第52話 久々の再会
「アイシアッ!。お風呂であなたがヴァンにしようとしたことは本当なのっ!」
「う……うん。ヴァンをちょっと揶揄ってやるつもりがやり過ぎちゃって……」
浴室で新たなアイシアが僕に対して行ったこと。
勿論【転生マスター】としての会話を部分は省いて僕は母親であるPINK-87さんに包み隠さず報告した。
自分が被害者であるということをしっかりと協調する為にPINK-87さんの体にしがみついて泣きじゃくりながら。
双子の兄妹同士であるとはいえ自身の娘が息子に淫行を迫るような真似をし、危うくも男性器にまで手を掛けようとした聞かされたのだ。
PINK-87さんは血相を変えた態度で浴室から出て来た新たなアイシアを叱りつけていた。
「揶揄うつもりだったで済まされることじゃありませんっ!。あなたがヴァンにしようとしたことはとんでもないことなのよっ!。一体何処でそんな知識を身に付けたのっ!」
「そ……それは……」
PINK-87さんに性的な知識の仕入れ先を問われ口を噤む新たなアイシア。
正直に答えようにも普通の子供のように書物などを通して知ったわけでなく、【転生マスター】としての力で知識を得ていた新たなアイシアはなんと言い訳すれば良いか戸惑っている様子だった。
適当にそれらしい嘘を並べれば良いものを僕に出し抜かれてしまったことで動揺してしまっているのだろうか。
「ただいま~」
「あら……あなた……」
「んん?。3人共神妙な顔付きをして何かあったのかい?」
「ええ……実はアイシアが……」
PINK-87さんが剣幕な態度で新たなアイシアを問い質しているところに僕達の父親であるMN8-26さんが仕事を終えて帰って来た。
これは久々に重大な家族会議が始まりそうだ。
「なる程……。ヴァンとアイシアが一緒にお風呂に入っている間にそんなことがあったのか……」
「ええ……。私もヴァンから聞いて驚いたんだけど……。一体何処でそんな知識を身に付けたのか聞いてもずっと黙ったままで何も言ってはくれないのよ」
「………」
「まぁ、アイシアも軽い感覚でしたことがこんな事になってしまって動揺してしまっているんだろう。母さんも母さんでかなり取り乱しているようだし、一先ず落ち着いて続きは夕飯を食べながらでもじっくりと話し合うことにしようじゃないか」
「ええ……そうね。なら今食事の支度をするからちょっと待ってて」
「さぁ、ヴァンとアイシアも私と一緒に母さんの手伝いをしよう。母さんは驚いてるだけでも別に怒ってるわけじゃないからアイシアはいつものように料理を手伝ってあげなさい」
「はい……」
「ヴァンと私はテーブルに食器を並べよう」
「はい、父さん」
「母さん……私は何をすればいーい?」
「そうね……。それじゃあ今夜はカレーだからジャガイモと人参の皮を剥いて貰って構わないかしら」
「はーいっ!。私皮むき得意だから任せといてーっ!」
PINK-87さんと新たなアイシアの殺伐とした雰囲気を帰宅して来たMN8-26さんが上手くほぐしてくれた。
傍から見れば子供に対し冷静且つ寛容なとても良い対応をしているように思えるだろうが、それはあくまで僕達が普通に転生している子供だったらの話だ。
MN8-26さんのソウルメイトでありきちんとその対応を評価している僕はともかく、新たなアイシアの方は【転生マスター】としての意識の裏側でMN8-26さんのことをお人好しの父親とほくそ笑んでるに違いない。
「ほらほらっ!。ジャガイモも人参も全部一回も途切れずに皮が剥けたよーっ!」
「まぁっ!、本当っ!。アイシアは将来コックさんになれるかもしれないわね~」
「えへへ~」
お……おのれぇ……。
一度も切れずに剥かれたジャガイモと人参の皮を自慢げにPINK-87さんへと見せつけるアイシアを見て僕は腹を煮え滾らせる。
あのままPINK-87さんに叱られていれば良かったものをMN8-26さんの優しさを利用して上手く付け入りやがってぇ……。
「さぁっ!。アイシアが手伝ってくれたおかげで上手くカレーも炊けたことだし早く食べましょう」
「うんっ!。それじゃあいただきま~すっ!」
元気良く食事の挨拶をして美味しいそうにカレーを頬張る新たなアイシア。
わざと明るく振る舞おうことで風呂場での出来事を最早なかったことにしてこの場を押し通すつもりなのだろう。
