三話 春の正しさⅠ
重い体を何とか動かしながら屋上への階段を登る。
約束したのは自分だし、いちいち口約束なんかを守ろうとする自分を律儀な奴だなと思ったりする。
体は重くても気持ち的には思ったよりも重くはない、いつも死を連想し続けているのに多少、1㎏の重りに1g足された程度の感覚だ。
もしかしたら、自分はそんなに人嫌いではないのでは?なんて珍しく考えられる。
屋上の層に到達した。
屋上へのドアノブに手をかけて捻る。
開いた先にある場所へ一歩、また一歩へと足を進めていく。
いつもの日が当たらない場所へ行きあたりを見渡してみる。
まだ春は来ていないようだ。
僕はそこに腰掛け、コンビニで買ってきたパンを齧る。
いつもの日常、一人、ただ一人でここにいる。
何が起きたら死ぬだろう。
何が起きて死ぬだろう。
いつも道理の思考へと移り変わっていく。
「はぁ」
ため息が出る、なんか自分が変わったかもしれないなんて思ったりしたがそんなことはないらしい。
少しあのカウンセラーや親の影響があるのだろうか...。
でも、結局根本は変わらない。
待ち始めて25分が経過した。
昼休みは40分、教室から屋上への行き来をするのに5分程度実質35分で残り10分しかない。
会おうといったのはアイツだがなぜこんなに遅いのだろうか。
帰ってもいいだろう?
もう、自分の机に伏せて寝たくなってきた。
その場から立ち上がると軽くズボンを手ではたく。
あれは彼女の気まぐれだったのだろう、そう心の中で完結させる。
いつもと変わらない足取りで屋上を後にしようとする。
すると階段を駆け上がる音がこちらまで届いてくる。
...今頃来たのか。
何をするか知らないがあとものの数分でできることなどたいして多くない...気がする。
僕は元居た場所に座り直し彼女が来るまでの数十秒間を待った。
「ごめんね。ちょっと野暮用ができて予定より5分くらい遅れちゃった」
「別に悪い事なんてない。いつも居れるギリギリまでここにいるんだ。待つのはここにいるついでみたいなものだよ」
今日は教室で寝たくなったが、事実昼休みは屋上に籠り始めてから9割以上はココにいる。
気分によってはクラスに行くこともあったが数える程度しかない。
「ありがと~。あっ今日ここに呼んだのはね、これ交換するためだよ」
そう言って春は自分のケータイの画面を見せてくる。
そこにはあるSNSのアカウントのQRコードが映し出されていた。
「これ私の連絡先、またお話ししたいなぁと思って連絡がすぐできるほうがいいかなって」
「そうか、でもそれなら昨日すればよかったんじゃないか?」
「え...とそれはですね私実は昨日家にケータイを忘れてきたもので」
そういうことかと納得し、軽く頭も振ってしまう。
しかしタイムリーな話もあるものだなと思う。
僕も自分のケータイを出し、そのSNSのアプリを開き春が映し出しているQRを読み取る。
昔はこれをよく使って友達とよくしゃべったりしていたなと昔の記憶が蘇ってくる。
春を追加するとケータイに通知がくる。
追加した幾秒もない時間で『よろしくね!』とスタンプを送ってきた。
僕は文字で『よろしく』と送り返す。
「これで家でも離れてても話せるね」
春は僕の目を見てそんな言葉を投げてくる。
その時の春の表情は何か含んだような、何か歪なものを感じる笑顔だった...。
下校時間、昼休みに交換したばかりのSNSのトーク画面に先ほど『一人で帰るの?もしそうだったらさ一緒に帰ろうよ。まだいっぱい話したいことがあるんだ』と送られてきた。
別段用事も予定もなくいつも一人の僕は『わかった校門のあたりで待っている』と返事をしておいた。
だから僕はいつもよりは少し早い足取りでクラスを離れ校門へ向かう。
下駄箱で靴を履き替えその場を後にしようとすると外に人だかりができていた。
気になりはしない、ただひたすらに邪魔だと考える。
だが、ここで何かを言うほど度胸はない。
いったところで相手にされないと思うが、いつも道理の死の連想がスタートしてしまう。
僕にはデメリットしかないのだ。
少し遠回りしながらその場を足早に抜けようとする。
しかし何故だろうか、僕はその人だかりをふと見てしまっていた。
僕はそこで足が止まる。
何故ならその人だかりの真ん中にいたのは春だったからだ。
「おい沢城、何で義明をあんなフり方したんだよ。あいつは本気でお前のことが好きだった...それに優しいやつだ、俺だってあいつに何度も心を救われたし、いろんな奴がそう思ってる。なのによ、あなたは本質は滲んでいる、そんな歪な人間とは付き合えないし好きにもなれませんだと?ふざけるなよ!」
ガタイのいい男子生徒がキレているということがすぐにわかる顔で春に怒声を上げた。
周囲にまるでゴングかのように響き渡る。
対して春は表情、動き何一つ動じない。
まるでだから?と言わんばかりの態度だ。
「あの、確か義明って昨日の昼休みに告白してきた田中くんのことよね?」
「ああ、そうだよ!」
怒りが言葉にも、空気にもこの空間さえも飲み込んでいる。
あの男子生徒相当キレているのだろう。
「確かにそう言ってフったよ。だって汚いんだもん、あの田中っていう人」
「義明をばかにするなぁぁぁぁぁぁぁっ!」
さらに男子生徒はキレ散らかす。
