七話 動き出す春Ⅰ

 月曜日の朝、一番学園という存在がうっとうしくなるとき。

 目を覚まし朝食をとった僕は春と学園へ登校していた。

 しかし、会話は特にない。

 別に会話することが嫌だというわけではないが、会話のネタを持たない僕、会話のネタを作る春のほうが今日はニコニコしながら気分よさそうに歩いているだけで特に話を振ってこない。

 寂しいわけではないが、よく話しかけてきた印象が強いせいか不思議だなと感じる。

 変なものを食べたのか、気分が良すぎるから話題が上手く思いつかないのかわからない。

 人のことを理解する必要はない、そう考え今考えたことをかき消す。

 まあでも、一緒に歩いていて何もしゃべらないのなら一緒に登校する必要はないのでは?

 思考をやめようとしても何かを思いついてしまう自分に軽くうんざりしてしまう。

 空を見上げてみる。

 飛行機が通った後のゆがんだ一本線のよう雲が青い空に装飾をつけている。

 ただ一筋のゆがんだ線...そうするしかないのにほかの道を探そうとする優柔不断な人間のイメージが頭の中にできていく。

 誰かそんな人間が想像できてしまう記憶は僕の中にあっただろうか。

 あったかもしれない。

 最近は、過去のことなど見やしない、振り返りもしない。

 未来すら見ていない。

 ただ、死への恐怖から生きるという選択を取り続けているだけ。

 今しか見れない僕の中には何があっただろうか。

 そう胸の内に聞いてみる。

 答えは出せない。

 体が危険信号を発している気がする。

 今ではないと。

 ここではないと。

 だから答えを思考するのをやめる。

 問うこともやめる。

 空を見上げていた視線を春へ向ける。

 笑顔でスキップとまではいかないがそんな足取りで歩いている。

 感情は湧いてこない。

 見ているだけ、ただ観察するだけ。

 ただそんなことをしているだけで学園に到着する。

 下駄箱に着くと、僕と春は別れそれぞれの靴を取りに行く。

 別れ際に「今日も昼休みね」と春が言ってきたので「わかったよ」と返事をする。

 自分のクラスへ向かう途中春を見かけると、手島と話し込んでいた。

 先週の事かなと思ったが手島の所作が少し不気味だった。

 何度も頭を下げ、身長の高い手島のほうが見上げているような空気感。

 少し見ていればふと気づくような小さな変化、気にしなくてもいいだろう、そう自然に思う。

 不気味なことなのに自然とそう感じる。

 きっと知らなくてもいいと判断したんだろう。

 何故だろう、自分がいつもより冷めている気がする。


 春の呼び出し通り昼休みの屋上にいる。

 いつものスペースでただぼんやりと、飛び降り自殺のことをパンを齧りながら考える。

 柵を取り外しそこからどう落ちるか。

 そのまま倒れるのがいいか、軽く跳ねる、いやジャンプぐらいして落ちたほうがいいだろうか。

 落ちるなら足からはナンセンスだ。

 やはり頭からがベストだろう。

 確実に死ねて一瞬で脳天が潰れ、脳汁があふれ出しながら中身が弾けとぶ。

 周りは赤い脳汁で書きなぐったように染まる。

 僕の体は三転倒立状態から、首が折れ首と体の角度が90度を超えて曲がるだろう。

 その時、痛みは一瞬だけ。

 注射をさすような感覚だといいな。

 春と出会う前の思考に戻っていく。

 死という恐怖にかられながらそれを考えられずにはいられない。

 自然と考え込む。

 いつもの日常だと懐かしさを感じてしまう。

 そんな感傷に浸っていると、春が屋上に到着した。

「ごめんね。いつもより遅くなっちった」

「ああ、いいよ」

「なんだろう、今死ぬこととか考えてない?」

「ああ、そうだね屋上の飛び降り自殺のことを考えているよ、そんな度胸ないのにね」

「そうですか、でもなんか冷静さを感じます」

「どういうことだ?」

