6-5
その真実にたどり着いた瞬間、ジョザイアはそれまで哀れな人だと見下してきた父親と同じところまで堕ちた。
国王への憎しみが増す一方で、心の中で蔑んでいたあの男の思考が痛いほどよくわかった。
国王は、星獣使いになれなかったことで、自らの王位継承に誰かが異議を唱える前に先王を手にかけたのだ。
そうすることでシリウスが星の間に戻り、契約できるかもしれないと期待したのだろうか。
シリウスが消滅したとされる事件から三十年以上経っても「私が星獣使いになれなかったのは、ほかの星獣がシリウスに遠慮しているから」という妄想をしているくらいだから、きっとそうなのだろう。
フィルの父親はすでに亡くなったという。星獣は主人が亡くなるまで契約を違えることのない存在だ。だからフィルがシリウスの主人であることから考えても先王が今の時点で亡くなっていることは間違いがない。
するとシリウスは契約が終わっても星の間に戻らなかったということになる。
それは序列第一位の星獣が国を守護する立場を捨てた――現王家を見限ったということになるのだ。
「笑ってしまう。……私は大罪人の子で、シリウスに選ばれた正統なる王に、ありもしない優越感を抱いていたなんて……」
ジョザイアが彼より勝っている部分は、身分と従えている星獣の序列だけだった。
術者としての能力も、人望も、フィルのほうが優れている。フィルには、国民から愛された強き先王アーヴァインのように、兵を率い魔獣から皆を守る統率力がある。
すばらしい人格者だから、ほかの星獣使いはあんなにもフィルを慕っているのだ。
「王太子という地位も正統性も、星獣の序列すらすべて偽りだったなんて、……本当にどうしようもないな、私は……」
ジョザイアはセレストに淡い恋心を抱いていた。
未来の王妃にふさわしいと思っていた。
きっと彼女が王妃にふさわしいという見立ては間違っていない。ただ、未来の国王がジョザイアではなかったというだけだ。
このときから、彼女の心がフィルを選んでいることが、ジョザイアが生まれながらにして持っていた罪を証明するものに見えた。
澄んだ瞳に真相を見透かされることが恐ろしくなった。
好意以上の熱量を持つ憎しみが、ジョザイアの心を真っ黒に染めていった。
そんな頃、国王の行動を監視していたジョザイアは、恐ろしい研究が密かに進められている事実を知る。
(父上とスノー子爵が、星獣の主人を変更する術を研究しているだと……?)
スノー子爵という人物は、愛娘を失ってから人が変わってしまったらしい。
それまではただの研究者だったが、蘇生の術を研究し、膨大な星神力を持つ星獣ならば娘を生き返らせることができるかもしれないなどという妄想を抱くようになった。
眠っている星獣を起こす方法や、主人ではない者が星獣の力を行使する術を欲し、研究していた。
正統性を保つために星獣の力を必要としていた国王と、スノー子爵の利害は一致していたのだろう。
(私も変わったな……。真実を知る前の私ならば、父上を諫めただろうに……)
ジョザイアは、その研究を利用し積極的に罪を犯し続けることでしか王太子の地位を保てないと判断した。
生まれたときから間違っていたのだから、理想の道など歩めないのだ。
それからジョザイアはアルタイルを実体化させるのを一切やめた。想う人への気持ちすら真っ黒に染まって、半身であるアルタイルの気持ちも踏みにじっているのはあきらかだった。
実体化させたらアルタイルは絆を断ち切るかもしれない。――先に裏切っているのはジョザイアのほうだというのに、アルタイルに捨てられるのを恐れ、彼をあちらの世界に閉じ込めた。
(まずはセレスト殿で実験を……。そして私はシリウスを手に入れる)
セレストには、フィルから星獣を奪う邪法の被験者となってもらうことにした。
ジョザイアの中にある彼女への思慕は少しも損なわれていない。だからこそ、フィルを慕うまなざしを横から眺めていることに耐えられなくなったのだ。
ミュリエル・ゴールディングをもう一人の被験者にしたのは、セレストの血縁だからという理由だ。血の繋がりのある者同士のほうが星神力が似る傾向にあるため、成功の可能性が高まるというのがスノー子爵の見立てだった。
それは叔父と甥という関係であるフィルとジョザイアにも言えることだから、被験者として彼女たちは最適だった。
そして、ミュリエルはその精神もまごうことなく
いとこに劣等感を抱き、理由を捏造してでも自分のほうが上だと証明したがる。国王、そして今のジョザイアと似た者同士で、王家に迎え入れるのにぴったりな人材だった。