春も春だ、何を考えているのかは知らないがあんなことを言ったら相手もキレるだろう、さらにもともと相手は怒りで血眼で春のことを見ている、火に油を注ぐというのは相対している本人がよくわかっているだろうに。
「私は事実を言ってその場を立ち去っただけだよ?滲むと言ったけど本当は汚れていると言いたかったんだよ?いつか掃除してあげたいものだけど今はまだ...だね」
「おい、ふざけんなよ。お前マジで何言ってんの本気で殺したいんだけど」
「殺すのは勝手だけどやったら殺人罪だよ?まぁどうせ私を殺せるような人間じゃないだろうから殺人未遂か」
「そのくらいキレてるってことだよぉ!ふざけてんじゃねぇよ、何で義明が...あいつは昨日のがショックで今日学園に来ていないんだぞ!?」
「えぇ、私にそんなこと言われてもなぁ」
ひそひそといろんな言葉がやじ馬たちの間で飛び交う。
「最低だよね?あれ」「義明君が?フるのは本人次第だけどフり方が酷いよね」「いい人だなって思っててたのに幻滅した」
いろんな罵声や批判が飛び交う。
客観的に見てこうなるのは仕方ないだろうが、春は本当に何をしているんだ。
どう見ても相手を煽っているようにしか見えない。
「何でみんなそんなに私のこと責めて、田中くんをかばうのか知らないけど、アレのこと何も知らないの?」
「何も知らないのはお前のほうだろ?こっちは中学のころからアイツと友達で部活も一緒で計り知れねぇ時間を一緒にいたんだ。その俺がわかってんだあいつはいいやつだって、いつも周りを気にかけている優しいやつだってな」
男子生徒がそういうと春が当然腹を抱えて笑い出す。
「あぁ、おかしいおかしい。あれの本質がみんなのことを気に掛ける優しいやつだって?笑わせないでくれよ。一度目はなんとか堪えたけど二度目は無理だ」
「なにが...何がそんなにおかしいんだよ、頭でも狂ってるのか?」
男子生徒は春が突然笑い出したことにより冷静を取り戻し、春の状況が呑み込めず一歩、二歩と小さく引き下がる。
「なにが、なにがか。それはこっちが言いたいよ、田中くんの何をもって優しいとするの?」
「それはみんなに...」
「あーはい外面の話はやめてくれ。もっと核心的な部分だよ。こいつはこういう性癖だ、こういう考え方だっていうのが欲しいよ」
「それなら、あいつは俺と一緒の時もいつも誰かの心配を口にしたり...」
「うわぁ、すごいね、真性のサイコパスじゃん田中くん」
「はっ?どういう...」
そのとき春は大きく一歩下がり、呼吸を整えた。
少しの間目をつぶり何かを考えるかの表情をとり、目を開くと野次馬たちにも届く声で語り始めた。
「まずは、5年前。近くの町でこんな事件が起きたよね、女子児童行方不明事件。解決したけど見つかった女の子が酷い姿で発見されて犯人は捕まったけど未成年ということだったけど何故か少年院送りにならなかった事件、次に1年前の双子児童行方不明事件、これは確か未解決だね。そして最近噂のそうこの学校の手島くんだっけ?その生徒の妹も今行方不明だよね」
「おっ、おい何が言いたいんだよ。た、確かにそんな事件遭ったけどあいつは関係ないだろ...」
「うん、外面しか見てないとそうなるよね。まぁでもね見ちゃったんだよねこれが」
春はそういうと自分のケータイを出し何か操作すると男子生徒にその画面を見せる。
「君、名前は?」
「て、手島だ」
「あぁ君が!どういえばいいかわからないけど、まぁご愁傷様」
男子生徒、手島は恐る恐る春のケータイの画面を見る。
最初は何とも反応がなかったが時間がたつにつれ目が大きく開いていき、最後には「嘘だぁ!」と言ってしりもちをつく。
「ひなこ...これはひなこだ。どういう...」
「簡単なことだよ。そのやさしい田中くんとやらが君の妹を誘拐した犯人ということだね」
「嘘だぁ...」
「はぁ」と春は大きくため息をつき腰を下ろし手島と目線を合わせる。
呆れた表情で春は、
「友達と妹どっちが大事?友達かばうのは勝手だけど妹の命とどっちが大切なの?」
「そんなの両方」
「ちなみにこの動画、その田中にも昨日見せてるから」
「ぅ...」
手島は黙る、ただ沈黙する。
野次馬たちも思いもしない方向に話がいきもう、罵声も何も飛び交わなくなってしまった。
「これが君たちの言った優しい田中くんとやらの本性だ。児童趣味の上に加虐趣味を含んだ人の心なんてあったもんじゃない汚れた野郎だよ?」
「で、でもほかの事件は...」
「ごめんね。最初のは実は調書を読んだことあるよ。二つ目に関しては憶測だけどあってるんじゃないかな?」
「あっ...あぁぁぁ」
手島は額を地面につけ泣き叫ぶ。
怒声よりもさらに大きく、響き渡る男の涙が学園を浸透させた。
「あとは自分で本人に聞きに行ったらいいと思うよ。あと監禁場所だけど私はわからいけどもしかして君も知っている秘密基地みたいな場所とかにいるんじゃない?」
泣き崩れている手島にさらに追い打ちをかける春。
「付き合い、長いんでしょ?」
そう吐き捨てて春はその場を後にする。
迷わず校門に向かう姿を見て、自分が騒動を見ていて待ち合わせの場所にいないことに気づく。
手島のことは多少気になりもするが僕には関係のない事だ。
僕は走って校門へと向かった。
「あれ?優君。もしかしてさっきの騒ぎ見ちゃってた?」
校門に到着するが春より先に到着することができなかった...。
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