5-11

「いいだろう、シュリンガム公爵子息」


「許可を得て発言いたします。……序列第一位のシリウスの所在が不明となり二十五年。古い文献の中ではそれ以前にも多くの星獣が失われたと記されております。星獣は永遠に生きる存在ではありません」


 現在の序列が定められたときには八体の星獣がいた。序列一位のシリウスは、白銀の美しい毛並みを持つ大きな犬だったという。彼が先王とともに魔獣の討伐中に消息を絶ったのはたった二十五年前の出来事だ。

 シリウスは先王とともに力を使い果たし、消滅したというのが大方の予想だ。


「なにが言いたい?」


「現在のスピカは力の大半を失っている状況であり、セレスト・エインズワースは未熟な少女です。術者として、星獣使いとして、誰かが導き守らなければなりません」


 セレストがスピカの使い方を誤れば、スピカは消滅し、永遠に失われるとドウェインは警鐘を鳴らす。


「守護者としては、エインズワース将軍が適任だと言うのか?」


「そのとおりです、陛下」


 貴族たちは、隙あらば自分がセレストの後見人となり、星獣使いを抱える一族として力を得ようとしている。

 けれど弱ったスピカとセレストを迎え入れるのには、リスクが伴う。

 もしスピカをうまく扱えず、彼を消滅させてしまったらセレストが大罪人となる可能性がある。セレストと共に責任を取る覚悟があるのか――と、ドウェインは血縁関係を主張する者たちを牽制したのだ。


 その言葉を受けて次の発言をしたのはジョザイアだった。


「……今、すべてを決める必要はないはずですよ、父上。彼女はまだ幼いですし、エインズワース将軍は良識のある人物です。スピカがどのように回復していくのか見極めてからでも遅くはないのでは?」


「うむ……」


 ジョザイアが妥協案を提示し、国王は息子の案に頷いた。


(あ……、これってまずいかもしれない)


 セレストが気づいたくらいだ。フィルとドウェインもわずかに顔をしかめた。大人である彼らはすぐに動揺を隠し、なにも不満はないていを装う。



 今、すべてを決める必要はない――。



 一見すると、フィルやドウェインの主張を認めたような気がするが少し違う。

 ジョザイアは、いずれ別の人物がセレストの後見人を務める可能性があると匂わせているのだ。

 フィルは、二人の結婚は王命によるものだから前言撤回は不誠実だとしてこの場で王家の不介入を約束させようとしていた。

 そのために一番の障害となるゴールディング侯爵を黙らせ、セレストとフィルが仲のよい家族であると周囲に見せつけたのだ。


 ジョザイアは「良識」という言葉を持ち出して、フィルが保護者であり家族である事実を認めつつ、夫ではないと印象づけた。

 穿った見方をすれば、王命により二人は結婚したが、真の夫婦ではない。王命を忠実に実行していないのはエインズワース伯爵家のほうだ――だから、撤回もありうる。

 そんな含みを持たせていると、セレストは感じた。


 結局そのままジョザイアの意見に流されて、公の決定がされないまま現状維持という結論で緊急会議が終わってしまった。

 セレストたちは四人で議場を出て、馬車に乗るために回廊を歩く。


「最高の結果とは言えないが、絶対に譲れない部分は守れたな」


 フィルがそんな感想をこぼした。


「でもっ! これではまるで……」


 弱っているスピカと、未熟なセレストの子守をフィルに押しつけて、失敗したら断罪するつもりではないのだろうか。そして無事にセレストが立派な星獣使いになったら、フィルから引き離すつもりではないのか。