「なんだろうね、いつも通りただ死ななきゃぁみたいな執着も感じてたけど、なんか傍観者みたいな感じもしたよ」

「そうかな。まぁ、いつもより落ち着いているんじゃないかな」

「へぇ、そっか。いい事かもね」

 いい事なのか?と少し感じてしまい少し思考が停止する。

 しかし、気にするほどの事でもないかと思考を放棄する。

 だから「ああ、そうかもな」と返事をしておく。

「あの、本題言ってもいい?本題と関係ない話振ったの私なんだけど」

「ああ、いいよ。で、本題は?」

「なんとですね私、ちょっと偉い人になろうかと思いまして」

「偉い人?」

「うん、とりあえずこの町の、この市の市長の椅子でも手に入れようかなって思ってる」

「それはまたデカいことを言うな。でも田中のこともあった勝算があるからいうんだろ?」

「そうなんだよ。田中くんのことあって確信したんだ、私の正義は今でも突き通せるって。だからね裏社会と表社会両方手に入れようと思ったの」

「それで何で市長なんだ?」

「実はあの人裏のヤバそうな人たちとパイプがあるらしくてね、そこを私の目の届く場所に置こうと思って」

「そうなんだ、そんなこと僕に言ってもいいの?」

「いいよ優君だし。あというのはお願いがあるからだよ」

「お願い?」

「私と手を組んでこんな不純な世界をさ正義に染めようよ。間違ってるなんてないような正しい社会に作り直す第一歩だよ」

「何で僕なんだ?」

「君は良くも悪くも真面目な人間だ。日常的に考えることはいいとは言えないことだけど何かのために真面目に考えているそんな気がするし、あとは私との付き合いからかなそう思ったのは」

「何かのためにねぇ。なんか前といっていることが違う気がするけど」

「ああ、そうかもね。でも迷惑をかけていることは自覚してほしいかな。でもその答えはもう君の中にあるそう判断した」

「なんか無理やりな気がするけど...そんな理由でいいのか?」

「私は問題ないからね、それで私に手を貸してくれるのかな?」

 考え込む。

 春は正しさを貫こうとしている。

 僕なんかのため時間を費やしてくれたり、楽しませようとしてくれたり、短期間だが恩というものを得るには十分な出来事だっただろう。

 僕個人も悪い気はしなかった。

 正しさを貫くためとはいえ、こんな自殺妄想野郎を相手にしてくれた。

 信念からか善意からかは知らないがとてもいい行動力だと思う。

 不安だとと感じてしまうこともあった。

 田中の時のこと、あれは僕自身何故か腑に落ちないところがあるが正しいと思えた。

 しかしやり方が危なすぎたところを不安に感じる。

 多分普通の人ならこれは返さなければいらないことだから協力すべき、不安なら目の届く場所にいるべき、そう思えるだろう。

 だが、そんなことは知ったこっちゃなかった。

 結局自分がどうしたいかが大切だ。

 僕にとってはそれが一番だった。

「悪い、僕はついてはいけないよ」

 だから僕は、断った。

 ただ、行きたくなかった。

 ついていくことはしなくてもいい。

 そう反射的に感じた。

 だからそうした。

 理屈はわからないがそうしたほうが、いやそうしなけばならないような気がした。

「そっか、無理か...。仕方ないね。うん、ごめんね。」

 春は落ち込んでいるのが見ているだけでわかるくらい暗い表情になる。

「悪いな」

「ううん、大丈夫だよ。あっメッセージとかは送ってもいいよね?いつもの会話みたいに」

「ああ、いいよ。ちゃんと返信するよ」

「ありがと」

 そうして本日の春との会合は終わった。

 その夜は登校中に話していたよう会話をした。

 いつも通りの春、正しさを信じて突き進む春。

 その会話が終わったあと、次にメッセージが来たのはその週の土曜日のことだった。

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