3-5
舞踏会の会場には絢爛豪華な衣装を身にまとう人々が集まっていた。
「ドウェイン様、ヴェネッサさん」
軍の礼装のままのドウェインとラベンダー色のドレスに身を包んだヴェネッサの姿を見つけた。セレストはあくまで優雅な足取りを心がけながらそちらへ向かう。
「あらセレちゃん、今日も可愛いわね」
「ありがとうございます。……ドウェイン様とヴェネッサさんもとても仲よしなのが伝わってきます! 並んでいるところが素敵です」
ヴェネッサは眼鏡をかけておらず、うっすらと化粧をしていた。普段から知的な印象の彼女だが、今夜は一段と大人っぽい。
ドレスはドウェインの髪の色を濃くしたような色合いで、並び立ったときの調和を意識しているのだとわかる。
「そうでしょう? そうでしょう? ……フフッ。まぁ、当然ですけれど」
「なにを言って!? ドウェイン様が勝手に選んだドレスを無理矢理着せられているだけですから、べつに仲がいいとか悪いとか……関係ありません!」
自分の趣味ではないとヴェネッサはなぜか言い訳をする。本当は相思相愛だとセレストは知っているからただの照れ隠しにしか思えなかった。
「ネッサったら……、二人きりのときみたいに素直になって――」
「やめてください!」
ドウェインの言葉をヴェネッサが遮る。遮っただけで否定しないのだから、二人きりのときはもっと素直なのだろう。どうやら、人前でイチャイチャしたくないらしい。
「婚約者を困らせて喜ぶのは子供のすることだぞ……ドウェイン」
「おじさんくさいわね」
フィルは常識人として、婚約者に意地悪をするなと言いたいのだろう。
けれど、セレストからすると二人は本当にお似合いの婚約者同士だ。
それに比べ、自分たちはどうなのだろうかと急に自信がなくなる。
(私って結局、今何歳なのかしら?)
十八歳で死亡し、巻き戻った世界で四年生きている。すると精神的には二十二歳を超えているはず。二度目の世界で数年生きて気づいたのは、年齢に見合った扱いを受けたり、経験を積まないと心は成長しないのではないかという疑問だった。
一度目と二度目の人生を合算していいのなら、ドウェインとヴェネッサはセレストと同世代となる。けれど二人ともセレストのことを妹のように扱う。フィルほどではないにしても、セレストの近くにいる人たちは総じて世話焼き体質だ。だからつい甘えてしまい、見た目の年齢に心が引きずられている気がしていた。
もしセレストが二十二歳の立派な女性なら、パートナーと外見の釣り合いが取れないくらいで落ち込んだりはしないはずなのだから。
「そろそろ主役のお出ましだ」
フィルが視線を舞踏室の階段へと向ける。
広い舞踏室の正面には二階からメインホールの一階にかけて広がる扇状の階段がある。気がつけば、集まった者たちはそのあたりに注目していた。
もうすぐジョザイアとミュリエルが登場するのだろう。
会場内が静かになり、二階部分にある大きな扉が開かれた。
ミュリエルは新月の乙女のために仕立てられた白いドレスだが、装飾品が昼間とは変わっていた。光り輝くティアラやネックレスが美しい。彼女をエスコートするジョザイアもいかにも王子様という印象の正装だ。
お似合いの二人だと感じる一方で、セレストは二度目の世界が大きく変わったことを実感していた。
(……これがいいほうへの変化なら)
けれど階段をゆっくりと下りてくるミュリエルと目が合うと、彼女はあからさまな敵意をはらんだ視線を投げかけてきた。……彼女はまだ変わってくれない。
セレストは無意識にフィルの腕をギュッと掴んでいたことに気がつく。子供っぽい行動を反省し、慌てて距離を取ろうとするとフィルが言葉で引き留めた。
「パートナーは俺だからな」
今のセレストは、フィルの隣にいて、苦しいときや不安なときは彼に頼っていい立場なのだと彼は言いたいのだ。
「フィル様」
これはいいほうへの変化だ。
自分の力で必ずそうしてみせるとセレストは心に誓い、ジョザイアとミュリエルのファーストダンスを見守った。
一度目の世界では、セレストのほうが選ばれて、今のミュリエルと同じようにジョザイアにエスコートされたのだが……。
(私はあのとき……どんな気持ちだったっけ?)
