第7話 逆に、って前置きして本当に逆のことを言うのは稀ですよね?

「おい塚本、行くぞ」

 必死になって取引先の見積もりを出していると、高柳課長が鞄を持って俺のデスクの前に現れた。

「……は?」

「は?じゃねえよ!高田商事との契約だろうがよ!」

「……あ、そうでした!!……やべ、すみません。資料まだプリントアウトしてません!」

「バカヤロウ!先方を待たせるつもりか!?」

 

 予想通り今日も仕事に身が入らなかった。

『僕だけの太陽』はまだ普通のイメージDVDだと言えた。だが『シークレット・ナイト』はもろにエロかった。

 別に予備知識なく観ていたならば何とも思わなかっただろう。こういった類のビデオが存在することは知っていたし別に偏見は無い。ただ俺は、吉田香奈という同級生だった彼女のことを知ってしまっていたし、最初のDVD『恋吹雪』を少し前に観たばかりだった。

 だからもう観てられやしなかった。彼女が最初の優等生的なイメージではグラビアアイドルとして売れず、こうした路線に走らざるを得なかったというのが哀しかった。

 彼女とはもう会うことも無い、所詮は他人事だ、と思ってはいたのだが、世の中の世知辛さを見せ付けられた気がして、昨夜はなかなか寝付けなかった。起きてからもずっとそんな気分を引きずってボーっとしていた。

 その結果がこの体たらくだ。取引先の高田商事との契約の場でも、ボーっとしてミスを連発してしまった。同行した課長のフォローのおかげで、問題にはならなったが、この何年かで積み上げてきた俺の信頼には疑問符が付いたことだろう。




「なあ塚本。お前最近ちょっとおかしくねえか?何かあったのか?」

 高田商事との商談を終え、高柳課長と二人で呑みに来ていた。取引先との接待というのはしょっちゅうだが、課長と二人でというのはかなり久しぶりで逆に緊張していた。しかも先程の商談における俺のダメダメっぷりだからなおさらだ。

「……いや、何ですかね?ちょっと疲れてるのかもしれないです、すいません……」

 何となく答えてから、しまった……と思った。課長は熱血体育会系の人間だからこんな答え方が大嫌いなのだ。

 バカヤロウ!!と説教が始まるかと身構えたが、不思議なことに課長の罵声は飛んでこなかった。

「……なあ、何かあるんだろ?お前が万が一辞めるなんて言い出したら、ウチは回らねえんだよ」

 バツの悪そうな顔をして課長は苦笑いしていた。課長のそんな表情を今まで見たことが無かったので、俺は大いに慌てた。

「あ、課長!そんなつもりは全然ないんで、安心して下さい!……実はホント馬鹿みたいな話なんですけど聞いてもらえますか?」

「ああん?やっぱり理由があるんだな?」

 

 ということで、俺は『花町佳織』との出会いと、彼女が同級生だったことを説明した。

 始めは興味深げに話を聞いていた課長だったが、俺が執心しているのがグラビアアイドルのイメージDVDだということを知ると、明らかに落胆したようだった。

「なあ塚本、お前幾つだっけ?」

「……28です。」

「いい加減目を覚ましたらどうだ?実際の女の話かと思って真剣に聞いちまったじゃねえかよ。」

「いや、何も別に二次元との恋愛!ってわけじゃないですし、同級生だったっていう関係性が俺と彼女にはありますし……」

「バカ。じゃあお前、今からその浅井とかいう同級生のツテを辿って、そのグラビアアイドルと連絡取って何とかしようってつもりなのか?……逆にそれならそれはアリだと俺は思うけどな。でも相手がもし結婚でもしてたらどうする?余計なことをして、思い出を汚さない方が良いんじゃないのか?」

 そういった行動が全く念頭になかったわけではなかったが、課長にそう言われるとそれがひどく生臭いものに思えてきた。

「だいたい俺なんか、お前くらいの歳にはな…………」

 こうして課長の話しはいつも通りの自慢話に突入した。



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