第12話 親孝行はきちんとした方がいいですよね?
さらに月日が経ち、4月半ばのある日のことだった。
見知らぬ番号からの着信が昨日の夕方から続いていた。
予定のない訪問客と、見知らぬ番号からの着信に応じてロクなことは無い。当然無視していたのだが、土曜日となった今日も朝から着信履歴がズラーっと並んでいた。
仕方がないので昼ごろかかってきた電話に出てみることにした。
それは父親が倒れたという母親からの連絡で「すぐに帰って来い!」とのものだった。一応課長に連絡してみた。俺は内心仕事の忙しさを理由に帰省を引き伸ばされることを期待していたのだが「親が倒れたときに働かせるような会社がもしあったなら、そんな会社は即刻潰れるべきだ!」と意外な正論を頂き、結局来週からのゴールデンウィークと併せて二週間の休みを言い渡されてしまった。
(……は~、めんどくせ)
なんだかんだ一人でブツブツ言いながら考えてみたが、課長に外堀を埋められた感じがしてバックれてどこかに行こうという気にはならなかった。まあ実際親父にもう会えないという可能性もあるわけだから、実家に戻る理由として自分を納得させるには充分だった。
(まあ、折角三年以上ぶりに地元に帰るんだから、浅井くらいには連絡してみるか?)
もうすでに気持ちは切り替わり、意外と帰省することに胸を躍らせている自分に気付いた。
流石に、ここ何ヶ月かの無味乾燥した日々に嫌気が差していたのかもしれない。これが自分の意思で誰かに会いに行くとかじゃなくて、親父が倒れて仕方なく……というのが良いのだろう。親不孝で不謹慎なことは百も承知の上である。
簡単に身支度を済ませると俺は電車に乗った。
土曜の昼間の東京駅の込み具合が俺にとっては新鮮だった。最近の俺の行動範囲が決まりきったものになっていたのだとその時になって気付いた。
地元までは新幹線で二時間半ほどだ。東京駅から出発した新幹線は、思ったよりもすぐに山間の景色に変わる。我が地元も日本に無数にあるまさにそんな景色だ。道中は色んなことを考えた。でも、近づいてゆく地元の景色やこれから会うであろう旧知の人間たちのことを、純粋に興味を持ってフラットに捉えられる気がした。
駅には弟が車で迎えに来てくれた。
久しぶりの地元の空気感に俺はちょっとテンションが上がっていた。
我が地元花井市は城下町で新幹線も止まる、地方都市としてはまあまあの規模の街だ。駅前にはビルも建っているし、国道の交通量も多い。だけど東京の街とは全然違う。当たり前だが。
気候も涼しいし、空気そのものが違うような気もする。駅前をたむろしている高校生の感じも、とても懐かしいものだった。男の子も女の子も妙に気合が入っているというか……。
10分ほどで病院に着いた。県内一の規模の大学病院であり、併設されている大学やその他諸々の施設のおかげ敷地内は一つの町のようになっている。そのうちの内科病棟に父親は入院していた。
ドラマなんかでよく見るような色んな管を着けられて親父はベッドに寝ていた。
(……なんか普通に寝てるだけみたいだな)
父親は元々感情があまり強く表情に出るタイプではなかった。感情が薄いというタイプではなくて、ボソッと言った一言が妙に面白かったり「スゲー怒ってるんだろうな」と思わせたりという、行間で語るタイプの人だ。今も普通に起きてきて「おはよう。どうした?」と訊いてきそうな気がした。
「公太……!」
対する母親は感情的で、自己愛の強いタイプだ。どちらかというと、この母親のせいで俺は家族と距離をとることになってきたのだ。
「……ああ、悪いな。全然連絡しなくて」
「まったくもう…アンタって子は……。」
早くも泣き出しそうな顔を俺に見せてきた。そうだった。悲劇のヒロインを気取ってるかのようなこういう所が大嫌いで、だけど母親であるが故にそれを直接ぶつけることもままならず、結局俺は距離を取ることになっていったのだった。母親へのどうしようもない怒りはとても懐かしい感情だった。
(にしても老けたな……)
父親が倒れたことによる心労はもちろんあるのだろうが、3年という会わなかった年月よりも大幅に老け込んでいる気がする。母親はまだ60歳を少し超えたばかりだったはずだが、最近の60代前半の中ではかなり老けた部類の人間なのではないか。
重苦しい空気が流れたまま時間は過ぎ、結局母親も含めて弟の運転する車で実家に戻った。家に戻ってからも母親は感情が昂ぶっているのか、しきりに俺に話しかけてきたが俺は受け流して、とっとと寝た。
夜中、父親の意識が戻ったとの連絡が病院から入った。
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