第14話 田舎の最終バスって驚くほど早いですよね?

「乾杯~!」

 前回の男だけの飲み会から3日後、同じ駅前の居酒屋に再び皆で集まった。

 家族サービスのため来られない外山の替わりに、今日は吉田香奈がメンバーに参加していた。

「ごめんね、遅くなって」

 10分ほど遅れてきた吉田が、軽く頭を下げた。

「あー、全然気にしなくて良いよ!」

「本当だぞ!……ちょっとお詫びに脱いでもらって良いかな?」

 さして気にせず流そうとした浅井の言葉に、俺は思いっきりセクハラを炸裂させてやった。

「はあ!?会っていきなりそういうこと言う?塚本サイテー!!」

 内心ドキドキだったが、吉田は良いリアクションを返してくれた。

 彼女はなんとなく雰囲気が変わっていた。学生時代ともDVDの中の『花町佳織』とも全然変わっていた。最後のDVDを出したのも5年ほど前になるのだから、それも当然か。

 肩より少し下までの長さの髪は黒髪で、白いカットソーに良く映えていた。顔はもちろんそのままだったが、体型は少しだけふっくらしているようだった。でも、異常とも言われる芸能人としてのスタイルに比べてというだけの話で、一般人の中に入ればほとんどの男は「スタイルが良い」と評するだろう。

 体型と共に性格も丸くなったはずだ、と俺は踏んだ。最初に姿を現したときの表情からそんな気がしたのだ。それで冒頭のセクハラ発言に出たわけだが、酒と会話が進むに連れて、俺は自分の判断が間違っていなかったと確信した。

 学生時代の彼女は人を寄せ付けない雰囲気が多分にあったが、この場にいる彼女にそういった感じは全くなかった。俺たちの下らない話にも付き合ってくれるし、女性らしい優しい気遣いも見せてくれた。

「あれ、吉田は何でこっちに帰ってきたの?」

 俺の親父のことや、バカ話が一段落したところで浅井が話を振った。ウンウンと男たちが皆頷き、興味があることを示した。

「あ~……私も東京の理系の大学に四年間通って、向こうで研究職に就いたんだけど人間関係が嫌になって3月に辞めてきちゃった。もう一回同じ業種に就職することも考えてたんだけどね。悩んでたら、こっちに帰って来いって親が言うから……まあ一回休むのも良いかなって思ってね」

「そうか~、まあ人生色々あるわな」

 長瀬がしみりした口調で呟いた。

(……ん?『花町佳織』のことは皆知ってるから改めて話すことでもないってことか?それとも皆知らないと思って、秘密にしておくってことか?)

 彼女が大学を卒業してからどんな生き方をしてきたのかは、もちろん興味があったが、そこに至るまでの『花町佳織』の部分が彼女の口からは触れられなかったので、俺は混乱した。

 でも男連中がそのことを知っていたとしたら、前回の飲み会の中でそのことを話題にしないとは考えにくい。

(ということは『花町佳織』について知っているのは……俺だけってことか?)

 俺は謎の優越感を感じながらその場に居たが、トイレに立ったときにふと思った。

(あれ?吉田が『花町香織』だったっていうのは単なる俺の思い込みで……実は別人なんじゃね?)

 今まで『花町佳織』イコール吉田香奈、という図式に疑いをもったことはなかったがそう思い出すと微妙に違う気もする。そもそも俺は作品の中の『花町佳織』しか見ていないわけだし、5年も経てば本人だろうと顔が変わることもある。またメイクや髪型なんかは当然違わけだ。

(しかし声も吉田本人のものだし……インタビューの内容も吉田そのものだったし、これが別人だとしたら、それはそれで奇跡的だよな)

 会話に参加しながらも俺は上の空だったが、やがて一つの結論にたどり着いた。

(うん、この場ではそのことは触れないでおこう!)

「あれ、吉田は彼氏とかいないの?」

 また浅井が話題を振ると、吉田は自嘲して笑った。

「もう何年もいないよ。ここ何年かはメンヘラだったしね」

 その答えを聞くと浅井は俺の方を向き、ニヤリとした。

「んじゃ、お前ら付き合えば良いじゃん。この場で独身なのはお前らだけだぜ」

「おい浅井、そういうのは良いって……」

 浅井が冗談で言っているのか、本気なのかは分からなかったが、どっちにしろ面倒くさかった。

「ほら、コイツも何年も彼女いなくってさ人助けだと思ってちょっと付き合ってやってよ!……なあ!塚本も吉田みたいな美人と付き合えたら死んでも後悔はないだろ?」

「……そういうわけにいくかよ!」

 こんなベタな話に動揺するなんて童貞じゃあるまいしと思ったが、一応真面目に考え込む振りをする吉田の姿に、俺の心臓は高鳴っていった。

「え~、塚本?……わたしもそんなに高望みするつもりはないけど、将来的に結婚して子供も産むと考えると、もうちょい顔が良くないと産まれてくる子が可哀想かも」

「うるせ~、お前なんかこっちから願い下げだ!」

 吉田と俺との絶妙な間によってその場は笑いに包まれた後、浅井がしみじみと言った。

「吉田、変わったよな。昔は人を寄せ付けない感じだったじゃん?俺怖かったもん」

 それに対して吉田は「これだけ経てば人も変わってくよ」とか適当な言葉を返していたと思う。


 それからお開きになって、皆22時ごろのバスでそれぞれの家へと解散した。田舎の飲み会は解散が早いものだ。ちなみに、パン屋の仕事のため毎朝3時半起きだという長瀬は21時前に帰っていた。

 浅井と高橋とは別方向なのでその場で別れ、俺と吉田は同じバスに乗り込んだ。この辺りではこれが最終のバスだ。


 二人になったところで、俺はずっと気になっていたことをようやく本人にぶつけることが出来た。

「なあ?『花町佳織』って吉田だろ?」

「え?え?え?…………ナンノコト?」

 明らかに動揺したリアクションを示してそれが事実であることを教えてくれた。それから観念したように話してくれた。

「……ホントに最初はバイトみたいな感覚でやってたんだけどね。っていうかよく見つけたね!?そして私だって気付いたね!?」

「いや、俺も本当にたまたまだったんだけどな……」

 俺は酔って入ったブックオフでたまたま見つけたこと、インタビューでの些細な違和感からそれが吉田香奈であることに気付いたことなどを話した。

 それから二人で色んな話をした。東京での生活について、吉田がずっと夢だったという研究職に就いたこと、3年前に移動した部署で、上司のパワハラにずっと悩んで心を病んで退職せざるを得なかったこと、東京での暮らしがあったから地元の素晴らしさに気付いたこと……。

 時間がなかったから深くは話せなかったが色んな話をした。そして別れ際に連絡先も交換した。最終バスは俺たちの他に乗客は誰も居なくて……この時間が永遠に続けば良いと思った。

 やがてバスは吉田の降りる停留所に着いた。


「今日はありがとね。みんな会えて嬉しかったし、私も早く社会復帰しなきゃな、って思えたよ」

 そういって吉田は笑い、降りていった。

 ドアが開いてからもなかなか話し終わらない俺たちを、白髪頭の運転手さんは迷惑そうな顔一つ見せず待っていてくれた。30歳になろうかという年齢になっても俺たちはまだまだ子供で……本当の大人たちに見守られながら生きているんだ。そんな気がした。



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