第11話 強い決意ほど信用ならないものですか?

 それから一週間が経った。

「じゃあ、営業行って来ます!」

「おー、しっかり商談まとめて来いよ!」

「任せといてください!」

 少々芝居がかってはいたが、俺は課長を振り返ると自分の胸を叩くポーズをとって見せた。バカらしいと思っていたこういう態度とか声かけだとかで、人の気持ちは案外単純に動いたりもするものだ。

 縁の深い高田商事との商談に俺は向かった。

 俺の準備してきた仕事は完璧ではなかったが、俺の熱意を感じたのか先方との交渉はなんとかまとまった。前回の俺の失態を見ていた先方は、一人で来た俺を見て当初不安そうな表情を浮かべていたが、話すうちに人が変わったかのように熱心に説明をする俺の様子を見て、安心したようだった。




「塚本……お前、ちょっと変わったよな。ちょっと吹っ切れた感じがするよ」

 もうすぐ年末ということで、ウチの部署だけの忘年会に今日は来ていた。課長は上機嫌そうに俺に声をかけてきた。

「そうですか?ありがとうございます。」

「で、お前どうなったの?例のグラビアアイドルの女とは?」

「そうですね……。まあまた課長はバカだと言うかもしれませんけど、結局どこまでも彼女に救われましたよ」

「……どういうことだ?」


 そうして俺は今の気持ちを課長に話し出した。話してゆくことで、自分がどう考えていたのかを細かく把握出来てゆくような感じを覚えた。

 最後の作品であるフォトブックを手に入れ、そこにあった故郷の風景と彼女の姿に感動したこと。そして最後にあった彼女のメッセージを読み、感動したこと。過去は過去であり、決して変わらないということ。だから、それを受け入れて進むしかない……そういったメッセージをそこから受け取り、今の俺に当てはめるとどうなるかを考えた、ということ。そしてその結果、今の自分が手にしているものを大事にし、過去は過去として然るべき場所にしまっておく。そして、必要とされる場所で全力を尽くす、そんな当たり前の結論に辿り着いた、ということを課長に話した。

「お前もようやく大人の男としての自覚が出てきた、っていうことだな」

 どこか偉そうな感じがして好きではなかった課長の笑顔が、初めて身近なものに思えた。




 だけど年が変わり、意外と長い東京の冬が明け春を迎える頃には俺の心は再び死んでいた。

 あの奮起した気持ちは二週間も持たなかった。張り切って引っ張り出してきたやる気なんぞがいつまでも続くものでないことは分かっていたが、実際に気持ちが変化してゆくと、やる気を出した自分がまるで滑稽に思えてくる。

 最近はただただ全てが煩わしかった。仕事も一応はこなしているが、モチベーションは澄み切ったようにゼロだった。

 もちろんこのまま腐ってゆくことが良いことだとは思わないので、何とか日々のモチベーションを上げるために色々取り組んではみるわけだ。それで多少改善されることもあるのだが、結局は二歩進んでは三歩下がるみたいな感じで息苦しさを憶える有様だ。

『花町香織』の作品も何度も観直しているのだが、観直す度にその魅力は薄れていくみたいだった。



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