第5話 何が夢で何が現実かあなたは証明できますか?

「おい、塚本!高田商事の件はどうなってる?」

「あ、はい!その件についてはですね…………」


 翌日から俺は、いつも通りバリバリ働き出した。別にバリバリ働きたいわけでは全然ないのだが、我が社にとって年の瀬も見えてきた11月という今の時期は、なかなかに忙しい時期だった。

 平日は夜9時頃まで会社に残り、土日も完全に仕事というわけでもない取引先との付き合いに潰される…という一週間だった。この週は本当に忙しく、帰ってから『恋吹雪』のDVDを観ることもなく、完全に彼女のことを忘れていた。

 でも、どこかでやはり気になっていたんだと思う。




「公太、どうした?」

 下校のために向かっている自転車置き場までの道の途中、小学校からの友人で同じサッカー部の浅井が足を止め、2,3歩遅れた俺を振り返った。

「……ケータイ、机の中に置きっ放しにしてたっぽいわ」

「え~、昨日もじゃなかったか?」

「……いいよ、先帰ってろよ」

「そうか?そうだな、また明日」


(……アイツ、ほんとにあっさり先に帰りやがった!)

 すでに深井は自転車置き場に向かって歩いていった。

 浅井とは家も近く、30分近くもの時間、共に自転車を並べて帰っていくのだから……ちょっとくらい待っていた方がアイツも話し相手がいて良いだろうに。


 俺は自転車置き場から引き返し、東校舎4F、上がってきた階段から見て一番奥にある『3ーC』の教室のドアを開けた。

「あれ、塚本?……どうしたの、忘れ物?」

 そこには吉田香奈が居た。

 教室の一番隅、前の窓際の席に座り、何かプリントに目をやっていた。

「……ああ、ケータイ忘れちゃってな。吉田は何してんの?」

「私は、先生に事務仕事頼まれちゃってね。……ねえ、そういえば塚本って、進路どうするの?」

 ……あれ?吉田ってこんなに喋るやつだっけ?表情もこんなに明るかったっけ?…そう不思議に思ったことは覚えている。

「ああ、俺東京の大学に行こうと思ってるんだよ」

「そうなの!?……実は私も東京の大学受けようと思ってるんだよ!」

「へ~、奇遇だな!」

 ……………………その後も二人ともテンション高く喋っていたが、何を話していたかは覚えていない。


 気付くと俺は一人自転車を漕ぎ、大きな川沿いの道を走っていた。新緑と陽光が水面に映え、キラキラしていた。不思議と暑さは感じなかった。


(……ああ、こんなに綺麗だったっけ?)

 俺が通学路に使っていたのは、花岡市のシンボルとも言える中井川の堤防沿いの道だった。ずっとペダルを漕いでいるうちに川の水面は途切れ、起きてから夢だったんだと気付いた。




 夢にはおかしな所がたくさんあった。

 教室が最上階だったのは1年生の時で、3年生の時は二階だったはずだし、新緑の季節の頃にはまだ俺は進路を決めかねていたはずだ。地元の大学に進学しろ!とうるさかった両親を何とか説得したのは、もう冬が近づいた頃だった……というのははっきりと覚えている。

 そして何よりも、俺は吉田香奈と二人きりで親密に話したことなどなかったし、彼女はあんなに表情豊かに目をキラキラとさせて誰かと話すような人間ではなかった。……いや、もちろんそれを俺が見ることが出来なかっただけ、という可能性も大いにある。


 夢を見た原因ははっきりしている。例のDVD『恋吹雪』の後半部分の教室でのシーン、実際の高校生活中には決して見ることのなかった微笑みを『花町佳織』が見せていたからだ。それがもう、ものの見事に混入してきたということだ。

 自分の記憶のあまりの都合良さと「俺みたいなヤツは、ビデオ製作者の狙いとしては最高の結果だろうな」ということも考えて思わず笑ってしまった。


 夢を見たことで、昔のことや育ってきた街のことを思い出すようになっていった。

 実は俺は、家族との仲があまり良くない。就職してからの6年間で、実家に帰ったのは3回だけで、しかも最後に両親に会ったのは3年前のことだ。

 俺が東京の大学に進学する際に両親が出した条件は「卒業したら地元に戻ってきて就職する」というものだったのだが、実際には俺は約束を守らず東京で就職した。最初は俺も両親との約束を守るつもりだったのだが、東京での生活に慣れてしまうと地元の閉鎖的な空間で生きてゆくことなど、死を意味するかのように思えてきたからだ。

 もちろん俺を東京の大学に通わせるには莫大な金がかかったわけだから(しかも実際には学業には最低限の情熱しか注がず、遊び呆ける生活を送っていたわけだから)罪滅ぼし的な意味合いもあり、就職してからは毎月幾許かの仕送りをしていた。

 だがそれでも両親から「恩知らずの人でなし」扱いを受け続けたので、自然と家族とは疎遠になっていった。真面目でしっかりした3つ下の弟が親と共に暮らしているので、親の方でも俺に対する興味を次第に失っていったようだ。

 実家に帰っていないので、地元の友人たちとも全然会っていない。SNSで時々連絡を取っている友人は何人かいたが、小中高と一番仲の良かった浅井ともここ2年間実際には会っていなかった。


(……アイツ何してるんだろうな?)

 ふと思い出すと中学・高校時代が一番楽しかったような気さえしてくる。

 しかしまあ記憶というのは都合よく出来ており、油断するとあの夢が本当にあったことのように思えてくるから不思議だ。

 そして「あれは夢だっただろ?」とそれを打ち消そうとすると、今度は本当にあった過去の出来事も「俺が都合よく作り上げた夢だったんじゃないか?」という気にすらなってくるのだ。



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