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 まだ十歳のセレストと、二十二歳の軍人フィル・ヘーゼルダインというまったく釣り合っていない二人の縁談が進められようとした経緯はこうだ。


 フィル・ヘーゼルダインは代々軍人を輩出する家系に生まれた青年だ。

 貴族ではないのに星神力が強く、剣技も巧みだった。今まで、様々な術を使い魔獣を討伐してきた。

 エインズワース伯爵領の魔獣被害を終息させた立役者でもある彼は、今から一年ほど前のある時期、城の警備の任に就いていた。

 そんな中で、とある貴族の子息が星の間での儀式を行うために扉を開いた。すると序列第七位の星獣レグルスが外へと飛び出していって、フィルを主人として定めてしまった。


 名家の出身ではないのに星獣に選ばれたフィルは、当然だが貴族から疎まれている。

 フィルは周囲からの嫌がらせにも耐え、ここ一年、レグルスと共に軍で力を発揮し続けた。

 市井では国の英雄ともてはやされるほどの彼の活躍に対し、昇進や褒賞を与えざるを得ない状況となっているのが、セレストが死に戻った今の時期だ。


「私と結婚するという条件で、断絶していたエインズワース伯爵位と将軍職を与える……という話になるのよね、一応」


 一応というのは、これが断る前提の提案だからだ。

 国王や高位の貴族たちはフィルの出世を望んでいない。けれど、活躍に対して一人だけそれに見合った褒賞を与えないわけにもいかない。


「ヘーゼルダイン将軍閣下が辞退せざるを得ない状況を作るために、わざと子供の私をあてがったんだわ!」


 一度目の世界、ミュリエルの誕生日翌日。セレストはなにも聞かされず上等な服を着せられて、城に連れて行かれた。

 大人たちが集まる異様な雰囲気の大広間では、軍人への褒賞授与が行われていた。

 そして突然、見ず知らずの男性と結婚しろと言われるのだ。まだ十歳のセレストはただ混乱していた。

 フィルはそんなセレストを慮って縁談と褒賞を辞退する。

 国王が勧めた縁談を断るというのは、もちろん不敬にあたる。この提案を断ったせいで、付随していた爵位も得られず、フィルが将軍となるのは、数年後にずれ込んだ。


 縁談は成立しなかったが、セレストとフィルはその後、同じ星獣使いとして交流を持っていた。

 セレストにとってフィルは、尊敬できる星獣使いの先輩であり、兄のように思える人だった。


 セレストが十八歳を過ぎた頃、きっと冗談だがこんなことを言われた。


「君と結婚していたら、どんな未来があったのだろうな? 結構楽しかったんじゃないかと思う」


 セレストも同じ気持ちだった。

 フィルは爵位を持っていないせいで軍内部でも立場が弱く、その後もずっとこき使われているのに働きが認められないという状況が続いていた。

 セレストも侯爵家の支配から逃れられず、奪われ続ける人生だった。


 もし、フィルと結婚していたら――たった十歳のセレストが今取れる最善策は、この縁談をなんとしてでも成立させることではないのだろうか。


(明日、ヘーゼルダイン将軍閣下との縁談が持ち上がる。……その場で断られないようにするためには今日動くしかないじゃない)


 方針が決まれば、行動するのみだ。

 セレストは急いで着替えを済ませて、顔を洗い、冷めた朝食をいただいてから屋敷を抜け出した。住人たちはミュリエルの誕生日パーティーで忙しく、セレストのことなど気にもしないはずだ。


(この時期の将軍閣下の階級は大佐。お住まいは七番街の通り近くのはず……)


 フィルは面倒見のいい人物だった。星獣に関する本などを貸し借りするために、セレストは一度目の世界で何度か彼の住まいを訪ねていて場所は知っていた。

 軍部にいるか、自宅にいるかはわからない。事前に縁談の件を話せる機会が今日しかないのだからなんとしても探し出す必要がある。


 セレストは辻馬車を拾って、ひとまず七番街へ向かった。

 賑やかな大通りを曲がってすぐの場所に、フィルの住まいがある。一軒家ではなく、集合住宅だ。その一階が彼の住まいとなっている。

 セレストは数段上ったところにある玄関扉の前に立つ。手を伸ばし、ドアノッカーを打ち鳴らした。

 しばらくすると中で物音がした。フィルは一人暮らしのはずだから今日は非番だったのかもしれない。


 中から返事があって、扉が開く。


「こんにちは! ヘーゼルダイン様」


 フィルの姿でまず印象に残るのは、右目の眼帯だ。子供の頃に怪我をして失明したという。茶色の髪は短く切りそろえられていて清潔そうだ。左目は青、セレストにとっては安らぎを感じるよく知っている色だった。

 八年時間が巻き戻っても、彼はあまり変わらない。長身で、軍人らしくたくましい体つきをしている。

 ただ、セレストの身長が低くなってしまったため、以前にも増して見上げていなければ視線が合わなかった。


 乱れたシャツに軍服のズボンという服装と、わずかな寝癖。どうやら寝起きだったらしい。


「子供……? どうしたんだ、迷子だろうか?」


「私は、ゴールディング侯爵家の娘で、セレストと申します。以後、お見知りおきください」


「ご丁寧な挨拶、……どうも。侯爵令嬢がなんのご用だろうか?」


 貴族の令嬢がお供もなしに訪ねてきたら、困惑するのは当たり前だ。フィルはわずかに眉をひそめた。


「は、はい。……あの、突然ですが私と結婚してください!」



 ものすごく嫌そうな顔のフィルが、バタンと勢いよく扉を閉めた。

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