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シュリンガム公爵邸では結婚披露のパーティーが行われている。
広い庭園にテーブルや椅子が設置してあって、豪華な料理が並べられている。公爵家と親交のある貴族たちが招かれていて、皆が楽しそうに過ごしていた。
広い庭園だから、星獣たちを実体化させて彼らにも結婚を祝ってもらった。
星獣の姿を目にするということは、ノディスィア王国の者たちにとって特別な機会だ。
参列者たちはすでにミモザの星神力に触れている。レグルスとスピカも姿を現したとあって、この結婚式は新郎新婦だけではなく、そこにいるすべての者にとって特別な日となるのだろう。
「レグルスって、家族以外の誰かが見ているとちょっと偉そうなんですよね」
「時々な。……思い出したように気高いライオンになるんだ。スピカも似たようなものだが」
レグルスは優しいライオンだ。よくフィルやセレストの枕になってくれる。ブラッシングが大好きで、遊ぶときは誰よりも真剣に遊ぶ――そんな性格だ。
そしてセレストから見たスピカは、真面目な甘えん坊だった。とても素直でセレストやフィルに対する好意をいつも全力で表現してくれる。
けれど今の二体は様子がだいぶ異なっている。
皆が注目しているのを察していて、スピカもレグルスも堂々とした強い星獣を演じている。
「そのうち我慢できなくなって走り回りそうです」
「どれくらい持つか……」
彼らをよく知っているセレストからすると、格好いい星獣だと思われたいという見栄のようなものが透けて見えるのがほほえましい。
ただ、実際の戦いとなるとレグルスとスピカが勇ましいのは事実である。日常での可愛らしさは、家族であるセレストとフィルが知っていればそれで十分だ。
「あ! クロフト大尉がいらっしゃいます」
クロフトは伯爵家の後継者で、シュリンガム公爵家とも家同士の付き合いがあるようだ。
そして、彼はセレストと同時期にフィルの副官から配置換えになっていた。
ノディスィア王国軍第一特務部隊の中隊長というのが今の彼の立場である。
この部隊は、魔獣討伐に特化し、術者とそれを補佐する者によって構成された、軍の花形と言える部隊だ。現在のセレストの所属も第一特務部隊だから、クロフトはセレストにとって直属の上官だ。
「すごいな。あんなに目つきが悪い男なのに、女性たちに囲まれているぞ。大人気だな」
挨拶すべき人だけれど、取り囲んでいる令嬢たちの必死さがすさまじく、到底近寄れる雰囲気ではなかった。
クロフトは三十歳を超えてもなお独身だった。伯爵家を継ぐ身だから、そろそろ真面目に結婚相手を探すはずだと思い込んで、猛アピールする女性があとを絶たない。
軍内部で女性から話しかけられると、「貴官と話す時間など、私にはない」などと言ってバッサリと切り捨てるのがいつもの彼だ。
けれど今日はシュリンガム公爵子息の結婚式だ。招待客が、ほかの招待客を泣かせるというような事件を起こすわけにはいかないだろうから、強く出られないのだろう。
しばらく二人でクロフトの様子を観察していると、彼もセレストたちの存在に気がついた。
「な、なぜか私がにらまれています」
氷結のクロフトという二つ名に恥じない、にらまれただけで凍ってしまいそうな視線をまっすぐセレストに向けてくる。
「部下なら上官を救え、って意味じゃないか? どうだ、セレスト……?」
「い、嫌ですよ……。あの中に入っていく勇気はないです」
「俺もだ」
セレストはクルッとクロフトに背を向けて、フィルとの会話で忙しいふりをした。
背中から冷気が漂っているような気がしたがあえて無視をする。
けれど意識はクロフトと女性たちの会話のほうに引かれてしまう。
軍の訓練の様子を見学したいとか、術を教えてほしいだとか、今後どこかの舞踏会に参加する予定はあるかとか、質問攻めにされている。
「……すまない、少し挨拶をすべき相手がいるからまた今度」
クロフトは女性たちの猛攻をそんな言葉でかわした。
嫌な予感がしたセレストが振り向くと、射殺さんばかりの鋭い目つきのまま、セレストのほうへ歩いてくる彼の姿があった。
冷たくあしらわれた女性たちの視線も痛い。
セレストは「挨拶をすべき相手」は自分ではないという主張をするために、フィルの背中に隠れた。
フィルは将軍だし、右目を眼帯で隠しているために知らない者には近寄りがたい印象を与えるようだ。
フィルとクロフトの会話に割り込もうとする猛者はおらず、クロフトの作戦は成功したみたいだった。
「エインズワース将軍閣下、お久しぶりです。……それから中尉、上官が敵に囲まれていたら、君は見捨てるのか?」
「あの方々は敵ではないはずです」
「いや、敵だ!」
セレストは頬を膨らませた。自分の人間関係くらい自分で管理してほしいというのが本音だ。クロフトの非難は筋違いにもほどがある。
「私もクロフト大尉が苦手にしている女性なんですが! 先ほど大尉を取り囲んでいた令嬢たちとそんなに年齢も変わりません」
「中尉はいいんだ。……互いに術者としての興味しかないから。第一、君は将軍閣下しか見ていないだろう?」
将軍閣下しか見ていない――その言葉を聞いた瞬間、カッとセレストの中にある羞恥心が爆ぜた。
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