2-4
セレストが星獣使いとなった日、フィルとセレストの関係をうやむやにした張本人はジョザイアだ。だから、彼にだけは言われたくなかった。
「結婚をお命じになったのは国王陛下です。国王陛下が御自ら出された命令を撤回されるはずはないと私は信じております」
それはただの建前でなんの保証もないとわかっていたが、セレストは以前と同じ主張をして、引き離そうとたくらむ者を牽制するしか手立てがなかった。
「立派な国王ならね」
ジョザイアの言葉は明らかに国王が立派でないという意味だった。
「王太子殿下は、どうなさりたいのですか?」
気をつけろと彼は言うが、フィルもセレストも王命に逆らう力をほぼ持っていない。
助言をくれたということは、将来協力をしてくれるという意味だろうか。だったらセレストが星獣使いとなった日の会議で余計な言葉を言わないでほしかった。
「以前も言ったはず。……君の意思は無視したくない」
「それを聞いて安心いたしました。私がフィル様と離れたいと思うことは絶対にありません」
ジョザイアの言葉が本心かどうかわかるほど、セレストは彼のことを知らない。だから深く問い質すようなことはせず、話を終わらせようとした。
「そう……」
「もうすぐ舞踏会がはじまりますね。私はこれで失礼いたします」
セレストはドレスの裾をちょこんと摘まんで淑女の礼をしたあと、スピカと一緒にジョザイアに背を向けた。
ジョザイアの言葉にもやもやとするのは、きっとセレストがどれだけ望んでも、今のところフィルはセレストを女性として意識してくれないという焦りがあるせいだ。
どれだけフィルと離れたくないと願っても、セレストの想いは独りよがりのわがままでしかない。
心は成人しているつもりのセレストは、一度目の世界の十四歳のときには持っていなかったフィルへの強い恋心をはっきり自覚していた。
けれどフィルはただの保護者なのだ。
ジョザイアはセレストの意思を無視しないと言ってくれたが、婚姻の継続はフィルの心を蔑ろにしていないかという不安がセレストにはある。
セレストがフィルから離れたいと願う可能性はないが、いつまで経っても彼の被保護者にしかなれないのだとしたら、離れるべきとも思っている。
だからジョザイアの正論などもう聞きたくなくて逃げたのだ。
焦ったせいか早歩きで数歩進んだところでなにかに足を取られた。
「キャッ!」
「危ない」
「ピィ!」
セレストの体が光に包まれた。
スピカが一瞬で氷の結晶――つまり雪を大量に生成し、主人を守ったのだ。セレストが転んだ場所はふかふかの新雪が積もっていて、痛みもない。できたての雪はサッと払うだけで飛んでいき、溶けてドレスを濡らしてしまうこともなかった。
「スピカありがとう! 優しいね」
「ピィピィ!」
危うく大切なドレスを汚してしまうところだった。セレストは急いで立ち上がり雪を払った。
裾に注意しながら屈み、スピカの額のあたりを軽く撫でた。
「……私が支えるまでもなかったね」
ジョザイアがぼそりとつぶやいた。
「お見苦しいところをお見せいたしました。今度こそ失礼いたします」
焦って転ぶなど、立派な令嬢にあるまじき失態だ。セレストは気恥ずかしさもあって、俯いたままもう一度礼をして、慎重に歩き出した。
スピカが導くほうへ歩いていくと、レグルスを従えたフィルがまっすぐ向かってくるところだった。
「勝手にいなくなったらだめだろう」
フィルは怒っていなかった。手間のかかる子供だと少しあきれているのかもしれない。
「ごめんなさい。……じつはアルタイルが……」
「アルタイル?」
それからセレストは国王が抱える猛烈な劣等感を垣間見た件と、ジョザイアに出会ったことをフィルに告げた。フィルから「大丈夫だ」というひと言をもらわなければ、胸のざわつきが静まらないと思ったのだ。
「国王陛下のお考えはなんとなく察していたが、……王太子殿下が今のところそれに反発しているというのが意外だな」
フィルは冷静で、国王の真実を知って傷ついた様子はない。悲しいが、生まれが貴族ではないという理由で、嫉妬され蔑まれることには慣れているのだ。
「確かにそうですね」
一度目の世界で邪法を使いセレストからスピカを奪ったのはミュリエルだが、ジョザイアがミュリエルに従う道理はないのだから、むしろジョザイアが主犯でミュリエルが実行犯と考えるのが自然だ。
けれど先ほどのジョザイアは、国王の行動を冷めたまなざしで見つめていた。
ミュリエルや国王――星獣使いに対し嫉妬し、本来なら自分がその立場にあるべきだと思い込む驕りこそ、邪法を生み出すのではないだろうか。
ジョザイアの本音はわかりにくいが、少なくとも国王を軽蔑するジョザイアの態度が演技だとは思えなかった。
今の時点でジョザイアは彼らとは違う考えを持っている可能性は高い気がした。
「……あと数年で劇的な心情の変化に繋がるような出来事が起こるのだろうか。結局、王族が相手だとすべてが後手にまわるな」
未来を知っていたとしても、フィルもセレストも好き勝手に振る舞うことができない。
たとえばイクセタ領の魔獣被害を食い止めるために動こうとしても、「魔獣が町を襲う」という未来そのものは変えられない。魔獣の襲来があってから町の人々や砦の兵士たちが傷つかないように奮闘するのがやっとのはず。
死に戻って得た未来視の力は知っていることの一割も思いどおりにならず、もどかしい。
「アルタイルはなにか知っているのでしょうか? たとえばこの先、殿下に変化が訪れるとして、それを止めてほしいと思っている可能性はあるのでしょうか?」
「どうだろうか? 星獣は心優しい子が多いみたいだが主人への忠誠心は強い。……主人とほかの星獣たちが対立したときにどうなるのかは俺にもわからない」
スピカの主人をミュリエルに変更するという邪法が使われたことをアルタイルが覚えていたとして、それでも今の彼はジョザイアに従っている。
今後、主人の希望を無視してセレストやスピカに協力することなどあるのだろうか。
「そうですよね……」
久々にジョザイアと会話をしたが、邪法に繋がる情報は得られなかった。
「……ほら、もうすぐ舞踏会がはじまる。ファーストダンスを俺と踊るんだろう?」
フィルがそう言って、セレストの眉間のあたりを指先で弾いた。難しい顔をしているのを咎めているのだ。
「……はい。ずっと楽しみにしていたんです」
フィルはダンスが得意ではないらしい。一度目の世界でセレストは彼が誰かとダンスをしているところを一度も見たことがなかった。
二度目の世界では、今夜のために二人で練習を重ねてきた。
ただし、練習と本番は違う。この世界では、今回の舞踏会がどちらにとっても特別なものだった。
「言い忘れていたが、今夜の君はとても綺麗だ」
はにかんでいるような、困っているような表情でフィルはセレストをほめてくれる。
(不意打ちです! ……それに、十年待ってって言っていたのにっ!)
結婚が決まった日、変態疑惑が深まるという理由でセレストの外見をほめたくないと彼は言っていた。それなのに結局、彼は頻繁にセレストを賞賛する。「可愛い」という言葉なら、多少の耐性があるセレストだが、「綺麗」や「美しい」にはまだ慣れていない。
ほしい言葉をもらったのに、セレストはお礼すら言えずに真っ赤になってしまった。
「……クッ」
「笑わないでください!」
恥ずかしさが限界を超えると怒りたくなるのはどうしてだろうか。セレストは頬を膨らませながらも、差し出された手を取った。
それから二人はそれぞれ星獣の実体化を解いたあと、仲良く舞踏会の会場へと向かった。
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