2-7

「バートランド中尉。応援が必要ですか?」


 中級の魔獣が二十匹だとすると、隊が健全に機能していても心してかからなければならない。

 この時期の炎の谷で遭遇が予想される敵の規模としては最大級だった。

 バートランド隊は、すでに多くの負傷者を出しているから、ここは退却し、ほかの部隊に応援要請をするべきだ。


『だれが貴様などに!』


 こんな事態になってもバートランドは虚勢を張り続ける。セレストは思わずため息をついた。


『無理です! バートランド隊長っ、応援を。そうでないなら一度退きましょう』


『う、うるさい……我が隊のプライドにかけて退却などありえない』


 そこまで聞こえたところで、囚われていた遠見の鳥が消滅した。

 使っていた術者が目の前の敵に対処するためにそうしたのだ。

 さらにバートランド隊の頭上を飛んでいた鳥が青く眩しい光を放った。これは作戦司令部の指示で行われる支援要請だ。

 クロフトは、バートランド隊には作戦の遂行能力がないと見なしたのだ。


「どうなさいますか? 支援要請が出ましたが、わざと遅れて行っても誰もあなたを咎めないと思いますよ?」


「少しだけウィルモット副隊長にこの場を預けます。……バートランド中尉がどうなっても知りませんが、ほかの隊員がかわいそうですから」


 隊員はバートランドの捨て駒ではない。


「それもそうですね。ご存分になさってください」


 ウィルモットからの同意を得られたところで、セレストは走り出した。


「スピカ、行くよ」


「ピィ」


 力を使えることが嬉しいらしく、スピカは返事と同時に大地を駆けて、すぐにセレストを追い越した。

 バートランド隊の元へ行くには、切り立った崖を登る必要がある。先行しているスピカは得意の氷の針をその崖に突き刺して足場にしながら登っていく。

 相変わらず、丸々とした体からは想像できないほど俊敏だった。


「ありがとうスピカ!」


 セレストもスピカが作った足場と跳躍の術を併用しながら登り、まもなく平らな大地にたどり着く。


「う、わぁぁっ」


 バートランド隊に襲いかかろうとしているのは穢鳥わいちょうという種類の魔獣だった。人の背丈を軽く超える鳥で、高く羽ばたくことがない代わりに丈夫な脚を持っている。大地を駆ける速さは同じ中級の闇狼えんろうと同じくらいだ。

 やっかいなのが穢鳥の攻撃だった。

 彼らは飛べないが、広い範囲に羽をまき散らす。その羽は熱く、触れると焼かれてしまうのだ。しかも毒を含んでいるから、癒やしの力を使っても普通のやけどのようには治らない。羽には絶対に触れてはいけない。


(私はこの魔獣とは戦った経験がない。……でも相性は悪くない、はず……)


 特性さえ知っていれば、効率よく戦えるはずだった。


「スピカは自由に戦って!」


 セレストが指示を出したのと同時に、スピカの頭上に大量の氷の針が現れた。

 シュッ、と空気を引き裂くような音を立て、それが穢鳥へと向かっていく。

 氷の針が突き刺さると、穢鳥が大量の羽を撒き散らしながら絶命した。

 セレストは、その羽が拡散しないように障壁を作って封じ込める。


「……こ、これが星獣使い」


 バートランド隊の誰かがそう叫んだ。


(スピカの本気はこんなものではないけれど……)


 それでも星獣使いの実戦を見せつけるのは有効だったかもしれない。


 ほんのわずかな時間でセレストたちは穢鳥を駆逐した。

 動いている穢鳥がいないことを確認してから、セレストはバートランド隊へ向き直る。

 すでに七人になっているうえに、皆がどこかに怪我をしている。


「エインズワース中尉……、星獣スピカ……。なんて美し……」


 バートランドがつぶやいた。

 星獣使いの力を目の当たりにしてほうけているようだった。


「バートランド中尉! 大丈夫ですか?」


 尻もちをついているバートランドの前に立ち、セレストは笑ってみせた。めずらしく意地悪な気分になっていたから、嫌味のつもりだった。

 自分の手柄を立てることばかりを優先して部下を蔑ろにする彼のやり方が許せない。だから余裕たっぷりの態度が彼のプライドを粉々にするとわかっていてそうしたのだ。


「……あ、あぁ」


 けれど反応が薄かった。

 戦意も敵意も喪失したままだった。


「あの? 怪我は……?」


「ピィ」


 助けた者の責任として、セレストは問いかけた。バートランドはのそのそと立ち上がり、軍服についた土や埃を払ってからビシッと敬礼をした。


「あなた方の星神力は清らかだった……。敗者は立ち去るまで」


「はい?」


「ピ? ピィ!?」


 セレストとスピカの理解が追いつかないうちに、バートランドは一人と一体に背を向けた。そして、自分の部下たちを引き連れてその場を去っていく。

 すでに作戦司令部からはバートランド隊への支援要請が出ている。この場合、ほかの部隊と合流して戦闘を続けてもいいのだが、以降、バートランドたちがどれだけ魔獣を倒しても、隊の成果にはならない。

 ほとんどの者が負傷しているようだし、安全な場所まで後退するつもりなのだろう。


「なんだったんだろう?」


 セレストの理解が追いつかないまま、バートランド隊の姿は見えなくなった。


「戻ろう、スピカ」


「ピィ!」


 セレストとスピカはエインズワース隊の隊員たちがいる崖の下へと戻った。セレストが不在のあいだ、ウィルモットたちも何匹かの魔獣に遭遇していたが、問題なく撃退していた。


 その後もセレストたちは順調に魔獣を駆逐して、二日目の日程を終える。

 エインズワース隊の戦果は、セレストとスピカが駆逐した穢鳥を差し引いても、トップだった。


 自分の部下たちの活躍をセレストは誇らしく思った。それに、訓練メニューや連携策を考えたのはセレストだ。だから、今回の討伐遠征は、隊長としてのセレストの自信に繋がった。

 夕食の時間、セレストは隊員たちと祝杯を挙げた。と言っても、都への帰還までは作戦行動中と見なされていて飲酒が禁止されている。

 成人した者であっても果実水か水しか飲めないのだが、それでも十分に盛り上がった。


 食事を終えたセレストは、割り当てられている部屋で帰還の準備をするつもりだった。

 けれど、しばらく廊下を歩いていると、クロフトから声をかけられた。


「エインズワース中尉。探していた。すぐに司令室へ来るように」


「了解いたしました」


 セレストはクロフトと一緒に砦の中にある仮の司令室に行った。

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