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「おまえはただ、そこで大人しくしていて問われたことに『はい』と言えばいい。いいな? 貴族の娘として醜態は晒すなよ」


 伯父が小声でつぶやいた。


「はい」


 やがて国王と側近、それから王太子ジョザイアが姿を見せた。セレストは意識してジョザイアのほうを見ないようにする。

 今は、フィルに褒賞が与えられるのを見守るほうに集中すべきだ。


 軍の音楽隊による演奏で式典がはじまった。

 まずは、階級の低い者から順番に名前が読み上げられる。そしてフィルの番は最後だった。活躍著しい星獣使いに対する褒賞の内容は、国王によって読み上げられる。


「フィル・ヘーゼルダイン大佐。そなたには、ここにいるゴールディング侯爵家のセレスト嬢との婚姻を条件に、エインズワース伯爵の位および領地、そして将軍職を与えるものとする」


 会場にいる者たちがどよめき、視線が一気にセレストに集まった。

 前回のセレストは、ここで怯え震えていた。今回は、自ら一歩前に歩み出て淑女の礼をしてみせた。

 望まぬ結婚を強要されている令嬢という印象を与えれば、フィルが悪人になってしまうからだ。


「フィル・ヘーゼルダイン大佐! 国王陛下から直々の褒賞であるぞ。返事をお忘れか?」


 側近が返答を促した。


「驚いて声も出ないのか。よいよい……。ほれ、誰か書類をここへ。ヘーゼルダイン大佐、早くサインをしたまえ」


 国王が、書類を指差して催促する。それは国王からの褒賞を受けるという内容で、もし署名すれば与えた国王本人ですら、なかったことにはできなくなる。


「ご無礼をお許しください。過分な褒賞に驚き、言葉も出ませんでした。……ですが……」


 ここまでは一度目の世界とほぼ同じやり取りだった。

 フィルに考える時間を与えれば、受けないことによる不利益を計算してしまう。だから国王は、今すぐの署名を求めているのだ。


「ですが? なんだ、まさか辞退するようなことはあるまいな?」


 玉座で頬杖をついている国王が不敵に笑った。


「もちろんでございます。……ありがたく頂戴し、今後は過分な地位に見合った働きをすると誓います」


 フィルがその言葉を発した次の瞬間、謁見の間が静まり返る。

 ただの軍人であるフィルが、彼の常識から推測してありえない言動をしたからだ。フィルはそのまま書類の置かれた台まで進み、ペンを手にした。


「こ、侯爵令嬢! そなたもこの縁談に不満はないな!?」


 焦った国王がセレストに問いかけた。


「はい。私は国王陛下がお決めくださったえんだん・・・・を、大切にしたいと考えます」


 しっかりと答えたあと、子供らしい表情を心がけて笑って見せた。


「セレスト! おまえは縁談の意味をわかっているのか!?」


 伯父は額に汗をにじませている。


「はい。伯爵家のお父様とお母様も、小さな頃からこんやく・・・・していて、とても仲がよかったと聞いております。……それに本日は、問われたことに『はい』と答える約束です……」


 後半部分は伯父だけに聞こえる小声で告げた。

 母はエインズワース伯爵家の一人娘だった。遠縁にあたり侯爵家の次男という立場の父が伯爵家の養子になるというかたちで爵位を継承した。

 二人の婚約は、小さな頃から決まっていたという。


 子供の頃に親が結婚相手を決めるのは貴族だったらよくある話だ。

 めずらしいのは、相手が貴族ではなく軍人であることと、十二歳の歳の差があることだけだ。


 セレストは、フィルに対し幼女趣味の疑惑が持ち上がるのをできるだけ回避しつつ、この結婚に異議などないと主張した。


「令嬢は貴族として立派な教育を受けて育ったのだな……ハ、ハハ……」


 国王の目は笑っていない。あからさまに狼狽していた。

 フィルの常識や誠実な人柄を当てにして練られた謀略は、きっと見当違いなどではない。

 実際、一度目の世界でフィルは怯えるセレストのことを慮って辞退したのだから。

 今回、フィルがそうしなかったのは、セレストの説得があったからだ。


「私を引き取ってくださったお父様やお母様からは、常に貴族の令嬢としてふさわしくあれと指導されておりました」


 馬車の中で散々脅された内容から推測するに、大人たちはセレストがフィルを拒絶することを期待していたのだろう。

 伯父の教育のたまものだと主張したのは、ちょっとした反抗心だった。


「……エインズワース伯爵家の今後が楽しみだな」


 国王は、セレストの言葉に頷くしかない。

 公の場で、文書として記されている褒賞内容は「冗談だった」などと言って撤回することは不可能だ。そうこうしているあいだにフィルが署名を済ませた。


 この瞬間より、フィル・ヘーゼルダインはエインズワース伯爵となった。


 署名を済ませたフィルは、元の位置には戻らず、セレストの前までやってきて跪いた。


「婚約者殿。これからよろしく頼む。……今日会ったばかりだ。授与式が終わったら、少し時間をもらえるだろうか? 城の庭園は広くとても美しいから案内しよう」


「はい、楽しみにしております」


 セレストは彼に向けて手を差し出した。フィルは少し困った顔をしながら、その手を取って、婚約の証として手の甲にキスをしてくれた。

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