2-6
「とても素敵なお部屋です! ありがとうございますフィル様」
「まあ、あの男に聞いて言われたとおりにやっただけだが……」
あの男というのは、もう一人の星獣使いドウェインのことだ。なんだかんだと言いつつ、やはり仲がいいのだろう。
「あとは庭を見ていなかったな」
上ってきたばかりの階段を下りて、二人はサンルームから庭に出た。
まず目に飛び込んでくるのは立派なカエデの木だ。秋のこの時期は鮮やかな黄色の葉がついている。いくつかは地面に落ちていて、愛犬のスーが舞い落ちる葉を追いかけて遊んでいた。
「広くて日当たりがいいです。花壇は少しさびしいですから、これからなにか植えたいな。とてもいいお庭になりそうです」
売りに出されていた屋敷だから、庭の手入れまでは行き届いていないようだ。花壇に花はなく、代わりに雑草が育っていた。
花壇に好きな花を植えて、カエデの木の下にベンチを置く。そうしたら星獣たちと過ごすのにぴったりの場所になる。
「君の希望の一つだったから、気に入ってもらえてよかった。レグルスを紹介してもいいか?」
「ぜひお願いします」
「けっこう大きいから驚かないでくれ」
セレストの身に起こった不思議な現象について、フィルには未来視だと告げてある。
夢と現実は違うから、十歳の子供が本物のレグルスを見たら怖がるのではないかと、彼は心配してくれたのだろう。
セレストはレグルスの安定感のある大きな体も、少し硬めだが艶やかな毛の感触もよく覚えている。
フィルが息を吸い込んで一度目を閉じる。すぐに開かれた左目の瞳の色が一瞬炎のように揺らめいた。瞳から数センチ離れた場所に緋色の紋章が浮かんだ。緋色はレグルスを象徴する色だ。
しばらくすると地面に炎が揺らめいて大型のライオンが姿を表す。
立派な雄のライオンは、炎を操る星獣――レグルスだった。
レグルスは実体化した次の瞬間に、セレストに向かってくる。
「……きゃあ!」
前足で強く押され、セレストは尻もちをつき、倒れ込む。すかさずレグルスが大きな顔を寄せてきた。
「レグルスッ! なにをしているんだっ。セレストから離れ――えっ?」
焦ったフィルがレグルスを引き離そうとするが、途中で攻撃ではないと気がつく。レグルスは全力で尾っぽを振りながらセレストの頬を舐めまわしていたのだ。
「――ちょ、ちょっと。くすぐったいです……レグルス! ……スーまで……ふふっ、あははっ!」
僕も交ぜてほしいと言わんばかりに、スーまで参戦してくる。
(あれ……? この反応、もしかしてレグルスは私のことを覚えて……)
一度目の世界でもよくレグルスはセレストの顔を舐めていたが、出会ったばかりの頃は大人しかった。基本的には人見知りをする気質で、主人の命令なしには動かない。
打ち解けるのに一年くらいかかった記憶がある。そんなレグルスが、最初から以前と同じようにセレストを舐め回している。
しばらくされるがままになっていると、誰かの声が響いた。
「これは驚いたわ。星獣使いでもないのに、こんなに愛されているなんて。フィルが十歳の子供と結婚したって言うから変態になったのかと危惧していたのだけれど、将来有望じゃない!」
突然現れた独特なしゃべり方をする青年は、星獣ミモザの主人であるドウェインだった。
彼の肩のあたりには、葉っぱのドレスを着た
レグルスとスーも青年のほうへ向き直り、セレストはようやく解放された。
セレストは急いで立ち上がり、裾についた草や葉を払った。
「ごきげんよう。私はドウェイン・コーニーリアス・シュリンガム。シュリンガム公爵家の次男で星獣使いよ」
ドウェインは、十八歳。フィルと同じように軍に所属している星獣使いで階級は少佐だ。
薄紫色の長くまっすぐな髪は術を駆使し染めているという。瞳の色は濃い紫。軍人としては線が細く、驚くほどまつげが長い。性別がわかりづらいが、とにかく綺麗な人だった。
ファッションにこだわりがあり、彼の軍服はなぜかズボンがタイトだったりウエストのラインがすっきりしている。軍服の改造が許されるのも、彼が公爵子息で星獣使いだからだろう。
今日は軍服ではなく私服で、草色のフロックコートを着ている。
かなり変わった青年だが、とにかく美しいものが好きで、美しい自分が好きなのだと、一度目の世界で語っていた。
「はじめまして。セレスト……セレスト・エインズワースと申します」
生まれてからずっと名乗っていた姓ではあるものの、新しい姓を名乗るのはなんだか気恥ずかしかった。セレストは頬を赤くしながら挨拶をする。
「私のことは気軽に名前で呼んでちょうだい。私はあなたのことセレちゃんって呼んでもいいかしら?」
「そんなふざけた呼び方は許可できない!」
セレストが答える前に、フィルが割って入る。
「あのっ! 私はかまいません。むしろお友達になれたみたいで嬉しいです」
一度目の世界でも、セレストは彼からそう呼ばれていたのだ。フィルが兄でドウェインが姉――そんなふうに感じていた。出会う時期が変わってしまった二度目の世界でも、できることなら同じ関係でいたい。
「あら、私の話し方とか、その他諸々気にしないのねぇ」
「常識がない自覚があるのなら、改善しろ」
セレストは気にしないと言うつもりだったが、それより先に再びフィルが口を挟んだ。
「あなた、私の親か兄なのかしら? 本当にお堅くてつまらない男ね! ……というか、親にすら言われたことないわよ。ドウェインはそのままでいい、そのままで最高って言ってくれるわ」
「嘘をつけ。……あきらめただけじゃないのか?」
「どうだったかしら。覚えていないわ」
ドウェインはきょとんと首をかしげとぼける姿すら美しかった。セレストの記憶によれば、こういうごまかし方をする場合は間違いなく図星という意味だった。
「セレスト、いいか? とても面倒くさい男だから、ドウェインの話は真面目に聞いたらだめだぞ」
二人のやり取りが面白くて、セレストはつい笑ってしまった。
「なによ! 結婚祝いを贈ろうと思ってわざわざ来たのに」
そう言って、ドウェインは抱えていた箱を二人に押しつけてくる。
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