6-2
あの日。散歩を兼ねてそのあたりの見回りをしているはずのアルタイルが、なかなか戻ってこなかった。ジョザイアはアルタイルを探すため、彼の気配を辿り、星の間に近づいた。
(アルタイル……、セレスト殿と一緒だったのか?)
めずらしい銀髪と、寄り添うハリネズミのせいで、後ろ姿だけでもすぐに彼女だとわかる。
水色のドレスで着飾っている十四歳のセレストは、ぐんと大人びた印象になっていて綺麗だった。
彼女に声をかけようとした瞬間、不愉快な国王の声が聞こえた。
国王は自分が星獣使いでないことに劣等感を抱いている。
星獣に選ばれなかったのは、本来彼の星獣になるはずだったシリウスがいないためだと主張していた。行方不明とされているがシリウスは実質的には消滅したと見なされている。それでも国王は、ほかの星獣たちがシリウスに遠慮しているなどという主張をし続ける。
ジョザイアに対しても、「なぜリギルの主人になれなかったのだ? 今後、王族より序列が上の星獣使いが現れたら、おまえはどう責任を取る!?」などと、無茶苦茶な主張を繰り返していた。
くだらない陰謀を巡らし、貴族たちを腐らせて、腐臭が漂う鎖で縛りつけ裏切らないようにすることでしか自分の地位を保てない哀れな人だ。
けれど、その王位はいずれジョザイアのものになる。
朽ちた玉座に座るのはご免だから、どれだけ疎まれようが国王を諫めるのは王太子の役割だと自負していた。
「父上、子爵が困っていますよ」
セレストに立ち聞きされているとわかっていたが、ジョザイアは国王の近くまで歩み出た。
「事の深刻さを理解していない者が口出しなどするな! もし今後、王族以外の者にリギルが奪われたらどうなると思う? 王家は権威を失うのだぞ」
スノー子爵も不幸な人だった。
星獣に関する知識を持っているために、国王の実現不可能な願いを真面目に聞かなければならないのだから。
星獣使いのジョザイアにはわかっていた。
リギルもアンタレスも、この男のものにはならない、と。
「ここで騒ぎ立てることのほうがよほど権威を失う結果に繋がるでしょう」
「なんだとっ! そもそもお前が序列三位に甘んじておるせいで――」
「父上」
わずかに漏れ出た星神力を感じ取ったのか、国王は押し黙った。
「星獣とその主人の絆を理解できるのは、同じ星獣使いだけです。……アルタイルを愚弄するのなら、私とてなにをしてしまうかわかりません」
「ジョザイア……おまえは……っ」
「さあ、もうすぐ舞踏会がはじまりますよ。父上は国王としての役割に専念していただきたい。……それこそ、王家の権威を守るために……ねぇ?」
国王は小心者だった。納得のいかない様子だったし、諦めてもいないが、スノー子爵を連れて星の間から遠ざかっていった。
彼らの姿が完全に消えたところで、ジョザイアはアルタイルとセレストたちが隠れている壁のほうへ視線を向けた。
「アルタイル、そこにいるね? 出ておいで。……それから、隠れている君も」
ガサゴソと音がして、水色のドレスの少女とハリネズミ、そして大鷲が姿を現す。
「王太子殿下、お久しぶりでございます」
公式行事で見かけるたび、ジョザイアは彼女を目で追っていた気がする。
けれど言葉を交わすのは久しぶりだった。
「隠れていたのはセレスト殿だったのか……。アルタイルは城内の見回り中だったはずだが、どうして君が一緒に?」
もちろん、彼女が物陰に潜んでいたことなど、ジョザイアは最初からわかっていた。その目的を探るために、ジョザイアはあえて今気がついたふりをして彼女の様子をうかがった。
密かに観察して彼女の反応を見たかったのだ。
「アルタイルに誘われました」
アルタイルは本来、主人以外に心を許さない気高き星獣だ。
けれどなぜかセレストが星獣使いに選ばれる前から、アルタイルは彼女を気にかけている。
アルタイルに誘われたというのは嘘ではないのだろう。
「そう。やはり君は星獣に好かれているんだね。……それにしても今日のドレス大人っぽくて素敵だ。少し早めの社交界デビューおめでとう」
