6-1 ジョザイア・ノディスィア

 ジョザイアは気配を消す術を使いながら、灰蛇に襲われた者たちを観察していた。


「……フィル様……ごめんなさい……ごめんなさい。戦いが終わったと思って、いいえ、敵の全容がわかっていると思って油断しました……」


「いい子だから、落ち着いて……大丈夫だ……。油断したのは俺も……くっ……」


 互いを気遣う二人の様子にいらだち、ジョザイアは柄にもなく舌打ちをしてしまった。


(油断か……。やはりあの二人も……)


 研究のために捕らえておいた灰蛇を密かに放ったのはジョザイアだ。

 もちろん星獣使いを簡単に殺せるとは思っていないし、この世界でのセレストにはまだ可能性・・・があるから死んでほしくはなかった。

 あえて砦の付近に罠を張っておいたのは、どちらかが毒にやられた場合に、すぐに応急処置が可能だと考えたからだ。


 今回の目的は、二人の――とくにフィルの記憶がどうなっているのかを探ることだ。


(私と同じように……いいや、それよりずっと前に将軍も記憶を取り戻していたんだね)


 都合のいい時期にあの二人が休暇を取得し領地へ向かった事実だけで、ほとんど確定していたようなものだった。

 翼竜や闇狼には適切に対処できていたくせに、一度目の世界ではいなかったはずの魔獣を出せば、彼らは途端に油断した。

 慎重なフィルの性格からすると、こんな行動はらしくない。


 過去、フォルシー山で偶然・・闇狼を討伐した事件の報告書によれば、セレストはフィルに無断で山へ向かったらしい。おそらくその時点ではセレストだけが記憶を持っていたのだろう。

 今回は、フィルのほうが積極的に動いている。この違いから推測すると、フィルはフォルシー山の事件以降のどこかで一度目の記憶を得たと言える。


(セレスト・エインズワース……いや、スピカにこんな力があるとは……)


 相当疲弊しているだろうに、必死にフィルを支えて砦のほうへ向かう頼りない背中を眺めながら、ジョザイアは自分の中に一度目の世界の記憶が蘇った経緯けいいを振り返る。



 セレストはかわいそうな少女だった。


 元々はエインズワース伯爵家の令嬢で、すばらしい星神力の持ち主だ。

 彼女自身は知らなかったかもしれないが、幼い頃からその片鱗を見せていて「エインズワース伯爵家の一人娘」の話題は大人たちの集まる社交の場で時々されていた。

 けれど、彼女の伯父はそれをおもしろく思わなかったのだろう。


 父を失い、侯爵家の養女となってからセレストの評判は一変する。家族を失ったショックでひきこもり、術の鍛錬も、教養を身につけることも放棄している怠惰な娘だと噂されるようになった。

 幼い頃に神童だともてはやされても、成長するにつれ凡庸になる例などいくらでもある。

 だから、ゴールディング侯爵が広める「ミュリエルに比べて勝る部分が一つもない、落ちこぼれの養女」という彼女の話は、侯爵家に引き取られてから一年も経たずに真実として広まっていった。


 けれど実際に彼女に会ってみると、そうではないことがわかる。


 軍の褒賞授与式で、彼女はまるでもののようにフィル・ヘーゼルダインに与えられようとしていた。

 それなりに正義感の強い自覚のあったジョザイアは、胸くそ悪い国王と侯爵のたくらみをあの場ではじめて知り、憤った。

 もちろん、フィルが断る前提で、彼の出世を阻むための茶番だということも察していた。


 二人が汚い者たちの思惑に反して婚姻を望んだのは予想外で、スカッとした心地になれた。

 同時に、夫婦としての関係が築けるはずのない年齢差のある結婚が哀れで、ジョザイアは彼女に同情したのだ。


 国王――父親の謀略を恥じたジョザイアは、式典のあとセレストの姿を探した。

 言葉を交わすと、彼女は緊張からかジョザイアに対して警戒する素振りを見せたが、随分とフィルを頼りにしているようだった。

 彼女のまとう星神力は清らかで、繊細な見た目とは相反する力強さがあった。

 星獣使いの直感だろうか。ジョザイアはセレストが侯爵家の無能なお荷物だとはどうしても思えなかった。そして、フィルとのあいだにはすでになんらかの絆があるような気がした。


(もしかして、あの場で咄嗟に結婚を決めたわけではないのか? 父上や侯爵のくわだてを見抜いていた……?)


 フィルの友人にはシュリンガム公爵子息ドウェインがいる。政治、軍内部、その両方に影響力のある名門貴族の助力があれば、秘密裏に計画されていた陰謀を事前に知ることが可能だったのかもしれない。

 ジョザイアはそう結論づけた。


 この時期のジョザイアは、フィルを尊敬していたし、哀れなセレストには幸せになってもらいたいと本気で思っていたのに。変われば変わるものだ。


 ジョザイアが最初に小さな違和感を覚えたのは、セレストが星獣使いに選ばれた日だった。

 なぜか彼女が気になり、密かに尊敬していたはずのフィルに嫌悪感を抱くようになったのだ。


(私は父上とは違う。血筋など関係なしに星獣使いになった将軍を尊敬している! セレスト殿だって幸せそうだ……それなのに、この感情はなんだ?)


 十一歳のセレストと、二十三歳の誕生日を間近に控えていたフィルのあいだには、恋愛感情など存在しないはずだった。もちろんジョザイアにとっても彼女は幼くて対象外だ。

 けれど彼女が「フィル様、フィル様」と好意と信頼を隠さない態度を見せるたびに、ジョザイアの胸の奥が疼いた。


(彼女が星獣に愛されている特別な子だから欲しているのか? それとも、疎外感だろうか? ……同じ星獣使いで私だけ、距離感が違うから)


 保護者としてであってもフィルがセレストをこのうえなく大切にしているのはあきらかだ。

 ドウェインとその婚約者であるスノー子爵令嬢の二人も、セレストを妹のように可愛がっている。

 王太子というだけで、ジョザイアはほかの星獣使いと気安い関係にはなれなかった。


 うらやましいのだろうか。

 理想的な次期国王であるためには、それくらい我慢しなければならない。

 ジョザイアはそうやって、時々違和感や胸の痛みを感じつつ、無理矢理自分を納得させ続けた。



 淀んだ感情の正体がなんだったのか知ったのは、星祭りの日だった。

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