第16話 もふもふは好きですか?

「お~、お疲れ!ごめんな、待った?」

 東京に別れを告げて、地元に戻ってきて二ヶ月ほど。今日は待ちに待った吉田との待ち合わせだ。お互いの年齢を考えると、初デートという言葉を用いるのはあまりに気恥ずかしい気もする。今ちょうど吉田の家の前に迎えに来たところだ。

「……自分の家だから待つのは全然構わないんだけどさ、思いっきり仕事の車で来るとは思わなかったよ」

 俺が乗ってきた車は、『塚本空調』という文字と会社の電話番号が両サイドに印字された軽のワゴンだったのだ。

「ああ。弟の車を借りるつもりだったんだけどさ、あいつも家族サービスしなきゃいけない、ってことになったみたいでさ。ほれ突っ立ってないで乗れよ!」

「……はーい、お邪魔します。うわ!なんか資材とか道具で後ろパンパンじゃん!女子との初デートにこの車を使うなんて……塚本、アンタ実は相当な女ったらしなんじゃない?そうでなきゃ、よっぽどバカか……」

「いや、あえてよ!あえて!あんまり格好つけてもボロはすぐ出るじゃん?」

「うん……まあ良いや」

 吉田がぶつくさ言いながらも、本気で嫌がっているわけでは無いことは伝わってきた。こんなシチュエーションもどこか楽しんでいるようだった。


 少し前までの俺からしたら、文字通り夢にまで見た『花町佳織』(の中の人)との初デートというシチュエーションなのだから、もっと興奮して緊張してもおかしくない状況だが、俺は自分でも驚くほどリラックスしていた。

 もう9月も半ばになった頃の日曜日。吉田も事務の仕事を始め、俺も慣れない家業を継いで……という状況で二人の予定がなかなか合わなかったため、この日になってしまったのである。

 今日は、車で1時間ほどの隣県にある、大きな動物王国に行くことになっていた。この歳になって動物と触れ合うのかよ?という気持ちもあったのだが、吉田が行ってみたいと言い張ったのでここに決まったのだった。

 助手席に乗り込んできた吉田は、デニムにTシャツ、スニーカーというラフな格好だった。とても似合っていたし俺は彼女のそういった格好が好きだった。

 道中話も尽きかけて俺は『花町佳織』について彼女に訊いていた。吉田は「もう5年以上前のことだから全然覚えていないや」と恥ずかしがって、最初はなかなか話したがらなかったがやがて詳細に語ってくれた。

 スカウトされたときのこと、それぞれの作品の撮影やイベントの様子や本人の気持ち、学業との両立はかなり大変だったけど楽しかった……語っているうちに彼女も当時のことを懐かしく思い出してきているのが伝わってきた。

 俺も『花町佳織』の作品にハマっていった時の気持ちを彼女に話した。吉田本人が『花町佳織』であることは間違いないのだが、話している俺も聞いている彼女も誰か別の第三者のことについて語っているような感覚だった。

「やめてからは完全に過去のことだと思ってきたけれど、こうして何年も経ってから自分の作品に触れてくれた人がいた、というのは純粋にとても嬉しいよ。もしかしたら日本のどこかのブックオフで今も『花町佳織』の作品が売られているのかな?」

 そんな風にも吉田は語った。


 10時過ぎになって目的地の『わくわく動物ランド』に到着した。よく晴れた9月だったけれど気候はカラッとしていて暑さはあまり感じなかった。放牧されている羊に触ったり、モルモットやウサギを抱っこしたりもした。アルパカは見ている分にはとてもモフモフで可愛いけど、近くに行くと意外とリアルに獣の匂いがするね……と二人で笑った。吉田はあちこち動き回ってはよく笑って、無邪気な子供みたいだった。俺もとても楽しかったし、楽しそうな吉田を見られていることが幸せだった。

 昼を過ぎて13時ごろ、園内の売店で二人で蕎麦を食べた。蕎麦は俺たちの育った場所の名産だから、それに比べれば特になんてことない普通の味だったんだろうけれどとても美味かった。9月の陽光と山の緑に囲まれた空気がそう思わせたんだろう。

 それからまた色んな動物と触れ合い、ソフトクリームを食べ、3時過ぎに『わくわく動物ランド』を後にした。

 さらに車を20分ほど走らせ、アウトレットの店が多数並んでいる巨大ショッピングモールへと到着した。この地域の一番大きな観光地だ。ショッピングモールはとても大きく、近隣の地域だけでなく遠方からも多くの人が集まって来ているようだ。千台くらい停められるんじゃないだろうか、という巨大な駐車場には様々な地域のナンバーの車が並んでいた。

 俺も吉田もさして疲れた様子もなく、多くの店に入っては多数の商品を手に取ってみたけれど、二人とも特に欲しい物があったわけではなく、結局何も買わなかった。

 18時ごろになって夕食のためにショッピングモール内のレストランに入った。明日は二人とも仕事だったので、あまり遅くならないうちに帰ろう、ということになっていたのだ。

「やっぱり家族連れが多いんだね」

「ああ、そうだな」

 テラス席に二人で座って、コース料理の最後のコーヒーを飲みながら、ショッピングモールのメインストリートを眺めていた。色んな人たちが通り過ぎて行ったけれど、小さい子供を連れた若い夫婦がやたらと目に付いた。吉田はそれ以上は何も言わなかったけれど多分同じもの見ている筈だった。

「なあ……」

「うん?」

「……ごめん、やっぱ何でもない」

 俺は思わず「吉田は何人子供欲しいの?」と訊きそうになってやめた。

 吉田が俺のことをどう思っているのかは、分からない。

 でも多少なりとも好意がなければ、こうして一緒に出かけることはないだろう。……ということは付き合って、やがては結婚みたいになるのかな?……でも女の気持ちなんて分かるもんじゃないしな……そんなことをぼんやりと考えていた。まあこれは単なる妄想だけど、そうなれば良いな、と思ったことは本当だ。



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