2-3
授与式のあと、フィルは約束どおりセレストを連れ出してくれた。
侯爵夫妻はかなり不満そうだったが、そもそも彼らのほうが国王の要請に従い養女の婚姻を進めたのだ。
もし文句があるのなら、それを言う相手は国王である。
表向きは「義娘をよろしく頼む」とだけ言って、セレストを送り出した。
城にはいくつもの庭園がある。フィルと訪れたのは、そのうちの一つ――大庭園だった。
季節は秋。秋咲きのバラが見頃だった。蔓の絡まるアーチをくぐりながら、色とりどりのバラを眺める。
フィルは油断すると歩調が速くなってしまうようだ。
十歳の子供としては平均的な身長のセレストだが、長身のフィルとは同じ速さでは歩けない。時々距離が開いてしまうと、彼が立ち止まり頬をポリポリと掻く。
子供の扱いには不慣れなのだ。
「ヘーゼルダイン様の礼装はとっても格好いいです。青いマントが似合っています」
一度目の人生では何度か見たことがあった。
セレストは正式な軍人ではなかったが、星獣使いとして軍に所属する者と一緒に過ごす機会が多かった。左肩にだけかかったマントは、礼装のときだけのもので、凜々しく華やかだ。
「そうか」
「そうか、……ではありません。私がほめたんですから、ヘーゼルダイン様も今日の私をほめてくださらないと」
セレストは頬を膨らませてから、ワンピースの裾を少しだけ持ち上げてみせた。もちろん冗談だが、真面目な青年は顔をしかめる。
「可愛いとは思うが、……変態疑惑が増しそうでものすごく嫌だ。あと十年待ってくれ」
「……残念ですが、承知いたしました」
セレストはフィルを困らせたいわけではないので素直に頷いた。
「これから忙しくなりそうだ。わからないことも多いから、領地のことや貴族としての職務については誰かに助力を請う必要があるだろうな」
軍人であるフィルは、長期間自領で暮らすことは無理だろう。しっかりとした領地管理人を雇い、その者に委ねる必要がある。人選を誤れば、領民の生活が苦しくなるし、フィルの立場も危うい。
貴族になり将軍職に就いたらそのぶん責任は増すのだ。
「私も、できる限りお手伝いいたします。……そうだ! ドウェイン・コーニーリアス・シュリンガム様を頼ってはいかがですか?」
子供のセレストでは役に立てない部分が多い。叙爵されたばかりのフィルには誰かの助けが必要だった。だからセレストはここにはいない星獣使いの名を出した。
「……はぁっ?」
フィルが顔をしかめる。それはセレストにとって意外な反応だった。
「シュリンガム公爵子息とはお知り合いですよね?」
ドウェインは現在十八歳で、癒やしの力を持つ星獣ミモザの主人だ。
一度目の人生でセレストがドウェインと関わるようになるのは、十一歳の儀式のあとだった。
星獣使い同士ならば必ず顔を合わせているから、この時期の二人はすでに知り合いのはずだ。
セレストの記憶では、フィルとドウェインは互いの悪口を言いながらも、信頼し合っているという様子だった。
よく一緒に飲みに行っていたようだから提案したのだ。
「なんで貴族としての常識を教わるのに、貴族の中で一番常識がない男を頼る必要があるんだ?」
ドウェインは、かなり風変わりな男性だった。だからこそ、貴族ではないのに星獣使いとなったフィルに対する偏見を持たず、対等な関係になれるのだ。
「私はまだシュリンガム公爵子息には会ったことがありませんが……」
「未来視か?」
ボソリ、と小さな声でつぶやく。
セレストは曖昧に頷いた。ドウェインが信頼に足る人物だと判断できる理由は一度目の人生を踏まえてのものだ。けれど、フィルが叙爵されたということそのものが一度目にはなかった出来事だ。ドウェインを頼るという選択が合っているのかどうかまでは、わからない。
「公爵子息は常識を知っていらっしゃって、やろうと思えば貴族の青年としての素晴らしい立ち居振る舞いができる方です。……ただ、わかっていて自分だけは守らなくても大丈夫だと思っていらっしゃるのかな、と」
「まぁ、一理あるかな……。ほかに当てもないし、あの男に借りを作るのは気に入らないが仕方がないか」
「やっぱり仲がいいんですね?」
「悪くはないが、仲がいいだなどと言いたくないな。……ものすごく手のかかる弟というかんじだろう」
「フフッ」
こういうのを悪友というのだろう。
「……それではまず、ゴールディング侯爵家への挨拶と今後の日程を決めて、そのあと引っ越しをしよう。どんな屋敷に住みたいか考えておいてくれ」
爵位を得る条件がセレストとの結婚だから、二人は書類上、すぐにでも夫婦になるはずだった。当然一緒に住むことになるのだろう。現在のフィルの家は貴族の邸宅としてはふさわしくないし、二人で住むには狭すぎる。
「できれば小さくてもいいからお庭のある家がいいです。きっと星獣たちが喜びます」
フィルの星獣レグルスも、九ヶ月後に会えるはずのスピカも、実体化すると大きいため、広々とした場所があったほうがいいとセレストは考えた。
「星獣ではなく、君の希望を聞いたんだ」
「うーん。それなら私のお部屋にバルコニーがあったらいいな。そこにお椅子を置いて星空を眺めるんです」
星神力は星々から大地に降り注ぐ力だという。それを人や星獣が取り込んで術として使うのだ。だから、術を使う者も、星獣使いも、星獣も、夜の空を見上げるのが好きだ。
セレストもそうだった。
フィルは満足そうに頷いて、なぜかセレストの頭を撫でた。
(このかんじ、久しぶりです……。温かい)
星獣使いになったばかりの頃はよくそうしてくれていたのに、十五歳を過ぎたあたりから急にしなくなった。セレストが成長し、子供扱いをやめたからだろう。
フィルは頼もしく、誰よりも優しい。彼にとってセレストは突然訪ねてきた見ず知らずの令嬢だ。彼に協力してもらえてよかったとセレストは思う。
和やかな雰囲気で見つめ合っていると、通路の向こう側に人影が見えた。
その人物は、豪華な衣装を身にまとった王子様。――十六歳の王太子ジョザイアだった。
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