第53話 疑い

 「(今し方ヴェントが新たな私を連れて家を出て行きました、マスター)」


 「よし……それじゃあひっそりと2人の後のつけて様子を探ってくれ、アイシア。多分またあの結界の張ってあるって教会の地下室に向かったんだろうけど……。中に入れないにしても2人がそこに向かったことだけでも確認しておいてくれ」


 「(畏まりました、マスター)」


 時刻は深夜の1時を回り、皆がすっかりと眠りに就き村中が静寂に包まれる中、僕は自分の部屋のベットで霊体となったアイシアからヴェントと新たなアイシアが家を出て行ったという報告を受けていた。


 ベットから起き上がり向こうから見られないよう少しだけ顔を出しながら窓の外を見ると晴天の夜空に真ん丸と輝く月が地上を照らす中教会の方へと向かって行く2人の姿が確認できた。


 僕はアイシアには2人の後を尾行し様子を探るよう命じたのだが、2人は案の定あの結界の張られている教会の地下室へと向かいアイシアの尾行はそこで中断を余儀なくされてしまった。


 そして誰の目も届かない教会の地下室へと入って行ったヴェントと新たなアイシアはメノス・センテレオ教団の幹部であるブランカとSALE-99と……。


 「ヴァンに自分が【転生マスター】であることを明かしただって……。その上向こうが【転生マスター】かどうかの確認も取れていないとは……一体どういうつもりだい、LS2-77」


 「そんなこと言われたって向こうが【転生マスター】だっていう確証を得ようと思ったらこっちからコンタクトを取るしかないじゃない。それにそもそも向こうも【転生マスター】でない限りはこっちが【転生マスター】だっていうこともバレていないわけだし……」


 「けれどもし向こうが本当に【転生マスター】だった場合は君のテレパシーを聞いた上で聞こえてない振りをしているということだろう。それだとこちら側だけが一方的に【転生マスター】だとバレてしまっているということになるじゃないか」


 どうやら新たなアイシアの魂のコードネームはLS2-77と謂うようだが僕達にはまだそこまでの情報は入っていない。


 新たなアイシアはSALE-99から今日僕に出し抜かれた失態を強く咎められているようだ。


 SALE-99達からしてみれば自分達の仲間が【転生マスター】だということが一方的に僕達に知られてしまった可能性があるのだから怒りを覚えるのも当然だろう。


 事実僕達は新たなアイシアが【転生マスター】であり、更にSALE-99達『味噌焼きおにぎり』の仲間だということも知り得たというのにSALE-99達の側は未だに僕が【転生マスター】かどうか半信半疑の状態だ。


 「それは……その通りだけど……。けどそもそもヴァンが【転生マスター】だっていうのはあなたの直感でしかないんでしょう、SALE-99。VS8-44とCC4-22はどう思ってるのよ」


 「俺はお前達のように【転生マスター】でないのだからそのようなこと分かるはずもないだろう」


 「私も別にヴァン君が【転生マスター】だと疑うだけの根拠を持ち合わせているわけではないのですが……。そもそものところヴァン君と既に亡くなった以前のアイシアさんのことを【転生マスター】だと疑わなければならなくなってしまったのは私の失態のせいでもある為皆さん方には警戒を怠らないようお願いするしかありません」


 「あーっ!、そうだったっ!。私がこんな面倒くさいことしなければならなくなったのは元はと謂えばあんたのせいだったわね、CC4-22っ!。なのにちょっとしくじったくらいで私のことをあんまり責めないでくれるっ!。ヴァンが【転生マスター】かどうか確かめたいならもうあんた等の方で勝手にやりなさいよ」


 「いや……。僕とCC4-22は教団の幹部としての仕事があるからヴァンの調査は引き続き君にやって貰うよ。それと今回の件はあくまでの君の失態だからね。CC4-22に責任転嫁するのは良くないと思うよ」


 「ちっ……分かったわよ。けどヴァンが【転生マスター】だっていうあんたの直感っていうのはどれくらい信用できるものなの。これまで生活を共にして確かに若干頭の切れる子だなって感じは受けたけど【転生マスター】だと疑うような素振りは見せてないわよ」


 「直感以外にも根拠ならそれなりにあるよ。まず僕達が浮浪のモンスター共を雇って村を襲わせた直後からヴァンの周りに常に霊的な気配が纏わりつくようになった」


 SALE-99の言う霊的な気配とは守護霊となったアイシアのことなのだろうか。


 僕達としては気配だけとはいえ霊体となったアイシアの存在を悟られているとは夢にも思っていないのだが。


 「そんなの襲撃で亡くなった誰かがあの子の守護霊にでもなって憑くようになっただけじゃないの?。それこそ私が転生する前に殺されたこのアイシアちゃんの器に宿ってた魂とか。双子として生まれてたぐらいなんだから元々ヴァンに転生している魂の為に【守護霊】の転生スキルを取得していたとしても別に不思議じゃないでしょ」


 「確かにそこまでなら別段疑い程じゃない。けれどその守護霊になったと思われる霊体が度々僕達の様子を窺おうとしてる気配があったら話は別だ」


 「……っ!。そう謂えばあんたは【霊感】や【霊視】やらの転生スキルで霊的な力を強化してるんだったわね。つまりそのヴァンとその守護霊になったアイシアちゃん共々【転生マスター】で、霊体であることを利用して私達のことを調べさせてるってことかしら」


