝利したとしても、それはエインズワース将軍閣下が貴様の部隊に人材を集めたからだ! 子供のおもり部隊がどれだけ魔獣を倒そうが、エインズワース中尉の采配ではない!』


 先ほどは自分より身分が低い者を蔑んでいたのに、舌の根も乾かぬうちにそんなことを言い出した。

 今の彼の言葉は、セレストの怒りを一気に引き出す。

 フィルの公平さも部下の努力も、セレストが誇りに思っていることをすべて否定されたからだ。


「わかりました。それなら私――」


「エインズワース隊長!」


 自ら全力で戦って、バートランドのプライドをへし折ってやろうとしたところでファラーが叫んだ。


「バートランド隊の後方に敵、二十です! あ! 中級かも……?」


『な……なに!?』


 焦った様子のバートランドの声が響いた。

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