けれど実験は失敗に終わった。
書き換えたと思っていた絆は完全には断たれていなかったらしい。
スピカの中に本当の絆と偽りの絆が存在し、混乱したスピカの星神力が暴走した。
ジョザイアの意識は、圧倒的なスピカの力にかき消された。
イクセタ領の森の中で、ジョザイアは一度目の世界を振り返っていた。
傍らにはアルタイルがいる。二度目のこの世界で、ジョザイアは捕らえた魔獣を使ってフィルとセレストを攻撃しているが、それでもアルタイルはジョザイアに従い続けている。
彼の真意は不明だが、二度目の世界ではセレストに近づきたがって、しきりになにかを訴えていたからジョザイアの行動を認めているわけではないのだろう。
「まったく、ずるいよね……。将軍もセレスト殿もシュリンガム公爵子息も……、それからスノー子爵も……。そう思うだろう?」
「キュゥゥ……」
アルタイルの鳴き声は肯定なのか否定なのかわかりづらい。
二度目の世界では、今のところすべてがセレストたちに都合よく動いている。
セレストは侯爵家の支配から逃れ、フィルは爵位と一度目の世界以上の名声を得た。そしてドウェインは婚約者を失わずに幸せそうにしている。
そんな中でジョザイアが最も理不尽だと感じるのがスノー子爵の変化だ。
スノー子爵は一度目の世界であらゆる悪事に手を染めたというのに、二度目の世界ではそれらをすっかり忘れて邪法を研究する気配はない。
怪しい研究に手を染めたきっかけは愛娘の死だった。この世界ではセレストの介入によりヴェネッサ・スノーが死亡しなかったから研究する必要がないのだ。
悪人だった過去を綺麗に忘れ、それに伴い罪の意識もなくなっている。
邪法を研究して成し遂げたかった愛娘の蘇生が、図らずもスピカによって叶えられた。
「本当に理不尽な世界だ……。だけど、アルタイル。あちらが私を侮って、あと三年半なにもしないと思っていたら……まだ私にもすべてを手に入れる機会はある」
ジョザイアにとって二度目の世界は覚醒したときからすでに不利だった。
一度目の世界より、セレストとフィルの絆が強固なものになっているし、法的にも夫婦となってしまった。今のところ白い結婚のはずだが、それはおそらく彼女が大人になるまでのあいだだけだろう。
フィルの誠実さと幼妻への過保護は有名だし、セレストのほうも彼を慕っていることを一切隠していない。
フィルが遠慮し、セレストも無自覚だった一度目の世界とは大違いだ。
王家の意向で今のあの二人を無理矢理引き離せば、国王の周辺に群がる腐った貴族以外のすべての者が、反感を持つ。
そんなことをすれば恥知らずの暴君だと自ら認めるようなものだった。
おそらくフィルは理不尽な命令を出させないために、貴族たちの前で仲のよさを見せつける行動をしているのだろう。
そして彼らの社会的地位も以前より高い。公爵子息のドウェインも婚約者の恩人であるセレストのためならば助力を惜しまない。さらに、今回の翼竜討伐の実績でまた二人の評判があがるはずだ。
一方ジョザイアのほうは、一度目の世界で使った術が欠陥品だと判明しているし、協力者だったスノー子爵もこの世界では味方にはならない。
あの世界で願ったことのほとんどが遠ざかっていた。
「それにしても記憶が戻る条件は結局なんだったのだろうか? スピカの星神力に触れることが決定打だというのはわかっている。……セレスト殿より高位の星獣を従えていた者か、それとも彼女を愛していた者か……そのどちらも、私と将軍に当てはまる」
「キュゥ……」
「アルタイルも知らなかったんだね? スピカの星神力に触れることが条件の一つだと知っていたならば、君はセレスト殿に近づかなかったはずだ」
アルタイルの真意は不明のままだが、少なくとも星獣を傷つける行為に喜んで加担するはずもない。ジョザイアの記憶が戻ったのはアルタイルにとって予想外だったはず。
「キュ」
「もしあのまま思い出さずにいたら、一度目の世界とは違う選択ができたのだろうか?」
「キュ……」
ジョザイアはそんな可能性を想像した。
すでにそれぞれの立場が違うから、彼女が一人で任務に出かけたあのときと同じ状況にはなり得なかった。そうしたら、ジョザイアはシリウスの存在やフィルの血筋を知らずにいられたかもしれない。
結果、自分の正統性を見失わず、理想の王太子でいられたのだろうか。けれど、すべてが手遅れだ。
「……思い出してしまった以上、私は立ち止まれないんだ。けれど今はまだ、あなたたちに平穏を与えよう……」
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