 「霊体の姿を完全に視認できてるわけじゃないから定かではないけどね」


 【霊感】

 スキルのLvに応じて霊的な感覚が鋭くなる。


 【霊視】

 スキルのLvに応じて霊的な存在を視認できるようになる。


 これが今新たなアイシアが口にしていたSALE-99が取得しているという転生スキルの詳細だ。

 

 これらの転生スキルのおかげでSALE-99は完全ではないにしろ守護霊となったアイシアの存在を感知できるようになっているらしい。


 SALE-99が霊的な存在にまで注意を払っていることは知っていた僕達だが霊的な能力を向上させる転生スキルを取得している可能性までは考えが至っていなかった。


 目に見えない霊体であるからといって軽い気持ちでアイシアにSALE-99達の元に送り出しているが、今後この油断が命取りになるような事態が起こり得るかもしれない。


 一応アイシアの方も時折霊体ある自身に時折SALE-99から視線が向けられているような気がすると話していた為僕達の方も少しは警戒しているのだが……。


 そう謂った意味で言えばSALE-99達が張った結界によりアイシアが直接彼等の元に行けないのは僕達にとって幸いであったと謂えるのかもしれないだろう。

 

 「………」


 「後はヴァンの奴が必死になって修練しているあの【注射器魔法シリンジ】の魔法……。今のところの性能自体はやっと実戦に投入できるかどうかってところだけどあんな複雑な術式の魔法【転生マスター】でもなければ習得しようなんて思わないだろう」


 「確かに私も随分と高度な魔法の練習をしているなとは思ったけどだからといって【転生マスター】だってこともないでしょ。変わった魔法でも固有オリジナル転生スキルとして取得していたなら魂の記憶がなくとも習得は可能だろうし……。ほら、確か最近も私達と同じでこの『ソード&マジック』の世界に転生を繰り返してる奴で『煙草魔法シガレット』なんて魔法を使う奴に出会ったじゃない。あんたの情報だとあれも固有オリジナル転生スキルによるものなんでしょ」


 「GGZ-72か……。確かに彼女の『煙草魔法シガレット』の魔法は固有オリジナル転生スキルとして取得されているものだね。けれどもしヴァンの【注射器魔法シリンジ】の魔法も固有オリジナル転生スキルのものだとするならば通常の魂ならそれを習得しようと思い至るまでに何らかの兆候があるはずだよ。注射器を媒体として発動する魔法ならまず医学に興味を持ってそこから発想を得るといった具合にね。だけどヴァンは医学に興味を持つどころかある日突然何の脈絡もなしに【注射器魔法シリンジ】の魔法の習得を始めた。となるとやはり【転生マスター】として予め自分の習得すべき魔法についての知識があったからだと考えるのが自然だよ」


 「なる程……。そう言われれば確かに私もヴァンが怪しく思えてきたわね」


 「そういうことだから引き続き調査を頼むよ。ここまで行動を共にしても僕達に尻尾を掴ませない利口な奴だ。もし本当に【転生マスター】だとしたらかなり手強い相手ということだから気を付けるんだよ。間違っても今日みたいに下手な色仕掛けなんて掛けないようにね」


 「ちっ……しつこいわね。そんなに言われなくてもちゃんと分かってるわよ」


 僕が現在毎日固有オリジナル転生スキルとしての取得を目指して修行をしている【注射器魔法シリンジ】の魔法。


 その魔法からも僕が【転生マスター】だという疑いが出ているようだ。


 本当は【注射器魔法シリンジ】の魔法の存在もSALE-99達には知られたくなかったのだが、流石に修行の効率が悪くなり過ぎる為隠し通すのを断念してしまっていた。


 【注射器魔法シリンジ】の魔法の存在を知ったからといって僕が【転生マスター】だとここまでの推測を立てるとはやはりSALE-99達と僕達とでは単純な魂の成長度だけでなく、【転生マスター】としての転生の熟練度にも大きな差があるみたいだ。


 「ヴァン君についての話は一先ずここまでにするとして……。殿の建造の方はどのような調子なのです、LS2-77。建造の主軸を担っているTC7-33の今回の転生の寿命もあと僅かだという報告を受けていますが……」


 「殿ついてはもう主要となる部分は全て建造し終えてるから寿命を迎えるまでには完成するだろうと言っていたわ。仮に間に合わなくても後は部下達に任せれば大丈夫だろうって。寿命を迎えた後で次に転生できるのは何時になるか分からないからの展開については私達だけで始めておいてくれとも言っていたわ」


 「そうですか……。TC7-33がいてくれた方がの効力も増すのですが転生のタイミングが合わない限りは致し方ないですね」


 SALE-99からブランカに変わって話された議題の中に出てきた地下神殿とTC7-33、そして中天五行ちゅうてんごぎょうという3つのキーワード。


 仮にそれらのキーワードを実際に聞いていたとしても今の僕達はそれが何のことを意味するのかまるで想像が付かないだろう。


 TC7-33に関してはSALE-99達の仲間の魂の1人であろうことぐらいは推測できるだろうが。


 今日浴室で新たなアイシアを出し抜いたことで情報戦において少し優位に立ったのではないかと慢心してしまっている僕だが、SALE-99達はその水面下で僕達にはとても想像もつかないような壮大な計画を進行していた。

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