2-5

 頭上にクロフトが放ったと思われる青い鳥が旋回している。

 ところどころが隆起している複雑な地形のせいで見通しが悪い。そんな中、エインズワース隊一行は索敵の術を行使しながら進んでいた。


「二時の方向、数は十です。……注意して」


 索敵の術を得意とするファラーが警告する。


「了解」


 攻撃担当の隊員が返事をした直後、岩場の影から狐に似た魔獣が飛び出してくる。

 牙狐ガコという名の魔獣で、その名のとおり、口からはみ出す鋭い牙を持っている個体だ。

 遠距離では尻尾の付近から炎を放ち、近距離では牙で攻撃してくる厄介な魔獣だった。

 主に自分たちより小型の魔獣や小動物を捕食するわりと臆病な性格をしている。けれど縄張り意識が強く、敵と思われる存在が侵入すると集団で襲いかかってくる。

 この魔獣はまだ小型だが、いずれは馬や牛くらいの大きさに成長する。そうなると谷の外に餌を求めて、人が住む村や町を襲う可能性があった。


「さらに正面から。数は二十」


 ファラーが再び警告する。


「それはこちらの班が引き受ける!」


 離れた場所にいた別の隊員が叫んだ。

 直後に正面の敵を誘導するための壁が築かれる。

 セレストたちの小隊は、基本的に攻撃、防御、補助担当の三人が一つの班となって行動する。まず三人が共闘し、さらにそれぞれの班同士もお互いに連携しながら、全方向に注意を向け、谷の中心部を目指すという作戦だ。


「皆さん、よく動けているみたいですね」


 セレスト、スピカ、そして副隊長のウィルモットは戦闘には加わらず、隊員たちの動きを観察していた。二時間ほど続けたら、セレストが防御壁を築き、隊員たちに休息を取らせるつもりだった。

 討伐の日程は二日間ある。本当に大規模な魔獣被害が発生したら長期戦になる可能性があるのだから、せめてこの遠征での二日間くらいは、一定の戦闘力を保てるようにしなければならない。


 初日は予定どおりの戦果を挙げた。

 休憩を挟みながら順調に魔獣の駆逐を続けて、日暮れ前の時刻に砦へと戻った。

 同じ頃にほかの隊も帰還していて、多くの兵が廊下に集まっている。


 各部隊ごと、今日の成果が張り出されているのだ。


「ふむ。我らは二番手でしたか」


 ウィルモットは少し残念そうだった。


「大丈夫ですよ。想定内でしょう?」


 セレストも多少は残念に思っていた。けれど、自分の方針が間違っていないという確信もあったので余裕の表情を浮かべた。

 そうすれば隊員たちも安心してついてきてくれるはずだ。


「ふん、負け惜しみか! エインズワース中尉。星獣を従えていても大したことないのだな?」


 突然現れたのはバートランドだった。

 セレストに対し、ニヤニヤとした笑みを向けて近づいてきた。今日、一番の成果を上げたのはバートランド隊だった。


「バートランド中尉……」


「圧倒的戦力差があるのに……ククッ、ハハハッ!」


 バートランドに続いて、彼の部下たちも笑い出す。


「私とスピカは今回、緊急時を除いて戦闘には参加しません。私のほうは攻撃以外の術は使っていますけれど」


「嘘をつけ!」


「いいえ……。最初からクロフト大尉にそのような作戦案を提出しています。今回の目的は部隊全体の戦闘訓練ですから」


 挑発には乗らず、あくまで冷静に説明する。

 けれどバートランドたちはあざ笑う行為をやめない。


「バートランド隊長、大人げないですよぉ。相手は星獣使いってだけで軍人になった子供とそのおもり部隊なんですから!」


 あちら側の隊員の一人が、わかりやすい嫌味を口にした。

 カチンときたセレストだったが、ここはグッとこらえた。ファラーが拳を震わせてバートランドたちに詰め寄ろうとしたため、セレストは慌てて彼女の腕を掴んだ。


「反論もできないとはな。まぁ、結果が明らかだから仕方ないよなぁ」


 バートランドは自分の勝利を確信している様子だ。


「結果がすべて……。私もそう思います。だからとくにあなた方と議論するつもりもないです」


 セレストは冷静になってそう告げた。

 今の段階でなにを言っても負け惜しみになってしまう。

 バートランドたちはその言葉に満足したのか、仲間同士でおもしろそうに話をしながらその場を立ち去っていく。


「悔しい!」


 彼らが見えなくなったところで、ファラーが叫んだ。


「ファラー曹長、大丈夫です。全然心配いりません」


「どうしてですか?」


 ファラーがきょとんとしている。


「ウィルモット副隊長。説明をお願いします」


 説明役をウィルモットにしたのは、副隊長の彼と方針の共有ができているかの確認の意味でもあった。

 ウィルモットは戦果が貼り出されている壁に視線を向けた。

 そこには魔獣の駆逐数だけではなく、負傷者などの数も書いてある。


「現在のところ、エインズワース隊の戦果は全体の二位で、数の上ではバートランド隊に大きく出遅れている。ただし、あちらは損耗率を考えていない」


「え……?」


「三十人の隊員のうち、すでに八人も離脱している。一方でこちらは一人も負傷者を出していない。わかったか? ファラー曹長」


 ウィルモットは自信たっぷりに笑った。


「そうだったんですか……!」


 ファラーほか、仲間たちも今の説明で気づいたようだ。

 バートランド隊は個人技のみで突き進み、確かに著しい戦果を挙げた。けれど警戒や防御、そして連携を怠っているのは数字からうかがい知れた。

 つまり明日は今日と同じ戦力で戦えないのだ。


「私、最年少の隊長かもしれませんが、軍に入隊してから七年も経っています。それにフィル様からは術の使い方だけではなく、集団戦闘のやり方や、兵学も教わっているんです! 仲間を大切にしない戦い方は長期戦では非効率です。……皆で勝ちに行きましょう!」


 部隊の士気は高かった。

 今日は各自ゆっくり休んで明日に備えよう。セレストが解散を命じる直前になって隊員の一人が口を開く。


「ところで隊長。こっそり『フィル様』……って言ってませんでした……?」


 セレストはハッ、となった。任務中はフィルのことを「エインズワース将軍閣下」と呼ばなければならないのだ。


「エインズワース将軍閣下、です!」


 隊長の威厳が一気に損なわれてしまい、セレストは顔を真っ赤にして俯いた。


「大丈夫ですよ。エインズワース将軍閣下も時々、『うちのセレストが』、『うちの子たちが……』って叫んでいるというのは有名な話ですから」


 ファラーがなんのなぐさめにもならない言葉を送る。フィルの言う「うちの子たち」はセレストと星獣たちをまとめて指すときがある。

 セレストのプライドと引き換えに、今日も隊の雰囲気はよかった。

 この調子ならば、誰も欠けることなく明日の日程も終えられるはずだ。

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