第2部
1-1 十四歳になりました
星獣使いとなったセレストは、そのまま軍に所属することとなった。
消耗している今のスピカは、以前と同じような強大な力は使えない。だから、セレストがスピカを守らなければならないのだ。
積極的に術を学ぶためにも、正式な軍人になったほうがいいというのがフィルの判断だった。
「それに、軍内部に限定すれば俺が君を守ってやれるからな。いずれ戦うはずの相手が持つ権力を考えると全然足りないが」
守ってやれると彼は言うが、同時にセレストやスピカに対する責任を背負っている。
セレストは彼の覚悟に報いるために、立派な軍人になると誓った。
時は流れ、セレストは十四歳になった。
季節は冬の終わり。
セレストは、星獣使いの彼女専用としてあつらえた青い軍服に身を包み、今日も軍司令部での職務に励む。
「腹囲……三十五センチ。一ヶ月前より二センチも大きくなっているわ。えらいね、スピカ」
セレストはスピカの胴体に巻き尺をあてて計測をしていた。
「ピィ」
「三十五センチか。セレ……ではなくエインズワース少尉……次は体長を図ってくれ。そのあと体重も頼む」
将軍の執務机で計測した数値を書き込んでいるのはフィルだ。勤務時間中は上官と部下という関係だから呼び方にも気をつけているのだが、彼は時々間違えてしまう。
「了解いたしました。将軍閣下。じゃあ、スピカは針を立てないでいい子にしていてね!」
「ピ」
セレストは巻き尺をスピカに当て直し、今度は鼻先からお尻までの長さを計測する。賢く、普段は大人しいハリネズミだから作業はすぐに終わった。
最後にぴったりサイズのたらいに入れたスピカをはかりに載せれば計測は終了だ。
手乗りハリネズミだったスピカは、約三年半でかなり成長した。
体長は猫くらいで、丸々と太っている。あともう少しで、肩乗りハリネズミからも卒業せざるを得ないくらいずっしりとした重みがある。
そして、セレストの大切な職務の一つがスピカの回復に関する報告書の作成だ。今日はフィルに手伝ってもらいながら、月に一度の報告書を作っていた。
項目には体の大きさだけではなく、星獣として本来の能力がどれくらい戻ってきているかも記載する必要がある。
計測が終わったら実技のために司令部内の訓練場へ移動しなければならない。
「このあとは模擬戦闘だけど、スピカは頑張れそう?」
「ピィ!」
セレストが問いかけると、自信ありげな返事があった。
過去に、消滅寸前の星獣を回復させたという実例がないため、セレストはフィルやドウェインたちと相談し試行錯誤を繰り返しスピカを育てている。
弱った星獣を実際に育ててみて判明したのは、ただ星神力を与えるだけでは効果がないという事実だった。
例えば、赤ん坊に大量の食事を与えても背が伸びるわけではないし、そもそも食べきれない。
そして食事量を増やすだけでは肥満になるだけで強い子には育たない。
星獣も同じで、健康的な成長には運動が不可欠だった。
だからスピカも体の回復に合わせて少しずつ術を使い、星神力を循環させて成長を促している。以前のような凶悪な魔獣を一瞬で倒すほどの術を使うにはほど遠いが、スピカは確実に回復していた。
「将軍閣下。訓練場へ行く前にこちらの書類をご確認いただけますか?」
フィルに声をかけたのは、副官のマーティー・クロフト大尉だ。灰色の髪にブルーグレーの瞳をした二十八歳の青年で、氷結のクロフトという二つ名で呼ばれている。
二つ名の由来は、彼があまり感情を表に表さない冷たい印象の貴公子であることと、氷の術が得意であることが挙げられる。
いずれは伯爵家を継ぐ予定の貴族、そしてクールな美青年であるクロフトは、女性から絶大な人気がある。
過去、彼と同じ隊に女性が配属されたというだけで、その女性軍人がどこぞの令嬢から嫌がらせを受けたという事例があるほどだ。
本人は、職務上必要のない雑談には一切応じないという徹底ぶりで、異性に対して冷たい。
けれど世の令嬢たちは、そんな彼の蔑むような瞳で射貫かれたいなどと思うらしい。
(私は優しい人が好き……。フィル様みたいな)
現在セレストはクロフトの部下となっている。
フィルの副官がクロフトで、セレストは副官付という将軍を補佐するチームの一員だ。幸いにして年齢が若すぎるし、セレスト自身が既婚者であるから今のところクロフト関連でセレストが誰かから嫌がらせを受けたことはない。
