第8話 5ちゃんは読みますか?

 その後も俺は時々『花町佳織』のことを調べた。

 何回かキーワードを変えて検索していると、グラビアアイドルについて皆が語っている掲示板を発見した。

 書き込んでいる人間は様々なのだろう。本当のファンであろう人間の温かい善意だけのコメントもあれば(むろんそれが本人にとって良いことなのかは分からないが)、野次馬であろう人間の無意味に悪意に満ちたコメントが多数散らばっている、そんなカオスな板の中に『花町佳織』板も一応あった。


 初の書き込みは『恋吹雪』の発売された少し後のものだった。その頃彼女に関する書き込みが増えてきて、こうして独自の板にまとめられたということなのだろう。

 書き込みの内容は様々で下らないものや意味のないものも多かったが、当時の臨場感が味わえて俺はとても興味深かった。

 雑誌やテレビのほんのわずかな出演に対する感想。彼女が真面目にほぼ毎日更新していたブログに対する感想など本当に些細なものばかりではあったが。

 俺が特に興味をそそられたのは、DVD発売記念イベントでのファンとの交流の様子だ。彼女の対応をまとめると「神対応だった!」ということになるそうだ。

 狭いブース内で、入ってくる客に駆け寄ってはきつく握手をして、そのまま『剥がし』の誘導と共に出口まで歩いては客を見送り、また次の客の為にブースの入り口に走る、という行為を繰り返していたのだという。最初読んだ俺は、イマイチ意味が分からなかったのだが、まあ要はファンと接する時間を少しでも長くするための行動だった、ということらしい。

 体育会系らしい行動とも言えるが、どこか過剰な真面目さに俺は少し意外な気がした。

 俺の知っている吉田香奈は真面目な優等生ではあったが、もうちょっとクールで、誰かの為に何かを必死でやる!というタイプではなかったからだ。しかしまあ、それこそが彼女が仕事としてその道を選んだ、という覚悟の表れなのかもしれないとも思った。

 実際、彼女のそうした対応はアイドルファンにとって中々衝撃的だったようだ。それまでも対応の良い子、ノリの良い子、というのはいっぱいいたのだろうが、ファンの為に文字通り全力で走り回る子、というのは珍しかったようだ。


 しかし彼女に関する書き込みはこの時期がピークだった。次の2枚目のDVDの発売に合わせたイベントに関する書き込みはほぼ半減しており、その後さらに書き込みは減っていった。3枚目のDVD『シークレット・ナイト』の時期になると、やはりというか……露骨なエロ路線に事務所が変更した!ということがメインテーマとなっていた。それに対する意見としては、賛否両論という感じだった。

 そいでまあ、ここら辺から書き込みは野次馬たちが多くなったのだろうか?あるいは元々はファンだった人間が野次馬に成り下がったのかは分からないが、書き込みの内容が一気に下世話なものになっていた。やれ、結局のところ単なる淫乱女だっただの、社長に枕営業をかけて首の皮一枚でなんとか事務所をクビにならずに済んでいるだの……まあそんな内容のものばかりだった。

 こういう、グラビアアイドルのイメージに対する紋切り型の悪口はなんとも思わないのだが、困るのはちょっとリアリティを感じさせる書き込みだ。「マネージャーとデキて、妊娠して今は地元に帰ってるらしいよ。マネージャーとデキてたのはけっこう有名だったよね?」という書き込みがあり、その後に別の人間が「マネージャー握手会で見たことあるけど、イケメンだったもんな~」とか「そいや、『恋吹雪』のインタビューやってたのも例のマネージャーらしいよ。あのインタビューは他人では出来ない距離感だもんな~」といった書き込みが続いていた。

 そうかと思えばまた全然別の話で、「今も東京に居て、デリヘルで働いているよ。もちろん名前は全然違うけどこの前大金はたいて会ってきたよ~。芸能界を辞めてから3年は経ってるけど全然変わらず美人さんだったよ~」といった書き込みもあった。

 まあどれも何の信憑性もない話でまともに聞くに値しないことは分かりきっているのだが、俺には他に何の情報も無い以上あれこれ想像してしまうのも仕方ないことだった。また、もし本当に彼女を見かけた人間がいたとして……どう書いたって嘘っぽくなってしまうのは仕方ないのではないか?という気もした。


 最後に発売されたというフォトブックに対する感想に至っては、ほんの三つだけだった。

 感想はどれも「良かった」「素晴らしかった」「俺も見た。最高だった」という必要以上に簡潔に過ぎるもので、どういった意味で良かったのか、俺には判断がつかなかった。

 三つの感想のうちの一つにはハンドルネームが付いており、ソイツは最もエロいDVD『シークレット・ナイト』を詳細に解説し、絶賛しているヤツだった。……ということはフォトブックもエロい意味で最高だったのだろうか?もしそうならば、流石にもう見たくないような気がした。……だが、ここまで来たら見ておくべきなんじゃないか?という気もした。

 まあ、そもそもフォトブックに関してはオークションでもほとんど売られておらず、入手が難しかったというのが現時点で唯一購入していない主な理由なのだが。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る