「ありがとうございます」
はにかんでほほえむが、その表情はぎこちなく、あまり嬉しそうではなかった。
また正体不明の既視感に襲われて、ジョザイアの胸がチクリと痛む。
「なぜそんな顔をしているんだろう?」
「フィル様に……ちゃんと見せていなかったのです」
「あぁ、一番に見せてほめてもらいたかったんだ。それはすまないことをした。君って軍でも真面目に職務に励んでいるみたいだし、実年齢よりもしっかり者だと思っていたけれど、年相応な部分もあるんだね」
「……そう、かもしれません」
もじもじと恥ずかしそうに小声で認める姿はじつに健気だ。
政略結婚とはいえ、セレストがフィルを慕っているのはあきらかで、フィルのほうも彼女を大切にしている。
彼女が成人を迎えれば、きっと仲のよい夫婦になるのだろう。
政治的な駒として利用された二人が、国王やゴールディング侯爵の思惑とは真逆の方向に動き幸せを掴むのであれば、ジョザイアとしても願ったり叶ったりのはず。
理想的な王太子ならば、そう思わなければならないはずだった。
それなのに、また胸の中が不快感で埋め尽くされていく。ついには、胸がチクリと痛むという可愛らしい感情など通り越して、黒く染まっていく気がした。
「ところで父上とスノー子爵の話を聞いていたんだろう?」
「聞こえてしまいました……ですが……」
「ここは立ち入り禁止の場所ではないから、咎めているわけじゃない。恥ずかしいところを見せてしまったね。……あの人は星獣使いに猛烈な劣等感を抱いているんだ」
「星獣使いとしてはとても残念に思います」
目上の者に対するお手本のような反応だった。ジョザイアには一切心を開いていないのがよくわかる。
「だろうね。……父上は星獣に選ばれなかったことを何十年経っても認められない、悲しい人なんだ。気をつけて……今はいいけれど、君とエインズワース将軍はいずれ引き離されるよ」
セレストが取り繕うのをやめ、わかりやすい不快感を表情に出しはじめた。
「結婚をお命じになったのは国王陛下です。国王陛下が御自ら出された命令を撤回されるはずはないと私は信じております」
「立派な国王ならね」
どうしてまだ十四歳の少女にこんな話をしてしまうのか、ジョザイアは自分の心がよくわからなくなっていった。
「王太子殿下は、どうなさりたいのですか?」
「以前も言ったはず。……君の意思は無視したくない」
「それを聞いて安心いたしました。私がフィル様と離れたいと思うことは絶対にありません」
「そう……」
「もうすぐ舞踏会がはじまりますね。私はこれで失礼いたします」
セレストは綺麗なお辞儀をしたあとに、ジョザイアに背を向け立ち去ろうとする。慣れないドレスのせいだろうか、数歩進んだところで体がよろめいた。
「キャッ!」
「危ない」
「ピィ!」
その瞬間、スピカの星神力が辺りを包み込んだ。気がつけば、セレストの足元にだけ柔らかな雪が積もっていた。
「スピカありがとう! 優しいね」
「ピィピィ!」
スピカの星神力を感じ取ったほんの数秒のあいだに、ジョザイアの頭の中にとてつもない量の記憶が入り込んできた。
「……私が支えるまでもなかったね」
かろうじて言葉を発することができたジョザイアだが、意識のほとんどはここではない別の場所に飛んでいた。今より大人びたセレストの幻影がはっきりと見えた。
「お見苦しいところをお見せいたしました。今度こそ失礼いたします」
セレストが立ち去る様子を眺めながら、ジョザイアは爆ぜそうなほど激しい鼓動を刻む心臓のあたりに手をあてて、上着の布地を強く握りしめた。
「あぁ……そうだった。この胸の苦しみは、今の私のものではなかった。一度目の私……あの子がもっと大人になってから知る感情だったのか」
ようやく納得がいったとき、胸を満たしていたのはどうにもならない「絶望」という狂気に似た感情だった。
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