PINK-87さんもMN8-26さんもそんな新たなアイシアの態度に押し切られてさっきの叱責の続きをうやむやにされてしまわないといいけど……。
「さて……それでさっきの話の続きだけど……アイシア」
「うっ……ごほぉっ!。ごほぉっ、ごほぉっ!」
おっ!、いいぞっ!。
うやむやにするつもりが何と無しにPINK-87さんに先程までの話を蒸し返され咳き込む新たなアイシア。
ざまぁみろと言わんばかりに僕は心の中で新たなアイシアを咎めるPINK-87さんを応援する。
別に新たなアイシアが叱られたところで僕達との【転生マスター】同士の関係に特筆影響することはないだろうけどこれで少しは僕にちょっかいを出しづらくなるはずだ。
「一体何処であんな知識身に付けたの?。何処かでその……如何わしい本でも見る機会があったのかしら。それとももし誰か他の大人に教えて貰ったりなんかしていたのなら正直に母さん達に話なさい」
「ま……まさか。他の大人に教えて貰うなんてそんなことあるわけないじゃない、母さん」
「本当?。前に村の子供達からあなたが神父さんと教会の立ち入り禁止の地下室に入って行くところを見たって聞いたことがあるけど……。2人切りになった神父さんがあなたに変なことしたりしなかった?」
「そ……それは神父さんに地下室の掃除を手伝ってくれって頼まれたから特別に入れて貰っただけよ。神父さんはとても優しくて良い人だし私に変なことなんてしたりしないわよ」
「だったら何処でそんなこと知ったのか本当のことを正直に話なさい。じゃないと明日教会に行って神父さんにも直接問い質すわよ」
PINK-87さんは神父に直接聞くとまで脅しを掛けて執拗にアイシアから情報の仕入れ先を聞き出そうとする。
確かに本か何かを読んで知ったのならまだちょっと早いにしても子供にしては普通のことだ。
けど万が一他の大人達が自分の娘をそそのかす為にそんなことを教えていたとしたらそれは親であるPINK-87さん達からしてみればとても忌々しき事態だ。
新たなアイシアに対して多少辛く当たってしまうのも仕方のないことだろう。
「わ……分かったわよ。本当は神父さんにも聞いてみたんだけど話をはぐらかせてちゃんと教えて貰えなかったの。それで教会の神父さんの部屋に忍び込んで……確か『子供に教える為の性教育本』だったかな。その本を盗み見て色々と知ったの」
「そうだったの……。でもまだ子供のあなたがどうしてそんなこと知りたいと思ったの?」
「そ……それはその……。実は家で父さんと母さんがその夜中にそういうことしてるところ盗み見ちゃって……」
「なっ!」
「あははははっ……。まいったな……こりゃ」
こ……この野郎。
新たなアイシアの言い訳を聞き僕の腹がまた煮えくりかえる。
MN8-26さんが時間を稼いでくれた間に美味い言い訳を考えた上に2人をたじろがせる為にそんなでまかせを言いやがってぇ……いや。
【転生マスター】であるこの新たなアイシアのことだ。
でまかせではなく本当に夜中にPINK-87さん達の部屋を覗いてそういう行為をしていることを予め確認しておいたのかもしれない。
専用のホテルなんかもないこのファンタジー系の世界の小さな村では家でそういう行為をしている可能性が高いにしても事実だと確証があること以外を口にするのはあまり得策ではないことを【転生マスター】なら重々承知しているはずだ。
もしここでPINK-87さん達が家でそういうことをしていなかったのなら嘘をついたということでまた叱責を受けることになってしまい、少なからず自身が【転生マスター】の力を持つことを疑われてしまう可能性だってある。
【転生マスター】なら夜中の時間帯に当たりをつけてPINK-87さん達の部屋を覗きに行くのも容易だろうし……。
「と……とにかくっ!。こういうことがあった以上もうアイシアはヴァンと一緒にお風呂に入ることは禁止っ!。いいわねっ!」
「はーい……」
「それから勿論父さんともね」
「お……おいおい。気持ちは分かるが私まで禁止にするとはそれじゃあ私が父親として信用できないみたいじゃないか」
「あなたのことを信用するしないに関係なくそういう知識を身につけてしまった以上は男性と一緒にお風呂に入ることを許可することはできません。1人でお風呂に入るのが寂しいならこれからは母さんとだけにしなさい」
「分かった……」