 そんな予想で怒りが込み上げてきた。


「セレスト殿」


 カツカツという足音を伴い、誰かが声をかけてきた。

 セレストが後ろを振り返ると、ジョザイアが早足でやってくるのが見えた。


「王太子殿下、どうなさったのですか?」


「星獣使いとして新しい仲間に挨拶をしたくて探していたんだ」


「光栄です、王太子殿下。まだ未熟な身ですが、一刻も早く立派な星獣使いとなれるよう努力を重ねて参ります」


 セレストはドレスの裾を少し摘まんで、アンナ仕込みの淑女の礼をした。セレストの心は十九歳だ。簡単に感情を読み取られるような子供とは違う。

 肩に乗ったままのスピカが「フシューッ」と鳴いた。これは警戒しているときの声だった。


「……嫌われてしまったかな?」


 ジョザイアが首を傾げ、困った顔をしている。


「人見知りをするのかも知れませんね」


「スピカではなく、君のことだ。……怒っている?」


「いいえ、めっそうもございません。ちょっと緊張しているだけです」


 感情を悟られないようにと意識しすぎて、無表情になってしまったのだろうか。セレストはにっこりと笑ってから、肩に乗るスピカの鼻に軽く触れた。

 怒ってはだめ――そんなふうに説得するつもりで。賢いハリネズミは怒りを鳴き声で表すのだけはやめてくれた。


「私は君とエインズワース将軍を無理矢理引き離そうとは考えていないから安心して。あの場で、反発する者を納得させるために必要だと判断しただけだ」


「本当ですか?」


「もちろん。ただ、君はまだ幼い。……エインズワース将軍は、君の保護者であって伴侶ではない。少なくとも今は間違いなくそうで、君の心は自由でいいんだよ」


 伴侶ではないという言葉を聞いた瞬間、セレストは耳まで真っ赤になった。怒りと羞恥心の半々だった。

 まだ十一歳のセレストは、あまりにも未熟でフィルにとって恋愛対象にはならない。そんなことは指摘されなくてもわかっていた。きっとジョザイアは、セレストがフィルに依存していることを見抜いている。


「お……お気遣い、ありがとうございます」


 セレストは聞き分けのいいふりをしながらも、無意識にフィルのマントを掴んでいた。これでは「幼い」というジョザイアの言葉は事実だと証明しているようなものだ。


「まずはスピカをよく休ませてやることだ。……これからよろしく頼む。セレスト殿」


「はい。私のほうこそ、どうぞよろしくご指導ください」


 最後に握手を交わし、ジョザイアは去っていった。


 ジョザイアに会うたび、セレストは自分ではどうしようもないくらいの不安に襲われる。

 二度目の世界のジョザイアには、今のところあやしい動きはないはずだ。

 彼は今日も、幼くして政略結婚を強要されたセレストに同情してあのように言っただけだ。セレストがフィルを頼りにしていることもわかっていて、無理に引き離すつもりはないとも宣言していた。

 言葉の意味をそのまま受け取れば、彼は誠実だ。

 それでもセレストは警戒していた。


「フィル様……」


 警戒するのはきっと間違っていない。けれど、相手の言動にいちいち動揺したり、相手に疑念を持たれたりという事態は避けねばならない。

 先ほどのセレストは、本音が見え隠れしてしまい、上手く立ち回れていなかった。


「心配ない。……なにも変わらないよ。もし変わるとしたならば、スピカが来てくれていい方向へ進むだけだ」


 こういうとき、フィルはいつもセレストの手を強く握ってくれる。


「帰ろう、セレスト……。今日はパーティーだから就寝時間を二時間遅くしてやってもいいぞ」


 午前中に儀式を行ってから、ずっと城にとどまっていていつの間にか夕方になっていた。

 昼の長い夏だから、わずかに空がオレンジ色に染まりはじめただけで、まだ外は十分に明るい。

 長時間の会議でセレストは疲れてしまい、お腹もすいていた。アンナが豪華な食事を作って待っていてくれる屋敷に早く帰りたかった。


「はい、帰りましょう。私たちの家へ」


 その夜、フィルや星獣たちだけではなく、ドウェインとヴェネッサ、使用人の二人も同じテーブルを囲んでセレストの誕生日会とスピカの歓迎会を行った。


 ジョザイアやミュリエル、そして邪法への対策はまだ見つかっていない。

 けれど、フィルとは家族になって、ドウェインとは以前よりも親しくなっている。

 一度目の世界では出会えなかった人たちも今のセレストを支えてくれる。だから、大丈夫だと思える。



 パーティーは夜遅くまで続いた。規則正しい生活に厳しいフィルが、いつもの就寝時間を守らなくていいと言ってくれたのに、セレストはいつの間にかソファで寝てしまった。


 フィルの肩にもたれ、膝の上にはスピカがいてくれる。皆の笑い声が心地よい。

 どうかずっとこのままで――。ささやかな願いを抱いて、セレストは幸せな夢を見ていた。

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