「クロフト大尉。最近書類が多いな」
書類を受け取ったフィルが顔をしかめた。
魔獣被害などが発生すれば別だが、将軍職のフィルは剣を振るったり、術を使ったりすることよりもとにかく机仕事が多い。
そのため、副官のクロフトを筆頭に補佐する者がついているのだが、フィル自身は体を動かしているほうが好きなようだ。置かれた書類に目を通し、うんざりとしている。
「閣下がひと月も休暇を取られるからでしょう。その前に前倒しして片づけるべき案件が山ほどありますから」
「結婚して四年以上経つのに、一度も長期の休暇を取得していないし領地にも行っていないんだから許せ」
「私は閣下に許可を出す立場ではありません」
無表情でそう告げてから、クロフトは自分の執務机に戻った。
氷結のクロフトという二つ名に恥じない、じつに冷たい対応だった。
けれど彼は、成り上がり貴族のフィルだからそういう態度を取っているわけではなかった。
彼が嫌っている者はわかりやすい。うっとりして見つめてくる女性、暑苦しい同僚、恩着せがましい上司に対しとくに厳しく、フィルやセレストへの態度は「普通」だった。
(もうすぐ星祭り。それが終わったら旅に出るのね……)
星祭りとは、二十一体の星獣がこの国に降り立った伝説にあやかり、二月の新月の夜に行われる祭りのことだ。
その日は城内でいくつかの行事が予定されている。一つは星の間の前でこの国を守護している星獣たちへの感謝を捧げる儀式。翌日には国王主催の舞踏会が開かれる。
星獣使いであるセレストは儀式には必ず参加していたのだが、舞踏会は「子供だから」を理由にフィルから許可が下りず、これまで不参加だった。
ところが今回、王家からそろそろ二人揃って参加するようにというお達しがあったため、セレストも舞踏会へ行くことになった。
この舞踏会が、二度目の世界での社交界デビューとなる予定だ。
さらに、それらの行事が終わってからセレストたちは長期休暇を取得していた。
二人は貴重な星獣使いだから許可なく都から離れられなかったのだが、今回フィルが強く希望しようやく王家から認められたのだ。
現在、エインズワース伯爵領はモーリスの弟に領地の管理をすべて任せている。領地そのものにはまったく問題はないのだが、フィルは時間を作って一度は所領を訪れたいと望んでいた。
エインズワース伯爵領は、セレストにとって生まれ故郷であり、亡き両親が眠る地でもある。
六年ぶりの墓参りが叶うのだ。
ただし、今回休暇を取得した最大の理由は、それらとは別にあるのだが……。
「さてエインズワース少尉。それでは訓練場へ行こうか」
フィルが立ち上がり、セレストにも続くようにと促した。
「かしこまりました、閣下」
セレストが頭の中を整理しているあいだに、フィルが書類仕事を終えていたのだ。
まもなくスピカの能力を確認するための模擬戦闘がはじまる。
「ええっと……。今日は、同じ属性を得意とする者同士での戦いにおいて、星獣がどれくらい能力を発揮できるかの試験。対戦相手は……」
セレストは訓練場に着いてからパラパラと資料をめくり対戦相手の名を確認する。
あくまでスピカの回復を促すための訓練であるため、相手はフィルやドウェインが事前に決めている。けれど直前まで、セレストにだけ相手の名前は明かさないルールになっていた。
相手を知っていたら、事前に対策を練ってしまうからだ。
これはスピカの訓練というよりも、フィルから与えられたセレストに対する試練だ。
魔獣相手の実戦ならば、敵の能力や数を事前に把握するのが難しい。その場で敵の力を見極めて、有効な作戦を考えながら戦えというのだ。
普段は優しいフィルだが、星獣使いの師としてはかなり厳しい人だった。
そして、今回の対戦相手は――。
「私です。……星獣使いと手合わせできるなんて光栄ですよ。少尉」
普段、無表情なクロフトがわずかに口の端をつり上げた。
(な、なんだかとっても怖いんですけれど!)
はじめて彼の笑顔を見たセレストが抱いた感想は、「無表情のほうがまだまし」だった。
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