「仕方ないのないことだがたった7歳でもう娘とのお風呂は卒業かぁ……。アイシアに背中を流して貰うのが父親としての一番の癒しだったのに寂しくなるなぁ……」
「何言ってるんだよ、父さん。アイシアがいなくても僕がいるじゃないか。僕に任せておけばアイシアよりもピカピカに父さんの背中を磨いてあげるよ」
「ヴァン……そうだな。これからは父と息子としてだけではなく男同士の友情も育んでいくことにするかっ!」
「うんっ!。僕と父さんは親子にして親友だよっ!」
「それなら私達だって親友よねっ!、母さんっ!」
「そうね~。お風呂で女同士恋バナで盛り上がりましょうか~」
くっ……、一々こっちに対抗してくるような真似してくるなよな。
取り敢えずこの話は新たなアイシアが例え家族であったとしても異性である僕とMN8-26さんと今後一緒にお風呂に入らないということで決着がついた。
PINK-87さん達も自分達の行為を見られてしまっていたという負い目もありそれ以上強く追及できなくなってしまったようだ。
その後普通の談笑に戻って僕達が夕飯を食べていると不意にチャイムも鳴らさずに玄関の扉が開く音がした。
その音と共に我が家に鳴り響いて来た声の主は……。
「ただいま~」
「おーすっ!。久しぶりに帰って来たぞ~っ!、親父~、お袋~、ヴァン、アイシア~」
「……っ!。この声は……」
「ヴィンス兄ちゃんとヴェント兄ちゃんだっ!。久しぶりに2人が我が家に帰って来てくれたんだよっ!。早く玄関まで迎えに行ってあげないと……」
「はぁ~、ヴィンスとヴェントに会うなんて久しぶりだ。食事の途中だが私達も迎えに出てあげよう」
「ええ。さぁ、アイシアも行きましょう」
「ちょ……ちょっと待って……。急に皆が帰って来たからビックリして喉にご飯が……。は……早く水頂戴」
食卓に響いて来た帰りの挨拶の声を聞き僕は席を飛び出し急いで玄関へと向かって行く。
PINK-87さん達も僕に遅れて食事を中断してやって来た。
玄関へとやって来た僕達の前に居たのは……。
「ヴィンス兄ちゃんっ!、ヴェント兄ちゃんっ!」
「お~、久しぶりだな~、ヴァン~」
「元気にしてたかい?。兄ちゃんも久しぶりにヴァン達の顔を見ることができて嬉しいよ」
そこには今では立派な青年へと成長したヴィンス兄ちゃんことRE5-87君とヴェントの姿があった。
2人共慌てて出迎えに来た僕に優しく声を掛けてくれる。
ソウルメイトであるRE5-87君と仲が良いのは当然だが、僕は『味噌焼きおにぎり』のメンバーであることがヴェントとともそれなりに親密な関係を保っていた。
それは表面上の話ではなく心の内側においてもだ。
それこそ偶に帰って来た際にはなるべく秘密にしておきたいはずの僕の
『味噌焼きおにぎり』のメンバーであったとしても【転生マスター】でないヴェントは僕達家族のことを本心から大事に思ってくれていると感じていた。
だから僕も兄弟として最大限の敬意を払うようにしていたんだ。
勿論『味噌焼きおにぎり』のメンバーである以上警戒を怠るわけにはいかないけど、僕達があからさまに敵意を抱くのはRE5-87君とヴェントと共に家に帰って来た後ろにいる僕と同じ【転生マスター】である2人……。
「お久しぶりです、皆さん」
「久しぶり~、元気にしてたかい?」
相変わらずの律儀な態度で挨拶をするブランカ・ティーグレことCC4-22と、こっちは親しみなんて微塵も感じていないというのに馴れ馴れしい感じで声を掛けてくるアズール・コンティノアールことSALE-99だ。
メノス・センテレオ教団の幹部としてRE5-87君と共に
おかげで明日の分まで用意していたはずのカレーが全部なくなってしまった。
一晩寝かせた後のカレーはよりコクが出て美味しいというのに残念だ。
勿論RE5-87君とヴェントが食べて貰う分には全然構わないんだけど。
アイシアからの報告を受けて新たなアイシアとSALE-99達が仲間だということは僕の中でも既に発覚している。
久々に帰って来た以上必ず新たなアイシアとSALE-99達の接触があると予測し僕は守護霊であるアイシアに監視を命じておいた。
そして案の定皆が寝静まった後でヴェントと新たなアイシアはひっそりと家を抜け出していき……。
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