第9話 キャバクラを楽しめるのって上級者ですよね?
次の週末、俺は久しぶりに新宿のキャバクラに来ていた。
なじみの店で出迎えてくれたのは『あんず』ちゃんだった。
「あ、塚本さん。お疲れさまです~!久しぶりじゃないですか~?」
「そうそう、なんだかんだ忙しくってね。あ、ビールお願いね」
「は~い。すいませ~ん、ビールお願いしまーす!」
すぐに黒服のボーイがグラスに入ったビールを持ってきた。「お疲れ様で~す」あんずちゃんにそう促されて俺はビールを飲み干した。すぐにあんずちゃんが黒服にビールのお代わりを頼んでくれた。
「塚本さん、何かちょっと疲れてます?」
「……あ~。そうかも。最近俺全然ダメダメなんだよね」
相手がキャバ嬢だから何を言っても良いというわけでは無い。まあ明るい感じならば多少の愚痴は話の種にはなるだろうが、重いものになってしまっては嫌われることを俺は知っている。そうなっては、結局のところ自分も気持ち良くここには来られなくなる。だから俺は、キャバクラに来るときは愚痴らない!ということを心に決めていたのだが……今日は早くもその誓いを破る流れになってしまった。
「いや~、今とある女の子にハマっちゃててね。そのおかげで仕事でもミス連発!」
俺が今までほとんど愚痴めいたことを言わなかったものだから、あんずちゃんは少し驚いたようだった。
「……ってこれ、相手が普通の女の子じゃないんだよね。でも、かといってキャバ嬢でも風俗の子でもないんだよね?」
「え~、どういうことですか?……あ、わかった!二次元の女の子だ!」
「あ~、ちょっと惜しいかも!実はグラビアアイドルのDVDにはまっちゃってんだよね!それも夢に出てくるくらい!」
一度自分で話始めると、思っていたよりも次から次へと言葉が出てきた。
あんずちゃんはプロなのでもちろん嫌な顔一つせずに話を聴き、興味深そうな顔で相槌を打ち質問を返してきた。
「で、その最後の写真集?はまだ買ってないんですか?」
「う~ん、そうなんだよね。もういい加減止めといた方が良いんじゃないかって気もするんだよね。このまま追ってみたって何にもならないのは分かりきったことだしさ……」
「え~、でも深町さんいつも『毒を食らわば皿までなめよ!』って言ってるじゃないですか?」
……そう言えばそうだった。俺は何かにつけてその言葉を使い、その精神で色々なことを選択してきた。元はと言えば、最初に俺に夜遊びを教えてくれた、大学のサークルの先輩の口癖だったのだ。
飲み会で終電間際、明日も1限から講義がある…といった状況で何度この言葉を聞かされたか分からない。そして俺にもいつの間にかその口癖が移り、後輩達に伝承していったのだった。
遊び歩くのが仕事の三流大学生の自己弁護の言葉、と言ってしまえばその通りなのだが、不思議と俺には後悔がなかった。オール明けで重要な講義を受けたこともあったけど、外せないところでは意外と集中出来たのは、キツさは自分で招いたものだから、ここは自分で頑張るしかない!という気持ちになったからだと思う。
まあそこで要領良く単位を得ることが出来てしまったが故に、遊び歩く大学生活になっていったんだとは思う。そして、その後の俺の物事の考え方をも決めていったんだと思う。
……結局のところ今回もそれで行くしかないのかもしれない。彼女をより知ろうとすることは、単に時間と労力とわずかの金銭とを無駄にして、惨めな気持ちになるだけの可能性が高い。だが、目の前に見えている一歩を踏み出さないのは、これまでの出会いと労力を否定することになるのではないか?もう一歩を踏み出した結果、「あ~、ムダなことしたな~」と分かるのは、それはそれで全くの無意味ではないのだから。
「ありがとう、あんずちゃん。俺、何とか彼女のフォトブックを探し出してゲットするよ!」
酔っ払った俺は、あんずちゃんにガッツポーズを決めていた。
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