5-10
セレストがゴールディング侯爵家に戻される事態を回避するために、皆が動いてくれた。
そして今夜、城から戻ったら大好きな人や獣たちと一緒にパーティーをする。こんなに幸せな日があっていいのだろうかとセレストは感じた。すると目の奥が熱くなって、涙がこぼれてしまいそうになる。
「こら。まだ侯爵一人を撃退しただけで、本番はこれからだ。……泣くのは早い」
フィルはいつものようにセレストの頭に手を伸ばし――途中でハッとなって手を引っ込める。隙あらばレグルスやスー、そしてセレストを撫でるのは彼の癖だ。宣言どおり、セレストに対してはもうやらないつもりなのだろう。
「……フィル様?」
今日の彼はやはりどこかおかしい。
拒絶ではないことだけはわかるから、セレストは深く追及できないのだ。戸惑っているうちに外からノックがあり、部屋の移動を促された。
もう間もなく緊急の会議がはじまるのだ。
「行こうか」
「はい!」
セレストはお披露目する必要のあるスピカを実体化させ肩に乗せた。それから胸で拳をギュッと握り己を鼓舞した。これから向かうのは大人たちが言葉を武器に戦う戦場だ。
「セレストはあんまり気合いを入れないで、とりあえず俺にくっついていろ。保護者がいないとだめだという演技が必要だ」
フィルはセレストの手を取って、そばに引き寄せた。いつもセレストを守ってくれる大きな手だ。
「フィル様がいないと私はだめだから演技なんて必要ありません。……でも、常識が邪魔をして難しいです」
セレストは許されるのならフィルに甘えたいし、離れたくないと思っている。良心や常識の部分がそれではいけないと訴えて、しっかり者でいようと演技をしているのだ。
演技をやめたらフィルの望む弱い少女になれる。けれど、セレストにもプライドがあり、一方的に守ってもらいたいわけではないから、難しい。
強がりで負けず嫌いな部分もあるのだ。
案内された部屋は、城内にある議場だった。正面に背もたれの高い豪華な椅子が三脚ある。
それぞれ国王、王妃、王太子のために用意されているものだった。議場の中はすり鉢状の構造になっていて、集まった貴族たちが着席していた。
セレストたち四人は、最も玉座に近い場所に案内された。中央の玉座をまっすぐに見据える位置だ。
やがて侍従の合図で、国王の到着が告げられた。
貴族たちは立ち上がり低頭し、国王からの呼びかけを待つ。
「急な召集にもかかわらず、急ぎ登城してくれた忠臣たちに感謝を。……楽にしてくれたまえ」
許可が出たところで議場内にいる者たちが一斉に席に着いた。
どうやら王妃は参加しないようで、正面に座っているのは国王と王太子の二人だけだった。セレストがチラリと視線を向けると、ジョザイアは「やっぱりね」と小さく笑った。
最初に、スピカの現状について星獣に詳しい者たちが見解を述べた。
星の間を管理する神官、星獣使いであるジョザイアとドウェイン、そして星学研究の第一人者であるスノー子爵だ。
スノー子爵は、丸いメガネをかけた小柄な男性で、ヴェネッサの父親だ。
「……ええ。ですから、眠りにつく前になにか大がかりな力を使ったというのが可能性としては高いと考えられます」
それが研究者としての結論らしい。神官やドウェインも同じ意見だった。
「今回の契約時ではないと考える理由はなんだ?」
国王が問いかける。今回の契約――つまり、星獣の力を削いだ原因がセレストにあるかどうかが気になっているのだろう。
「はい。……本日、王太子殿下を筆頭とした星獣使いの皆様が城内にいらっしゃいました。もしも星獣の力のほとんどが削がれるような大がかりな術の発動があれば、星獣使いならば必ず感じ取れるはずです」
スノー子爵の回答にジョザイアが頷いた。
「父上、私はスピカの目覚めについては感じ取りましたが、それだけです。……星獣が消滅の危機に瀕するほどの術というのはもちろん経験しておりませんが、特別強力な術を使ったときにアルタイルを通してほかの星獣の気配を感じ取った経験はあります。共鳴という言葉がぴったりでしょう」
「ではやはり、こうなった原因は以前の主人か……」
スピカの力が大幅に失われたのは、星神力の使いすぎであること。そしてその現象が起こったのは以前の主人との契約時であること――専門家の見解は間違いではない。
ただし、彼らは以前の主人が誰であったかという部分だけ誤認している。当然だが、セレストはこの件を王家に報告する気はなかった。
結局、スピカについてはこれから多くの星神力を取り込んで回復を促すという結論になった。
星獣についての議題が片付くと、次はセレストの番だった。
「やはり、一つの家に星獣使いが二人というのは偏りがありすぎる。エインズワース将軍はどう考える?」
この議場には当然、セレストの伯父もいる。フィルやドウェインに脅されている伯父は積極的に姪を取り戻そうとはせず、黙ったままだ。
けれど、伯父が邪魔しなければセレストの希望が叶うということにはならない。
国王も力の集中を警戒していて、やんわりと二人を引き離す方向で進めたい様子だった。どう考える――という問いかけは、同意しろという命令に近い。
「恐れながら陛下。……私は陛下から賜ったこの縁を大切にし、ノディスィア王家に忠義を尽くしてまいりました。新たな力を得たことにより問題が生じると疑われるのは心外でございます」
フィルが言いたいのは、この国の貴族なら誰でも星獣に選ばれる可能性がある。にもかかわらず、星獣使いのフィルと儀式前のセレストの縁談を進めたのはそちらだ。反省するべきは考えなしの王家であって、そのせいでエインズワース伯爵家が不利益を被るのは理不尽すぎるというものだ。
これまでの忠義に褒賞を与えるのならともかく、なんの過失もなしに罰を与えるようなことが許されるはずもないという主張で応戦している。
「図々しいぞ!」
「貴族でもないくせに星獣を二体など……!」
背後から野次が浴びせられた。
フィルは声のした後方に視線を向ける。
「陛下から賜った私の地位を否定するおつもりなら、どうぞ正式なご発言を!」
フィルを貴族として認めないというのなら、その地位を与えた人物を否定したことになる。野次ではなく、名前と共に議事録に記録される覚悟があるのなら、許可を得て堂々と言えと彼は言う。
誰も応じる者はいなかった。
議論は続く。
伯父は沈黙を守っていたが、ゴールディング侯爵家以外にもセレストの親戚は思った以上に多くいた。エインズワース伯爵家が断絶したときはセレストに価値はないとしてほとんどの者が主張しなかったのに、星獣使いになった瞬間から態度を変える。
「ゴールディング侯爵家が引き取るというから譲ったが、本当は私もセレスト嬢を迎え入れる準備をしていた」
そんな主張をはじめる貴族が三人も現れて、フィルとの離縁を求めはじめた。
「陛下、私にも発言の許可をいただきたく」
そのとき声を上げたのはドウェインだった。
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