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 クロフトは恋愛関係での空気を読むということを一切しない人だった。


 今、セレストとフィルは微妙な関係なのだ。二人きりのとき、フィルは半年後にどうなるかを度々口にしてセレストを翻弄し、心の準備をさせようとしている。

 少し前までなら、同じことを言われても照れる程度で済んでいた。

 セレストはフィルに顔を見られたくなくて、また彼の背中に隠れる。


「そ……そう言えば、クロフト大尉とセレストは来週から炎の谷へ魔獣討伐だったな?」


 気まずいのはフィルも一緒だったようで、あからさまに話題を逸らす。


「さようです、閣下」


 炎の谷は、都から二日の距離にある魔獣の生息域だ。

 あまり木々の生えない特徴的な赤茶けた大地からそんな名前で呼ばれている。そして火属性の魔獣が多く生息することでも知られている。

 この場所は、夏になると魔獣が活性化する傾向にある。そのため春のうちに一定数の駆除を行うのが望ましいとされている。

 クロフトは、その遠征の責任者という立場だ。セレストにとっては小隊長になってから初の大規模な魔獣討伐となる。


「あそこは大型の魔獣が出る可能性は低いから、半分訓練を兼ねているわけだし、危険性は少ないとわかっている。だが……セレストのことを頼む」


 この発言にはクロフトも苦笑いを浮かべている。


 気温が高くなる前の今の時期、炎の谷に生息する魔獣は下級か中級かといったところだ。

 星獣使いが赴いて討伐をするほどの危険な場所ではない。

 遠征の主な目的は実戦を含んだ訓練だった。

 一度目の世界でもこの時期に遠征が行われていた。セレストは参加していないが、例年どおり被害を出さずに終えているはずだ。


 自然現象や魔獣の発生については、一度目の世界と二度目の世界に基本的な差はない。

 ただし、セレストたちが同じ時間に同じ行動をするわけではないから、油断は禁物だ。

 イクセタ領で遭遇した灰蛇のように、隠れ住むのが上手い魔獣が潜む場所に、セレストたちが近づいてしまうこともある。

 ここから先の半年、翼竜のような災害クラスの魔獣被害は発生しないはず。それでも慎重になるべきというのがフィルの結論だった。

 その考えは正しいと思うセレストだが、フィルの心配性は度を超している気もしていた。


「エインズワース中尉の戦闘における術は、星獣の力なくしても私よりも上ですが?」


「そうかもしれないが、まだ十七歳なんだ。どれだけ術に長けていても関係ない」


 当たり前の顔をして、平気で甘やかすのがフィルという人だ。

 十歳の頃から続く過保護はいまだに健在だった。しかも一応セレストの心が大人だと認識しているらしいのだからたちが悪い。


「フィル様はいつになったら私を認めてくださるのですか!?」


「術者としての君の力を信じることと、家族を心配することは矛盾なく成立する」


 一度目の世界のセレストは彼の家族ではなかった。二度目は家族だから何歳になっても過保護でいいと言いたいのだろうか。


(いいえ……。一度目の世界ではスーを私の護衛につけていたのだから、ずっと変わらないのよね)


 以前は他人だったから本人にも気づかれないように守っていて、今回は身内だから堂々と宣言しているだけだった。


「エインズワース中尉が閣下の直属であり続けるのが難しくなったのと同時期に、私を第一特務部隊に推薦なさったのは……?」


 クロフトが疑惑のまなざしで問いかける。フィルが将軍の権限を使い、セレストにとって都合がいい配置換えを実行したのではないかという疑問だ。


「無関係ではないよ。軍の内外での身分、優秀な部下を使う能力、さらに術者としての実力……無能で嫉妬深い者が上官では困るんだ」


「嫉妬は時々しますが」


「クロフト大尉は嫉妬した相手に正面から闘いを挑むことはあっても、嫌がらせをしようなんて考えないだろう?」


「それは当然でしょう」


 当然ではない者たちを、セレストはたくさん見てきた。生まれが平民ということになっているフィルはセレストよりもずっと、悪意のある嫉妬に晒されてきただろう。


「セレストを第一特務部隊に配属するために大尉を上官にしたが、セレストが俺の身内だろうが、他人だろうが、関係ない。星獣使いに指示を出し、必要とあらば守れる者が選ばれるのは当然だ。星獣使いは強いが、完璧な存在ではない。それでいて代替えの利かない貴重な存在なんだから」


 フィルは意外と冷静だった。

 星獣使いが失われたら、国や軍にとって痛手となる。一人が消えたらすぐに新しい星獣使いが現れるというものではないのだ。現役の星獣使いは対魔獣の重要な戦力であるのと同時に保護すべき人材というのが彼の考えだった。


 フィルは私的な理由だけでクロフトをセレストの上官に据えたわけではなかった。

 セレスト個人にとって都合のいい人物ではなく、星獣使いという厄介な部下を上手く扱える公正な人物だから――その理由ならばクロフトも納得するのだろう。


「将軍閣下のお考えはわかりました。……私は、己の任務を果たします」


 クロフトがめずらしく笑っていた。


(それでも、フィル様を守ってくれる人なんて、少なくとも軍の内部にはいなかったのだから、やっぱり私は甘やかされているのね……)


 きっとこれから先、新しく星獣使いが現れたら、フィルは同じようにその者を守ろうとするのだろう。自分と同じ苦労を後輩も味わえばいい――そんな発想にならないのがフィルという人だった。

 だから一度目の世界で師弟関係だった頃からずっと、セレストは彼を敬愛していたのだ。

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