3-5

 宿に戻ってしばらく休み、日が沈んだ頃、セレストとフィルは傭兵団の男たちと一緒に夕食を食べた。

 傭兵団の団員は全部で十人だから合計十二人のはずなのに、なぜかあらかじめ注文していた料理は三十人前だった。

 こんなに食べて、大量の酒を飲んで、明日に支障が出ないかセレストは心配になったが、マクシミリアンは「これこそワシらの規則正しい生活だ! 栄養がないと戦には臨めん」と豪快に笑っていた。

 傭兵団の団員は常に明るく、楽しそうだった。


 食事が終わると作戦会議だ。


 敵がどんな存在かを知らないとマクシミリアンたちの危険が増してしまう。だから、フィルはセレストの未来視だとは言わないまま、戦闘に必要な情報を彼らに開示した。

 翼竜が高確率で現れることをなぜ予見できたのかは詳しく話せない。

 星獣使いに備わる力であること、そしてこの力の存在は王家にすら秘密にしている――という内容だけで終わらせる。

 フィルが主体となって説明をしたのは、魔獣の出現予測がセレストの力であるという事実を明確にしないためかもしれない。

 マクシミリアンをはじめ傭兵団の仲間たちは依頼主の秘密を守ることや必要以上に詮索しないこともプロフェッショナルの流儀だとして、深く追及しないでくれた。

 これはフィルとマクシミリアンのあいだに完璧な信頼関係が成立しているからこそ許されるのだろう。


「要するにワシらは明日、対トカゲに最適な武器を持参して砦に乗り込めばいいわけだ。腕が鳴るわい」


 マクシミリアンはそう言って、自慢の力こぶを披露した。


「トカゲは何年ぶりだったかな。エインズワース領のときはフィル坊に手柄を取られてしまったから、それ以前の……たしか三十年くらい前だったか? あの頃は古参の団員は正規の軍人だったなぁ。懐かしい」


「軍か……。二人ともよくあんな窮屈な場所にいられるものだな。星神力! 星神力! 強さの基準はそればっかり」


 団員たちがそれぞれつぶやいた。

 灰色傭兵団に所属する男たちは、軍人だった者も多い。いろいろな事情で退役したのだが、一番多い理由が、術を使えない者を見下す風潮なのだと察せられた。

 傭兵団の団員たちは、術を使う者もいるが、簡単なものに限られる。マクシミリアンを筆頭に、ほとんどの者が肉体的な戦闘能力を武器に魔獣と戦っている。


 軍での強さの基準は、どれだけ術をうまく使って戦えるかというもので、かなり偏っている。

 しかも、いくら強くても名のある術者の家系でない者は正当な評価をされない。

 平民の一般兵から星獣使いの将軍にまで上り詰めたフィルは、おそらくそのことを一番感じているはずだ。

 セレストも常に危うい立場にあり続けるフィルの姿を間近で見て、少しだけわかっているつもりだった。


「ところでフィルよ。なにゆえこのようなか弱き少女を危険な場所に連れてきたのだ?」


 マクシミリアンがセレストのほうに視線をやりながら問いかける。


「戦力として必要だからだ」


 迷うことのない言葉は、セレストにとって嬉しいものだった。セレストはフィルを巻き込んでいるという自覚があるからこそ、進んで戦場に出なければならないし、彼に守られるだけの存在にはなりたくないのだ。


「しかしな……」


「俺だってセレストと同じ年の頃には、とっくにじいさんたちと一緒に戦っていたじゃないか」


「それはおまえの星神力が強すぎたせいだ。いずれ本人の望まぬかたちでその力を使わざるを得ない事態になったときに生き残るためにワシは……っ!」


 マクシミリアンがどんな思いで孫を戦いの場に連れていったのか、彼の様子から察せられた。

 そして術者として優秀なだけではなく、司令官としての采配ができるフィルの能力はマクシミリアンが育てたものなのだということもわかる。


「もちろんわかっているし、感謝している。……だが、セレストも俺と同じなんだ。戦いから逃げられない宿命を背負っている。じいさんは納得できないかもしれないが、これからも俺はセレストを戦場に連れていく」


 力強い宣言に、セレストは胸を打たれた。


「フィル坊、男前だなぁ……」


「よっ! さすがケツにハート型の痣のある男」


「や・め・ろ!」


 せっかくの格好いい宣言だったのに、傭兵団の男たちが茶化すため最後はドッという笑いで締めくくられた。

 それからしばらくして作戦会議が終わった頃、セレストとフィルは宿の食堂から離れ客室に戻った。

 フィルが定めた就寝時間を迎えたからだ。


 大人たちは、これからまだしばらく酒を飲むつもりのようだ。

 フィルもセレストが眠ってからマクシミリアンたちに再合流する予定だ。

 子供ではないのだから、寝かしつけのような行為はやめてほしいと思っていたセレストだが――。


「フィル様……あらゆる意味で眠れません」


 スピカを実体化させて毛布にくるまっても、まったく睡魔が襲ってこない。


「だろうな」


 伯爵邸でも一階で大人たちが酒を飲みながら盛り上がっている最中に、セレスト一人で眠ったことが何度もある。一人だけ子供扱いでいつも悔しい思いをしていたが、朝寝坊の常習犯のため文句は言えなかった。

 だから、宴会を途中退席し先に就寝することは納得しているのだが、この状況で眠るのはなかなか難しい。


「ガハハハッ! それでは鎖骨のくぼみにどれくらいチェリーの種が入るか勝負だ!」


「深さならワシの圧勝だ」


「いやいや、積み上げる技術力の勝負だからな」


 貸切だから問題にならないが、灰色傭兵団の男たちの声はよく響く。


「フィル様……食べものを粗末にせず、捨てる部分で勝負をするのはえらいと思うんです。でも、どれだけチェリーを食べたのかとか、その勝負になんの意味があるのか……とか……。なんかちょっと汚いとか……深く考えてしまうんです……」


「セレスト。じいさんたちの行動を深く考えてはだめだ。脳みそまですべて筋肉でできているんだから。それより……」


 フィルはセレストのベッドの端に腰を下ろして、手を伸ばしてきた。彼の手が触れたのはセレストの額のあたりだ。


(頭を撫でるのはやめるって……あれ……?)


 理由はよくわからないが、フィルは十一歳のときにセレストの頭を撫でるのをやめた。

 なぜ今夜に限ってそんなことをするのだろうか。


 彼の手が妙に温かく感じられた。ずっとそうしてくれたらよく眠れそうなくらい心地よくて、マクシミリアンたちの声が聞こえなくなる。

 それでようやく、フィルが精神を落ち着かせる類の術を使ったのだとわかった。


「こういう術は、ドウェインのほうが得意だろうけど俺にだってできるんだ。……おやすみセレスト、よい夢を……」


「フィルさ、ま……私……」


 フィルの顔をずっと見ていたいのに、だんだんと瞼が重くなって、眠気に抗えなくなっていく。フィルの星神力が自分の体に流れ込んでくる感覚はとにかく幸せで、眠るのがもったいないというのに。


「明日は君に背中を預ける。セレストの希望はなんでも叶うよ……。俺が、いいや……二人で叶えるんだ……」


(嬉しい……、フィル様と一緒なら……私はもっと強くなれる……)


 二人で・・・――普段は過保護なフィルがセレストを認める発言をしてくれたことが嬉しかった。

 伝えたい言葉がたくさんあるのに、そのどれも声にならないまま、セレストは眠りについた。

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