一度目の世界の星祭り――セレストは自分が新月の乙女を務めることにより、ゴールディング侯爵家ではさらに居場所がなくなるとわかっていた。けれど王家からの打診を断る権利はなく、権力の板挟みになって逃げることすらできなくて苦しかった。
はじめての舞踏会なのに憂鬱な気分で、逃げ出したいとずっと感じていた。
(今はフィル様がそばにいてくれる……。それだけでこんなに心が落ち着くなんて不思議)
こっそりフィルの横顔を眺めていると、勘のいい彼はすぐに気がついて見つめ返してくる。
彼がほほえんでくれると、恥ずかしくて視線を逸らしたくなった。もっと見ていたいのに矛盾している。
やがてジョザイアとミュリエルのダンスが終わる。
未来の国王と新月の乙女を祝福し、惜しみない拍手が送られた。
二曲目はこの場に集まった貴族たちが自由に踊る。この舞踏会は、今まで年齢を理由に最低限の行事にしか出ていなかったセレストのお披露目を兼ねているから自然と注目が集まる。
「さて。楽しもうか」
フィルの堂々とした態度はきっと、貴族たちに付け入る隙を与えないためのもの。セレストも、再興したエインズワース伯爵家と自分自身、そしてフィルのために完璧な淑女でありたかった。
「はい、フィル様」
仲良く寄り添って舞踏室の中央まで歩み出る。
やがてワルツの演奏がはじまった。フィルはダンスが苦手だと言っていたが、それはただやる気と必要性がなかったというだけのこと。身体能力の高い彼だから、少し練習しただけでステップは覚えてしまうし、動きも軽やかだ。
セレストはターンをするたびに周囲からの視線を感じていた。
成り上がりの貴族を馬鹿にする者もいるかもしれないが、若い女性などはフィルに目を奪われている。言葉遣いは粗野な部分があるが、彼は強くて優しいし、姿勢がよくて仕草が美しい。
誰もが惹かれて当然だ、とセレストは思う。
同時に独占欲みたいなものに心が支配されていく。彼はセレストの夫だが、それは仮初めのもの。本当はただの保護者でしかない。
「セレスト、もっと笑って。……王族や貴族がいる場では、とくに夫婦らしく振る舞うんだ」
彼はセレストにしか聞こえない声でそうささやいた。
二人を引き離していい理由を与えないように夫婦らしく振る舞うというのは、スピカと再会して以降、ずっと心がけていることだった。
「は、……はい」
普段、屋敷で過ごしているときも、買い物へ行くときも、軍の訓練中でもフィルはとにかくセレストに甘い。二人の関係は演技などしなくても良好だ。
どちらかと言えば、普段のほうが演技と言えるだろう。保護者に対する好意は隠していないセレストだが、恋心はできるだけ隠している――つもりだ。
それを隠さないでいることが「夫婦らしく振る舞う演技」となるのだから、なんという皮肉だろうか。
「そうだ。それでいい」
フィルの笑顔に魅入られて、ただ赤くなっているだけだった。絶対にうまく笑えていないのに、ほめるのは少し意地が悪い。
「……早く大人になりたい」
隠しておいたほうがいい本音がついこぼれた。大人になりたいと願うのは、子供だという自覚があるからこそだ。背伸びをしたい年頃だと自分で宣言するのは恥ずかしい。
フィルは一瞬驚いて、また笑う。今の発言をしっかり聞いていたのだろう。
動揺のあまり、セレストはステップを間違えて、フィルの靴を思いっきり踏みつけた。
「……わ、ごめんなさい……」
「ハハッ」
彼はただ笑っているだけだった。
きっと背伸びをしたいセレストの心などお見通しなのだろう。だから余計に恥ずかしくなり、せっかく練習を重ねてきたというのにそのあとのダンスは上手く踊れなかった。
ダンスが終わるとドウェインから「見守っている者のほうが気恥ずかしくなるダンスだったわよ。ウフフッ」という感想をもらった。
(もう帰りたい……)
自業自得だが、二度目の世界でのはじめての舞踏会はとにかく心臓に負担がかかるものになってしまった。
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