四話 春の正しさⅡ

 先ほどの騒動を見ていたことを知られ、帰路につく。

 今までは陰鬱とした気分で死にたくなっていたりしたが今はまた、別の気持ちで死んでしまいたい。

「あの、優君ごめんね?変なところ見せちゃって」

「あっあぁ、別にいいよ...」

「ところでさ、どうだった?私の名探偵っぷり」

「えっ、あっああ凄かったよ。ドラマのラストシーンみたいで」

 僕は陽気に話しかけてくる春に驚いて、言葉にも出てしまう。

 こんな僕でも気にかけているのに春は何も感じないのだろうか?

 推理ではなかったが、どこからか入手したかわからない決定的な証拠をもち、相手の事を知っていた。

 調書を見たことがあるというのも引っかかるが、それらを入手したりしているのは感嘆する。

 わからないことはそれらの入手経路だが、僕が気にすることでもないだろう。

「やっぱ私凄かったよね。うんうん。でもねここでアイツを告発する気はなかったんだけどね」

 首をかしげてしまう。

 ここで告発する気がなかった。

 知ってはいるがそのことを誰にも伝えない、それは普通の人としてどうなのだろうか?僕みたいな人間ならまだしも春はそういうやつには見えない。

「ちょっと私語りをしていいかな?」

 突然の春からの希望、断る理由は...ない。

「ああ、いいぞ」

「長くなるけどごめんね。私のお父さんはね警察官だったって話はしたよね。お父さんの口癖は正しい事の出来る人間になれ、だったんだよ。まぁ引いちゃう人もいると思うけど遺伝した血が濃かったのかな?不思議といやな気持にはならなかった、いやそれが私でなければならない?みたいな感じで納得いったんだ。だから、あの田中みたいな人、間違いを犯す人間が許せないし、吐き気がするほど嫌いなんだ。お父さんの話に戻るけど、私のお父さんは一応事故死ってことになってるんだけど実は何かの事件の真相を追った拍子に上の人間から殺されたんだ。周りはそうではない、メディアもそういう方向の話になってる。でも、いろんな疑問点がいっぱい残っててきっと殺されたんだろうなってのはわかった。私はねそんな世界が許せないし嫌なんだ。正義は勝たなければならない世界じゃないといけない。だから私はどんな手を使ってでもこの世界を変革したい。間違いが正しいと言われる世界にしたくないんだ。あの田中の証拠は将来ちょっと政治家さんになったときに脅すための道具だったんだけどまぁ、予備はまだあるからね。問題はないよ」

「そうなのか、でも何で田中の証拠を?まぁなんとなく想像はつくけど」

「おっ優君から聞いてくれることがあるなんて!うれしいよ。うん、田中のことについてだけどね多分予想通りだと思うよ。私の将来は政治家。そしてその立場から脅しをかけたい。そう田中くんの親、お父さんだね、現在現役の政治家さんだよ」

 そうなのかと疑問にかかっていた霧が晴れた。

 まぁでも、今頃だがこんな自殺志願者の僕にこんなことを言うなんて春は何を考えているんだろう。

 今回の出来事で春に対しての印象は大きく変わった。

 正義のためなら、手段を選ばない、そんな感じだ。

 何をしでかすかわからない、何をされるかわからない、危険の二文字がよく似合う。

「そういえば優君のことで気になったことがあるんだけどね」

「ああ、なんだ?」

「何でそんなに鬱な自分に執着するの?」

「...」

 その場で完全に立ち止まる、歩みも思考も。

 僕が執着している?この状態に?何がうれしくて、何が理由でこんな状態を望まなければならないんだ。

 珍しく自分の沸点というものに触れそうな感じがする。

 どこからの怒りかはわからない。

 多少話したことがあるだけで?少し交流があったというだけで僕を知った気になっている、というのにイラついているのか、はたまた自分のこの状況からくる理不尽な怒りなのか、それはわからない。

「何で、僕が執着してるって?」

「私ね、田中とかみたいなやつに騙されないように人に対しての目利きはそこそこできるんだ。その私の目が君の鬱は何かしらの精神的な要因というのは正しいと思うんだけど、そのトリガーを引いたのは優君の精神、優君の体ではなく優君自身が決めたことだって言ってるんだ」

「そう...か。だがねそんな記憶はないしそんな器用なこと僕にはできないよ」

「それは間違いだよ、優君」

「...ならどうするんだっていうんだい?個人の問題だろ」

「君のそれは多分周りの人たちにも迷惑をかけてる。それを正しい事とは言いたくないんだ」

「そうなのか。といっても僕はこれと生きていくと決めているんだ。執着だろうが何だろうが知らないけどもう、どうにもならないんだよ」

 僕は落ち着きを取り戻しつつ淡々と春に対して言葉を返していく。

 執着だのなんだのにキレる必要はない、答えはいらない、そう決めたはずだ。

「ねぇ優君」

「ん?なんだ」

「優君って執着が薄れるとおしゃべりになるよね」

「な...どういうことだよ」

「一応学校の評判も耳に入れてるんだけどさ、実際関わるとさ違うって思うところもあるんだ」

「そう...なのか」

「私はね今の優君が正しいと思わない」

「そうか、なら僕は迷惑かけないようにほそぼそ...」

「だからね!」

 嫌な予感がする。

 僕の体がこのままでは生活を崩されると、何かを変えられるかもしれないと警報を鳴らしている。

 耳を閉じたいが、そんなことはできない。

 そして、春は僕に、

「私が君を正しい人間に導いてあげるよ」

 これは一生の後悔になる。

 これは春の正しさから生まれた言葉。

 そして今後の行動に対する原点。

 僕は知らなかった。

 自分がこの正しさの被害者になるなんて。

「あっ、あとこれからちゃんと春って呼んでよね。意外と自分だけ名前呼んでいる状況って寂しんだよ?」

「...ああ。わかったよ春」

 僕はただそういって頷いた。

「ばいばい優君」

 春はそういうとその場から自分の家のある方向だろう、その方向へ消えていく。

 僕はそこで幾分の間立ち止まっていた。

 明日からどうなるのかという今までに抱えたことない感情を持って。

 その日の春との会合は終わりを告げた...。


  その日の夜春からケータイにメッセージが届く。

『明日の朝、今日別れた場所に集合ね。一緒に登校しよう!』

 可愛らしいスタンプも添えて送られてきた。

 僕は淡々と了承の返事を送る。

 恐怖からか、またあの時抱いた謎の感情なのか。

 春の正しさに、身勝手な感情からか、今日の出来事のせいか不安?いや違和感を抱えてしまう。

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