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 軍の任務があるため、基本的には化粧をしないでいるセレストだが、この日は違った。

 ノディスィア王国では十七歳の令嬢は立派な淑女でなければならない。

 セレストは落ち着いたライラック色のドレスをまとい、薄く化粧を施して今日の儀式に臨む。髪を結い上げると、年齢より少し大人っぽい雰囲気になる。


「フィル様、いかかですか?」


 彼の隣にいても不自然ではない淑女になっているだろうか。セレストはこの日のために仕立てたドレスの裾をちょんと摘まんで、フィルに見せた。


「……あぁ。普段と……少しだけ違うな……」


「そうですね?」


 セレストは、首を傾げた。彼のほうこそ態度が違っている。フィルは「うちのセレストは可愛い!」という言葉を一切のためらいもなく言えてしまう人だった。時々、美人とか綺麗という言葉も使ってくれる。

 けれど、今日の彼からは賞賛の言葉が引き出せない。


(少しだけ顔が赤いから、フィル様も恥ずかしいのかしら?)


 なんだか、子供扱いされていないという意味になる気がした。

 そう自覚した瞬間、セレストのほうがもっと恥ずかしくなってしまった。

 今日のフィルは軍の礼装ではなく、紳士らしいフロックコートを着ている。フィルがほめてくれないから、セレストも彼への賞賛を言えないままだ。

 けれどこのくすぐったくてムズムズする感覚がこれ以上増したら困ってしまうため、二人は言葉少なく馬車へと乗り込んだ。


 向かった先は、これからドウェインとヴェネッサの結婚式が挙げられる予定の教会だった。厳かな雰囲気の堂内には、すでに参列者たちが集まっている。

 最前列には親族が座り、フィルとセレストはその後ろの席に案内された。


 シュリンガム公爵家の人々の様子がおかしいのは、彼らの背後にいてもすぐに察せられた。


「……どうか、ドウェインが花嫁より目立ちませんように、目立ちませんように」


 ドウェインの母――シュリンガム公爵夫人は、息子の幸せを願うより先に、息子のやらかしを心配している。

 セレストは思わずフィルと顔を見合わせた。


「大丈夫だ、ヴェネッサ殿は寛容だから」


 そう言って夫人を励ましたのは公爵だ。やらかさないからではなく、事件を起こしてもヴェネッサなら許してくれるという発想だ。


「それよりも、わけのわからない美学で結婚式を台無しにしませんように」


 続いてドウェインの兄も不安を口にした。今日の主役であるはずの花婿は身内からどれだけ信用されていないのだろうか。


「うむ……、『神への誓いなんていらないっ、愛しのネッサと私の心に誓うわ! それで十分よ』とか、言って高笑いしたらどうしようか?」


「あなた、怖いことを言わないで! 教会へのお布施を増やすことでごまかせないかしら?」


「それしかないな……」


 教会の中で堂々とそんな話をしてしまうところが、さすがにドウェインの血縁だとセレストは思った。


 やがて儀式のはじまりが告げられた。


 最初に姿を見せたのは花婿のドウェインだった。

 ドウェインは黒の衣装で、肩にミモザを載せていることと、やたらと美しいということ以外は極めて普通の花婿だった。

 自慢の長い髪はシンプルにまとめられていて、衣装も普段の彼と比べたら地味だ。とくに彼が黒い服をまとっているのがめずらしかった。


 しばらくすると扉が開き、スノー子爵に手を引かれたヴェネッサが入場してきた。

 ドレスは白で、デザインは露出の少ない古典的なものだった。

 繊細な総レースで無駄な部分が一切ないと思えるほど、ヴェネッサの身体に合っている。

 ヴェネッサが持っている凜とした雰囲気と相まって、ヴェールで顔を隠していても素敵な花嫁であることが伝わってくる。


(スノー子爵はお疲れみたい……)


 姿勢がよく上品かつ堂々と歩くヴェネッサと一緒だからこそ、スノー子爵の顔色の悪さがよく目立つ。

 彼はいつも不健康そうだった。十四歳の頃、星祭りの日に見かけたときもそうだったが、相変わらず国王からの無茶な命令に振り回されているのだろう。

 研究者というのが大変な仕事だと察せられた。


 やがてヴェネッサたちがドウェインの立つ場所に近づく。エスコート役が子爵からドウェインに代わった。


「綺麗……」


 ため息とともにそんな感想をこぼしたのは、セレストだけではなかった。

 ヴェールをかぶったままの姿でも、二人が理想的な新郎新婦だと感じられた。普段、華やかな服装を好むドウェインは、今日に限っては地味な色合いを選び、あえてヴェネッサの引き立て役に徹している。

 手を重ね、ゆっくりと祭壇まで歩く姿に皆が目を奪われている。

 やがて神官の導きにより誓約と指輪の交換が行われた。


 ヴェールがゆっくりとめくられて、ドウェインがヴェネッサの唇にキスをした。

 普段どおり自信ありげなドウェインに対し、ヴェネッサは顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。

 彼らはきっと今日ノディスィア王国で最も幸せな二人なのだろう。


 二人の様子をじっと見ているだけで、セレストは胸がギュッと詰まるような感覚になってしまった。感動して、二人の幸せを願い、まるで自分のことのように嬉しかった。


 儀式が終わると、突然ミモザが聖堂の天井に向けて舞い上がった。

 彼の周囲が輝きだし、ポン、ポン、と光りの花が生まれ、参列者へと降り注いだ。

 バラにガーベラ、ユリの花……きっとミモザが好きな花なのだろう。


「星獣の祝福なのか……?」


 誰かがつぶやいて、手を広げた。

 セレストも目の前に降ってきたバラの花を受け止めた。それは星神力の結晶でできていて、綿毛のような感触だった。触れたり地面に落ちると霧散してはかなく消えてしまう。


 きっとこの花に、癒やしの星獣ミモザが持っている傷を治す効果はない。

 けれど、人の心を癒やし、優しい気持ちにさせてくれる力があるのだと思えた。


 ミモザは今日の主役の二人にとくに大量の花を降らせる。

 しばらくするとまっすぐにセレストのほうへ向かってきた。


「ミ、ミモザ……。眩しいよ……。くすぐったい」


 新郎新婦と同じくらいの量の花をセレストに与えてくれた。


「……」


 声を発することのないミモザの精一杯の感謝なのだろう。

 セレストは眩しさを言い訳にして、少しだけ泣いてしまった。

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