1-5
しばらくクロフトの女性除けにされたあと、セレストたちは本日の主役二人のところに挨拶へ行った。
「ドウェイン様、ヴェネッサさん! おめでとうございます」
「あら、セレちゃん。ありがとう」
「ありがとうございます、セレストさん」
やはり今日のヴェネッサはとびきり美しかった。それに幸せそうだ。好きな人――ドウェインが隣にいるからこそ彼女は輝いているのだとわかる。
「ヴェネッサさん、とっても綺麗です。二人とも古典的な婚礼衣装ですが、……なんというか、すべてがヴェネッサさんのためにあるみたいな、そんな印象です」
ドウェインのためではなく、ヴェネッサのためにあるという部分がポイントだった。
「……なんだか照れてしまいます」
はにかむヴェネッサを見ているだけでセレストは幸せな気持ちになれた。
「ドウェイン様はかつてないほど地味ですが、それがとっても格好いいです」
「フフッ。私の家族なんてもう全員大号泣よ。『あのドウェインが、あのドウェインが……』って。親っていつまでも息子を子供扱いするわよね?」
「それ、絶対……解釈が間違っているはずだぞ」
フィルがボソリとつぶやく。
シュリンガム公爵夫妻の「あのドウェインが」は「あの小さかったドウェインが」という意味なのだろうか。おそらく「あの常識をどこかに捨ててしまったドウェインが」という意味だろう。
けれどどちらにしても彼の結婚を喜んでいることだけは確かだ。細かい解釈などどうでもいいとセレストは思う。
幸いにしてフィルのぼやきはドウェイン本人には届かなかった。
「そういえばセレストさん。式のときはミモザの愛情表現がすごかったですね?」
結婚式の終わりに、ミモザは新郎新婦に次ぐ熱量でセレストに祝福の花を降らせた。
「ちょっと困りましたが、嬉しかったです」
「ミモザは本当にセレちゃんのことが大好きよね。初対面のときから懐いていたし。あの子って、温和な性格だけれど、本当はわりと人見知りなのよ」
ドウェインは三体の星獣たちがいる庭の片隅に視線をやった。セレストもそれに釣られてスピカたちの様子を確認する。
レグルスとスピカはもう国を守護する星獣としての威厳を忘れてしまったのか、木の周囲を走って遊んでいる。ミモザは体が小さいためよく見えないが、木の枝に止まって休んでいるのだろう。
「最初から懐いていた、か。……きっとセレストの人徳だろう」
フィルは笑ってごまかした。
「最初は星獣使いの素質を見抜いていたのかと思っていたけれど……。まぁ、この話はいいわ」
そこまでで、ドウェインは追及をやめてくれた。
フォルシー山での事件が起きる前、ミモザの様子がおかしかった。そして、セレストとフィルの行動も不自然だった。
ドウェインは当然、それに気づいていた。けれど報告書には偶然居合わせたというセレストとフィルの言い訳をそのまま書いてくれたし、七年以上経った今でもずっと聞かずにいてくれる。
彼は普段から人生を楽しむために自分が持っている権利を最大限行使している自由を尊ぶ青年だ。
けれど、親しい人をいつも気遣ってくれる優しい人でもある。
「何度も言っているかもしれないけれど、結局あのフォルシー山の事件のときセレちゃんがいなかったら今日は存在しなかったと思うの。ありがとう、セレちゃん」
くすぐったい気持ちになりながらもセレストは頷く。
「私も……、私の幸せの中のいくつかはドウェイン様やヴェネッサさんがいないとやっぱり成り立ちません……。だから私のほうこそ、ありがとうございます」
なにかある度に屋敷のダイニングルームでお祝いをしてくれたり、貴族社会において立場の弱いセレストやフィルを助けてくれたりした。
それに、アンナやモーリスを紹介してくれた。セレストがフィルや星獣たちと穏やかに暮らせるのは、ドウェインやヴェネッサ――多くの人の助力があってこそだ。
(あれ? ……ヴェネッサさん?)
セレストがふとヴェネッサのほうに視線をやると、彼女の顔色が悪いことに気がつく。
ほんの少し前まではそんな様子はなかったのに。
ドウェインもほぼ同じタイミングでそのことに気がついた様子だ。
「ネッサ? 疲れているんじゃない?」
「大丈夫です。お客様がいらっしゃるのに離れるわけには」
とても大丈夫という様子ではなかった。化粧をしていてわかりづらいが、血の気が引いていて、唇の色が悪い。
「だめよ……! ごめんなさい、セレちゃんちょっとネッサについていってあげて。ここには私が残るから」
「わかりました」
セレストは返事をしながら、違和感を覚えた。ドウェインなら招待客をもてなすことよりも、ヴェネッサを優先しそうな気がしたからだ。
けれど、今はドウェインの態度が不自然な理由を考えるよりも、一刻も早くヴェネッサを休ませてあげることを優先すべきだった。
だからセレストはそれ以上たずねず、ヴェネッサに寄り添った。
そのままシュリンガム公爵邸の中に入ると、すぐさまメイドが駆け寄ってきた。顔色の悪いヴェネッサを二人で支えるようにしながらメイドの案内で空き部屋へ入る。
するとヴェネッサはすぐに洗面室へと駆け込んでしまう。
「さっぱりとしたお飲み物を用意いたしますね」
状況が把握できないセレストにメイドがそう言って、部屋を出ていった。
気分の悪い、もしかしたら病気かもしれない人が近くにいるのに動じる様子はない。
なんでもないことのようにほほえんでいた。
「あ、あれ……?」
ドウェインが付き添わなかったのも、メイドが明るい表情で出ていったのも、妙な対応に思えた。けれどドウェインに限っては花嫁がどうでもよくなってしまったはずもない。
「さっぱりとした、飲み物……? ……まさか……」
ドウェインが付き添わなかった理由は、ヴェネッサ自身がそうしてほしいと望んでいるからだろう。皆、なぜ具合が悪いのかわかっているような態度だ。
そう考えたらこれはつわりではないかという答えに行き着く。
(気持ちが悪いときって、過度にかまわれたくないもの……)
しばらくするとオレンジの果実水が用意された。
少し遅れて、唇の付近を拭いながらヴェネッサが戻ってきた。
彼女ははにかんで、もう大丈夫だと笑ってみせた。
「まだ初期なんです。……この前、同じ症状になったときにドウェイン様が『ネッサ、ネッサ! あぁ、変わってあげたい! 私のネッサァァァ。ミモザ、どうにかしてよ!』ってなんか面倒だったんですよ。こういうのはミモザの力が及ばないのに」
それで一度ヴェネッサに怒られているドウェインはついてこなかった、というのが真相のようだ。
「なるほど。病気ではないとはいえ、大事にしてくださいね!」
「ありがとうございます。……しばらく軍から離れなければならないのが心配です。誰がドウェイン様を管理するんだろう……って」
ヴェネッサが軍人になったのは、ドウェインのためだというのはどうやら本当らしい。
「この機会に自立してもらいましょう!」
「……本当に、そうなってくれたらいいのに……なぜか寂しく感じてしまうから嫌になります」
少し酸っぱいオレンジの果実水を飲みながら、二人で笑い合った。
(そっか……。ドウェイン様とヴェネッサさんが……)
今日何度目かわからない、心がほかほかする心地になる。セレストはそのまましばらくヴェネッサと二人で過ごしてから、フィルと一緒に帰路についた。
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