第15話 器量の大きな上司って存在しますか?

 翌日は二日酔いで昼ごろ起きた。

 明日で長かったゴールデンウィークも終わる。今日のうちには東京に戻っておこうと思う。

 それにしても……またあの部屋に戻り、明日から会社に行くのか、と考えるととても憂鬱だ。面倒臭いから死のうか?と思う程度には憂鬱だ。


 3年前に帰省した時はこんな感じではなかった。地元の田舎っぷりに改めて驚かされ、よくこんな所で生活していけるな、と地元に残っている人間を見ていた気がする。3年という月日が俺を変えたのだろうか?或いはこの場所は元々と何も変わらず素晴らしい場所で、俺がそれに気付けていなかっただけなのだろうか?

 今回の帰省では家族に苛立ちを感じることもほとんどなかったし、友人たちや吉田との飲み会はとても楽しかった。誰もが俺を受け入れてくれたような気がした。

 そう、今回の帰省では何もかもがポジティブに捉えられたのだ。まあ父親が倒れておいてポジティブというのは不謹慎極まりない気もするが……。

 意識が戻ったとはいえ、親父が仕事に復帰するのは、年齢的なことも考えると流石に無理だろう。ウチは自営でエアコンの設備・点検みたいな仕事をしている。父親と弟の他に従業員が5人くらいの小さな会社ではあるのだが、代表である父親が倒れたわけだから会社にとっても大騒動だろう。弟を助けてやりたい気もするが、それはつまり俺が仕事を手伝ってやるべきか?

 そう俺は今、会社を辞め地元に帰る。ということを真剣に考えていた。

 だがまあ、何かあまりにもお膳立てが整いすぎていて流石にちょっと……という気もする。 

 今回は短い期間しか居なくて、地元や周りの人間の嫌な部分はほとんど見えてこなかっただけで、もっと長く住んでいればたくさん見えてくるだろうということは分かってはいるが……それでも東京に住み、ずっとあの仕事をして、空虚な時間を過ごしてゆくのか、と考えるとこっちに戻って来た方が、ずっとマシな気がする。

 

 東京に戻り、ゴールデンウィーク最後の日を迎えた。東京の風景・人と接すれば気持ちに変化が生じるかも知れない、と思っていたが実際は全然逆だった。

 新宿のバカみたいな人混みがとてもおかしなものに思えた。コイツらは何を必死な振りをして東京にしがみついているのだろうか?そんな嘲笑が出てきそうだった。

 俺の気持ちはすでにこっちには無くなってしまっていた。もちろん俺のこの気持ちが一時的な気の迷い、と呼ばれても仕方のないものであることは理解していた。だけど離れていった気持ちを元に戻すということは不可能に思えた。巡り巡って同じ気持ちに戻ってくることはあるかもしれないが、逆方向に引き戻すことは出来ないのではないだろうか?

 そう「毒を食らわば皿までなめよ」である。俺はすでに決心を決めていた。




 翌日出社すると朝一で課長に辞職を申し出た。

「はあ?……ふざけんなよ!!何言ってんだ!?」

 課長の反応は予想通り過ぎて予想外だった。

 ただ一般的に言って「病気で倒れた父親や母親のために地元に帰る」という人間を引き止める正当な理由を挙げられる上司というのはなかなか存在しないのではないだろうか。

 課長も俺を引き止めるのが難しい、ということをすぐさま理解して、そのために不機嫌になったのかもしれない。あるいは逆に、あまりにあっさりと辞職を認めてしまっては、これまでの働きを評価していないかのようだ、と思っての課長なりの優しさだったのかもしれない。

 結局課長からは、その日のうちに俺が行っている仕事の引継ぎについての打ち合わせがあり、俺は後輩に仕事を引き継ぐことになった。客相手の仕事なので、取引先との信頼関係を築いてゆくことを考えると半年くらいはかけたい……というのが会社としての言い分だったが、課長は2ヶ月後に俺の退職を設定してくれた。



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